karma6 異生物の分析を共有する旧友であり戦友

 いずなの生誕祭計画はサプライズ好きの藤林隊長が陣頭指揮を執り、着々と進められていた。

 まずは各個人で案を考え、生誕祭計画のために作られたグループチャットに提案することになった。しかしよさそうな案が思いつかない。

 1人で悩んでいても仕方がないと思い、氷見野はいずなと歳の近い琴海と藍川に相談してみた。琴海と藍川はまだ数回程度しか話せていないこともあり、いずなの好みもよく分からないらしい。

 そこで他の女性隊員にいずなのことを聞こうとしたが、考えることは同じだった。琴海と同じ部隊に所属する江藤妃奈えとうひな増山湊ますやまみなとには、すでに藤林隊長が相談を持ちかけていた。


 とりあえず江藤と増山から受けた候補案は保留することになった。候補案を聞いた東郷が渋ったのだ。仮装パーティーじゃなくてパーティーでいいだろと。

 もう変装はこりごりらしい。それにパーティー会場に来たいずながどんな顔をするか想像がつく。氷見野もさすがに恥ずかしく、肯定も否定もしない回答で濁した。


 やはり普通に誕生日会をしたらいいんじゃないか。丹羽、四海、東郷も同意したが、藤林に言わせればそれじゃ普通過ぎるそうだ。

 湯船に浸かる氷見野は、蒸気が充満する浴室の中で思案する。いずなの誕生日までまだ時間はあるものの、あっという間に時間は流れていく。任務に追われていれば尚更だ。


 部隊が減ったことによる負担は重くのしかかっている。1部隊減っただけだが、身内みたいな人たちが亡くなったようなものだ。隊員の士気は確実に落ちている。置き換えて想起する者がいても不思議じゃない。


 それでも気丈に振る舞う。あるいは弱音を吐き、同じ境遇をわかち合う者同士で奮い立たせる。いずなも例外ではないだろう。隊員でいるためには、選択肢は限られている。だとしても、味気のない生活ばかりじゃ疲弊するばかりだ。

 いずなには家族がいない。誕生日を祝ってくれるのは、きっと隊員のみんなだけだろう。そういう日があってもいいはずだ。

 頭の中がぼんやりしてきた。氷見野は湯船から出る。

 着替えた氷見野はストレッチで体のケアを行う。気分転換になるもので、いずなが楽しいと思えるもの。これが意外と出てこない。いずなが喜んでくれそうなプレゼントは絞れているが、体験となると限られてくる。


 考えに考えたが、無理なことはしないのがよさそうだ。

 とりあえずの候補案を決めた。決行日はまだ先だというのに心が躍っている。氷見野は自分の誕生日を待ちわびるみたいななつかしい気持ちを覚えながら、床に背を預けた。



 特殊整備室にいる関原は、災厄をもたらした武器の解析を行っていた。分解して各部品の役割を調べること数日、ようやく報告書が書ける段階になり、一段落しようと鼻根を押さえて目を瞑る。

 その時、ディスプレイに応答信号が表示された。関原はマイクをオンにし、つないだ。


「はい」


「Mr.関原、調子はどう?」


 陽気な声色は沈痛にざわめく空気を感じさせない。悪いニュースばかりが入ってくる状況においては助かった。


「用件はなんだ?」


「分かってるでしょ? 新種の生物の解析結果が出たからその報告。武器と新種の体の解析は、特殊整備室とウォーリア研究室で分担しているけど、まとめておいたほうがいいと思うの」


「まあ確かにな」


 関原は神妙な声で同意する。


 木城は改まった様子で声を落とす。


「じゃ、まずこっちから。細胞片の成分は旧態ブリーチャーの細胞とほぼ同じだった」


「あの再生能力はやはりブリーチャーの触手と同じだったか」


「ええ。細胞分裂を促す酵素が確認された。だけど、塩基配列が違うの」


 関原は眉をひそめる。


「どういうことだ?」


「細胞分裂を促す酵素を出すのは体内にいる微生物カリタリアよ。DNAのおよそ30パーセントに差異があった。構造も重合してる」


「重合してるってことは……」


「まだ進化しようとしてるってこと」


 その言葉を機に、妙な間が空いた。張りつめた空気を醸し出す。間を埋める吐息も気休めにならない。


「でもこっちで調べたことだけじゃ、説明がつかないことがある。1つは急速な細胞復元。2つ目は細胞片の浮遊。3つ目は組織化された戦闘。カギはやっぱりその武器にあると思うんだけど、何か分かった?」


 関原は指でディスプレイに触れる。ディスプレイに一度触れただけでいくつものタスクが開く。


「ああ、正直驚いたよ」


 ため息が深く漏れた。


「武器の内部は動力源を電気とする構造が見られた。だがバッテリーがなかった」


「バッテリーがないまま動かすとなると、限られてくるわね」


「太陽光発電、風力発電、磁場発電。電力を作る方法はいくらでもあるが、おそらく振動エネルギーを電気に変換させていると思う……」


 木城はいぶかしみながら返す。


「なに? その煮え切らない感じ」


「いや……変換機構は確認してるんだが、電気量が多過ぎるんだ」


「どういうこと?」


「初めに、急速な細胞復元は間違いなく武器の影響がある。シナプスとのリンク性能を励起れいきさせる機構もあった。だとしても、振動エネルギーだけで諸々の機能を担う電力を作れるとは思えない」


「ふふ、あっちの技術力も伊達じゃないわね」


「まったくだ……」


 木城は半ドーナツ型のデスクの下で足を組む。


「リンク性能の向上ってことは、脳機能の一部を武器に移譲させてたってわけ?」


「いや、おそらくほとんどは武器に移譲させてたんだろう。でなければ完全に肉体を失っても再生できるなんて芸当ができるとは思えない」


「結局、推測ってことね」


 関原は木城の呆れたような声色を聞き、自分の仮説に自信が持てなくなる。


「君は、違う見解なのか?」


 関原の不安げな声を聞いた木城は満足そうに微笑む。


「いいえ、それでいいんじゃない」


 関原はもてあそばれたことを察し、眉尻を掻く。


「急速な再生能力は微生物カリタリアの分泌する酵素が作用している。微生物カリタリアは、新種の脳機能を備えた武器からの指令により、酵素の栓の開け閉めをしていたんだろう。供給される電気的エネルギーを元にして」


「カリタリアを使えば治療に応用できそうね」


「本気で言ってるのか?」


「分かってるって。タンパク質の成分が違うから拒絶反応を起こす。でしょ?」


「はぁ……次に行くぞ」


「どうぞ」

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