karma10 虚像は牙を隠す
エンプティサイを追う者は西松琴海だけではない。だが身体的に追跡しているのではなく、視線で追っていた。透過性視覚機能とあわせて、予測されたエンプティサイの動きに狙いを定めている。
志部冬樹は陽気な様子で口笛を吹きながら悠々と援護射撃をしていた。
「こんな楽させてもらえるなんて、役得だよなぁ」
眩しいほどに青い空の下、ショッピングモールの屋上で銃口から筋状の小さな青い光を現出させると、透明な弾丸が飛翔する。
光を100パーセント透過させる特殊な弾。光の反射により物体を捉えることに依存した場合、捕捉するのは不可能とした特殊素材の弾だった。
扱いには充分な注意を必要とする武器のため、実用的ではないとする整備士の助言を貰っていたが、志部は使いようもあるだろうとの考えもあり、この武器の装備を要望していた。
志部の
各国の部隊を苦戦に追いやったヴィーゴ相手に、無傷のまま生還しただけでなく、汚れもないとは。一体どんな方法で殲滅したのか。
殲滅したわけではない。敵と戦っていないのだ。
フィールドに潜み、標的へ攻撃することを役とされた志部は、桶崎と佐川様様だと心で感謝しながら、銃撃に集中した。
シールドモニターの下部の別窓に、桶崎の虚像視点の映像が小さく表示されている。
このまま起動していても体力の無駄になる。
佐川は「エフル停止」と呟く。エフル視点の小さな映像はシールドモニターから消える。
ひと際大きなビッグベアは、そこらの建物と並ぶ高さを誇る。
いちおもちゃメーカーのマスコット、クマゴローを会社の建物のそばに作ってしまう大胆な社長の発案だった。つぶらな瞳で座っている大きなクマは、道路上で交わされる
XR技術によって日本のある土地を複製したフィールドであったが、現実と錯誤してしまいそうなリアルな衝撃音と、建物の崩壊する様が近くで起こる状況にいると、自然に緊迫感が頭に昇ってくる。
集中力が高まっている佐川へ、しなる剣身が襲う。佐川は避けるが、弾かれた剣がバウンドして佐川を追った。
佐川も振り返りざまにライトブレードを振るい、バウンドした剣の軌道を逸らす。斜め上に伸びきったしなる電気の剣がコンクリートへ伸びて突き刺した。青い切先が弾け、コンクリートを砕いた。
栗畑は間髪入れずに銃撃する。銃は連続で直径5センチの円環の光を吐き出す。3つの円環の光は飛翔し、佐川へ迫る。
佐川の顔に迷いが生じる。
栗畑が放つ円環の光弾は、飛び出してすぐは真っすぐ進むが、突然左右どちらかに曲がり出す。3つの円環の光のうち、曲がり出すのは2つのみで、どれが曲がるのかを判断するのも困難だった。
それで何度か
佐川は戦いの中で予兆を察知し、軌道を推測して避ける方法を
ウォーリアは電気の流れを感覚的に把握する資質を持っている。戦いの中で放電や
3つの円環が同時に射出され、相互干渉しながら飛翔していることを観測。相互干渉することで3つの円環の軌道を予測し、間を縫うように避けていた。
佐川の
佐川は電撃を放ち、栗畑を
佐川の電撃が通ったとしてもかわされ、しなるライトブレードで反撃される。鞭のようにしなる光の剣は、死角から飛んでくるせいで厄介極まりない。
何度か攻撃を試みるが、栗畑にまともなダメージを与えられていなかった。長期戦に持ち込んでも得はないだろうと悟り、根本的に攻撃方法を変えることにした。
栗畑は佐川の様子に少しの異変を感じ取った。その少し異変は下がった銃口にある。すると、佐川は加速し、栗畑に背を向けて逃げ始めた。
栗畑は一瞬困惑に揺れたが、佐川を追いかける。電撃と円環の光を放つ銃、鞭のようにしなる光の剣。あらゆる攻撃で佐川を捉えようとする。アスファルトを擦り、火花を散らした足跡を残し、
地面を撃つ雷や銃撃とで激しい筋状の光が入り乱れていくが、それらはすべて栗畑によるもの。避けながらだといずれ追いつかれると感じた佐川は、ライトブレードの剣身を伸ばして前方の建物を斬る。
6メートルもの高さのある建物が切断面を滑り落ちていく。佐川は身を低くして隙間から抜けて走り抜ける。
栗畑は道を塞いだ建物を越えて飛び上がると、タイミングを合わせた電撃が向かってきた。栗畑は電撃をぶつけて打ち消すが、反応が遅れて近い場所でぶつかったため、衝撃の余波を受けて速度を落とした。その間に佐川はできるだけ距離を離そうとする。
栗畑の視界にはすでに佐川の姿はなかった。栗畑は左に視線を向けると走り出し、飛び上がった。工場の屋根に着地すると、加速しながら広がる街を望み、また飛び上がる。
時にはビルの側面を走り、高低差のある建物の屋根を器用に伝って移動していく。
透過性視覚機能を起動させ、周囲を見渡す。距離にして200メートル。逃げる
栗畑は左に方向を変えて移動する。
あちこちから聞こえる爆撃のような音。まだ遠いとはいえ、警戒感を誘うには充分大きな音だった。その1つが少しずつ近づいてくるも、佐川が気づいた時にはラーメン店が爆破されていた。
爆風で佐川の
近くの建物は壁面を残し、中身を露出する。火と煙が辺りの空気を濁している地に栗畑は降り立ち、周囲の散々な状況に苦笑を浮かべる。
「うーん……ちょっとやりすぎたかなぁ」
栗畑は歩きながら透過性視覚機能で瓦礫に隠れる
「おーい新人くーん、だいじょうぶー?」
通信もつないでみるが、応答がない。栗畑のARヘルメットは佐川の
その時、栗畑の瞳が凛々しさを帯びる。
わずかな油断だった。あと少し遅れていたら、
佐川はトラックの影から姿を現し、微笑む。
「まずは一太刀」
栗畑はようやく100メートル先にいる佐川を認識し、左脇腹を押さえながら苦笑する。
「へぇ……ちょっとなめてたかもね」
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