karma8 助けを待つ者たち

 戦闘が行われる各所の中心となっていた氷見野と羽紅は、まだ増えていくエンプティサイとカリヴォラたちに悪戦苦闘していた。

 絶え間なく攻撃の嵐が襲いかかってくる。

 できればこの周辺にいるはずの中島を探しに行きたいところだが、氷見野は最初に襲われた場所からほとんど動けていなかった。

 大きな道路を埋め尽くす人混みのよう。しかしそれらは人と言えない。春の空でどこからかやってきた風が唸り声を上げる。地上から立ち昇るおぞましい叫び声も風の音に巻き込まれ、より一層悪魔じみていた。


 飛び回るハエが2人に群がっていくみたいに、道路は一部塗り潰されている。軽やかな動きと刀さばき。まばたきも許されない。

 次にまばたきした時には刀が妖しくきらめき、強靭きょうじんな生物を斬り裂く。

 戦えるスペースはどんどん狭まっている。このままじゃ危ないと感じ、氷見野は飛び上がった。


 飛びかかってくる生物を薙ぎ払い、建物の壁を蹴って屋上を見定める。すると屋上にいた者が覗き込み、氷見野に向かって飛び降りた。氷見野は電撃を放ち、飛び降りてきたカリヴォラを追いやるが、下から飛びついてきたカリヴォラに足を掴まれる。

 氷見野の体があおられ、地面に叩きつけられた。

 地面に倒れた氷見野に目の色を変える。生物たちは氷見野に向かって走り出す。すぐさま立ち上がり、体勢を整えて迎え撃つ。


 羽紅もミミクリーズとエンプティサイの猛攻に機体スーツを傷つけられ、息も上がっていた。

 やってもやっても減らない。これじゃ勝谷と西松の時みたいになりそうだ。そんな考えが頭の奥でささやいている。それと共に自分の死を意識する。色々な思いが駆け巡るが、ただ1つ、死にたくないという思いが克明に表れ、羽紅の闘志に火をつけている。


 時々、氷見野を視界に留め、まだ生きていることを知れただけで安堵する。だがこの状況を打破する方法が思いつかない。耐え忍ぶ以外に方法がない現状がもどかしく感じる。

 今はがむしゃらに生物を倒すしかない。左手の放射回転斬撃や電撃を振り乱し、敵を一掃する。


 飛びつく虫のように氷見野へ攻撃を仕掛ける生物たち。超人的身体能力を発揮するカリヴォラと、両刀の鎌を振り回すエンプティサイの猛攻は、氷見野の体力を減らすに充分だった。

 更に、頭に響く音無き声が集中力を削いでくる。

 幻聴なんかじゃない。実際にどこかで助けを待ってる人がいる。そして、すぐそこに何かが迫っている。

 助けを求める声の下へ行きたいが、方々ほうぼうにいる民間人の下へ向かうのは無理だ。


 他の仲間と協力して救出を分担できるならやりたかった。しかし、複数の声がどの方角から、どれくらいの距離にいるのかまでは分からない。単体ならどうにかなったが、数十ともなると正確な場所を特定しようがなかった。


 エンプティサイが放ったのうが氷見野を捕縛しようとする。

 粘着性の強いのうをプラズマ式マシンガンで弾く。

 ミミクリーズの細い触手がしなりながら振られる。触手の先を弧を描く刃に変え、氷見野に向かう。しなやかに避け、海を固めたような刀身が触手を斬る。

 息つく暇もなく二刀流のカマキリ生物が氷見野に斬りかかる。

 氷見野はブーストランで距離を離し、電撃を放つ。カマキリを模倣したような姿のエンプティサイは、電撃をかわしながらのうを飛ばす。氷見野は細かな動きで避けるも、生物の襲撃は止まらない。


 氷見野たちが戦っている近くでも、生物は少しずつ迫っていた。灰色の表皮をした人型の生物は、ビルの中を歩いている。わずかに感じる気配を頼りに、ヴィーゴは隠れているウォーリアを探していた。

 雑音にしか聞こえないが、これを辿れば必ずウォーリアがいる。もし感度最低値の電磁波が近くにあれば、強い電磁波を発するウォーリアが多数いるところでは際立ってしまう。

 とはいえ、だいたいこの辺りにいるというあいまいな感覚だ。部屋の多いビル内を1つ1つ確かめるしかなかった。


 人のいなくなったビルの中はよく響く。息を潜めて倉庫に隠れる中島は、何かが近づいていることに気づいていた。人だと思って助けに行けば、間違いなく全員やられていた。

 分かっていた。その足音が、人じゃないことは。


 ミミクリーズがビル内に侵入していたことを知った時点で、避難は迅速だった。ほとんどの従業員、訪問者がビルを脱出し、離れていた。

 ブリーチャー発生をリアルタイムで教えてくれるサイト。様々なプラットフォームから収集したブリーチャー発生情報をもとに、安全な避難場所へ逃げられる。

 民間のサービスで流行っている便利ツールにより、ビル内の人々はものの10分でもぬけの殻となるはずだった。


 しかし、中島たちは運悪くミミクリーズとエンプティサイたちに逃げ道を奪われ、隠れるしかなくなった。

 近づいてくるヴィーゴの気配に、息を潜めることしかできない。倉庫の一室で身を小さくする者たちはどこかで軋んだ物音にも怯え、震える声で愚痴を零している。

 唯一の心の持ちようは1つの窓だ。5階の倉庫の窓から外の様子を知ることができた。多くの隊員が鎮圧に動き、咆哮を響かせていることもうかがえた。


 窓を開けて助けを求めたいが、もし大声で叫べば中にいる生物たちにも気づかれてしまう。そういった理由で亡くなった人も数えきれないくらいいる。

 今中島たちにできることは、助けが来るまでじっとしてること以外に何もなかった。

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