karma7 見えない交信者
関原は気を取り直して続ける。
「浮遊する細胞片についてだが、これは再生する過程で起こる現象の1つでしかない」
「というと?」
「ブリーチャーは触手しか再生させることができない。しかしあの生物は全細胞を再生させることができる。たとえすべての細胞をミクロレベルまで切り刻まれようとも完全に再生できるだろう」
「でも、熱に対しては効果が認められた」
「そう。再生するには条件がある。細胞が生きたものであること。これに準ずるなら、個体の一部を壊死させたとしても、分裂した細胞を代用すれば壊死した細胞を復元することができる」
木城は鮮明に残る映像を思い起こす。混沌とした惨状で生物たちが見せた分裂。分かれた細胞はそれぞれ一個体として復元可能だった。
「代用もそうだけど、あいつらは分裂できた。かき集めた細胞片で復活するより、分かれた細胞から元に戻した方が頭数を増やせるし、戦況を有利に運べるんじゃない?」
「もちろん、そうした方がいいだろう。なら最初からそうしなかったのはなぜだ? できなかったからだ。生物は環境に適応して進化する。彼らの環境は今や人類との戦争と密接している。戦争の中で生きるために、彼らが選んだ進化の方向は……。いや、君の方が詳しいんじゃないのか?」
木城はほくそ笑んで椅子を半回転させる。
「あら、せっかく生徒を演じてあげたのにもういいの?」
関原は苦い顔をする。
「ありがとうって言えばいいのか?」
「うふふふ、可愛くないわね」
面白がってる木城に真面目に取り合っても仕方がないと自分に言い聞かせ、関原は鈍った口を動かす。
「彼らが選んだ進化の方向性は、人類に駆除されることを想定した生存戦略」
「正解」
「……どうも。再生能力は防衛本能から来たものだろうが、使い方次第で敵を誘い込んで形勢逆転を計れる手になる」
「あいつらの再生能力にはトリガーがあるのよ。本来はブリーチャーの触手のように復元する機能しかなかった。その素質から派生させた機能が散り散りになった細胞を集めて復元を早める方法と、細胞を分裂させて完全な形を増やす方法。トリガーの役を担うのはあの武器でしょうね」
「浮遊する細胞片は、分裂から完全な形に再生する機能によって得られた副産物だろうな。彼らの再生は形を復元するだけじゃない。機能を再生する力を秘めている」
「ミミクリーズね」
「ああ。ミミクリーズの復元は精密だ。その精密さゆえに、他生物に変態できる。人間よりも動物の方が被害は甚大だ。ミミクリーズ、または解析の能力を持った新種が飛行能力を持ったかのように認知させた」
木城は椅子の背にもたれて天井を仰ぐ。
「思い込みで飛べるようになりましたって? ピーターパンも驚きね」
「飛行幻覚はあくまで認知補助さ。問題はどうやって浮遊しているか。それらしい手がかりは武器の方では見つからなかった」
「そう……。仕方ないわね。その点については、こっちでももう一度調べてみるわ」
「頼んだ。最後に組織化された戦闘行動だが、これは武器内部の通信デバイスが関係しているはずだ。そこで君に聞いておきたいんだが、ブリーチャーの意思疎通は口からの発声なんだな?」
関原の念を押すような問いかけに、木城は片耳イヤホンマイクに意識を向けるように、両方の瞳を右側に寄せて怪しむ。
「ミミクリーズ以外はね。それがどうかした?」
関原はデスクに膝をついて口に覆いながらディスプレイを凝視する。
木城は妙な間が空いても、急かすことなく関原の言葉を待った。
「新種の意思疎通の方法は言うまでもないが、テレパシーのように会話することが可能だ。元は一つの個体だったのもあるだろうから無線のように会話ができる」
「それってどの程度の会話なわけ?」
「ブリーチャーより少し知能があるくらいだ。カラスくらいはあるんじゃないか?」
木城は関原と同じ映像を観ながら首肯する。
「そうね。身体能力が特殊だから単純比較はできないけど、私もそれくらいの知能はあると思う」
上空から撮られた映像には少々ノイズが走っている。嵐の影響が表れているものの、生物の動きを確認できないほどではない。それどころか、異常な速さで展開される生物と隊員の動きを鮮明に再現していた。
「だが腑に落ちない点がある」
「何が?」
「どうして、彼らは武器に通信デバイスをつけたんだろうか?」
木城は椅子を90度回転させ、ディスプレイに視線を向けるが、返答までに数秒の間が空いた。
木城の左で表示されるディスプレイは、国内外に留まらない新種の生物についての情報が一挙に羅列されている。
関原から問いかけられるとは思っていなかった。その問いは、すでに答えが出ているもので、当然関原も同じ答えに行きついていると思っていたから。木城は率直に返答する。
「おそらく、新種と同じ能力を有するブリーチャー属は、人間の知識と技術を模倣してる。あいつらだって、意志疎通を図るテレパシーの距離には限界があったはず。遠くから連絡できたら便利でしょ」
「岩手の急襲は、あの完全再生生物が主導していた可能性はあると思う。だがヴィーゴが装備していた機械には、それを受信するユニットは存在しなかった。他のブリーチャー属も同様だ」
「けど、あいつなら細胞と電子通信をリンクさせられるんじゃない? 武器に自分の脳機能を移せるくらいだし」
関原は椅子から立ち上がり、ディスプレイの左隅に触れる。アンダーバーが表れ、1つのアイコンに触れた。すると、ディスプレイに表示されていた画面が空中にも投影される。
「あの両端の剣は球体の頭を持つ再生生物のシナプスとリンクしている。それは間違いない。だが武器とシナプスのリンク性能は、あくまで再生能力を極限に高めるためのものでしかなかった」
関原は水場に向かい、マグカップを取ってコーヒーメーカーに置く。画面は関原の胸の辺りで浮かび、滞空している。
「あの手の機器は記録が残るはずだから取り出せるでしょ」
「それに、ブリーチャーやベルリースコーピオンなどの情報伝達能力は思ったほどない。理解できる情報も限られる」
関原はコーヒーメーカーからコーヒーの入ったマグカップを取り、口につける。一口香ばしい苦味を味わった関原は、言葉を続ける。
「
「あの機械を作ったヤツとかね」
木城は冗談めいた口調で答えたが、関原は深い皺を眉間に刻む。
「あり得なくはないな」
進化する生物。それは人間の予想を超えようとしている。まるで人に対抗心を抱いているかのような戦い方に、関原は温かいコーヒーを飲みながら寒気を覚えた。
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