karma8 よくないことが起こる予感

 いずなはコミュニティ棟一番の大通りを歩いていた。大通りはいつもより活気づいている。2週間後にはクリスマスが差し迫っていた。毎年恒例ではあるが、国民に痛ましいニュースが強く残っている。それだけに楽しい気分に浸りたいと待ち望んでいるようだ。

 クリスマスらしい過ごし方に縁のないいずなではあったが、はやる気持ちを肌で感じたいがために、特に用事もなくコミュニティ棟に繰り出していた。


 大通りの端では人だかりができている。いずなが視線をやった時、目の下に何かが当たった。優しく触れてきた物は冷たさを伝えた。

 目の下を拭った指は湿り気を帯びている。すると、いずなの視界の上から粉雪が降りてくる。いずなの上では粉雪が舞い上がっていた。円柱型の機械のノズルから粉状の物が放たれ、高く上がった粉が雪になって落ちていく。


 雪の舞う中ではしゃぐ人々は、それぞれ携帯片手に写真を撮り合っている。喜びの声と楽しげな表情がいずなの視界いっぱいにあふれている。いずなは自分の左手を見下ろし、薬指に感じた冷たく優しい粉雪をそっと握りしめる。少しだけでも、この温度を感じられる今がとても大切であると強く思えた。


 物思いに触れて立ちすくむいずなを我に返したのは、携帯からの震動だった。

 いずなはポケットから携帯を取り出す。携帯画面に表示された名前を見るなり、目を細めるいずな。どうせロクでもないことだろうと思いながら、メールを開く前から予想する。

 そう思いつつも、いずなはメールを開く。しかし、いずなの予想とは違った。


『大事な話がある。氷見野さんのことだ。上にはまだ言えないから、誰にも見られないように来てほしい』


 いつもと違い、真面目ぶった文面だった。藤林隊長から来るメールは、攻電即撃部隊ever4独自の懇親会の予定連絡やお節介なことをズカズカ寄こしてくるものばかりだった。そしていずなの心を乱す言葉が載っていた。

 時間は明日の夕方。短い文ではあったが、いずなを突き動かすには充分だった。



 翌日。いずなはかすかな緊張を携えて集合場所へ向かっていた。普段帽子を被らないいずなが向かったのは、コミュニティ棟のレンタルボックスだった。レンタルボックスは個人法人問わず、部屋を貸しているサービスだ。初めて来る場所だったこともあり、藤林隊長から送られてきた三次元地図を見ながら指定された部屋に辿り着く。


 白い扉の前で立ち止まる。携帯のアプリを閉じ、三次元地図を停止させる。

 部屋の中から何か聞こえないかと少し意識してみるも、物音すら聞こえなかった。想定しているものがものだけに、いずなは二の足を踏んでしまう。

 息を詰めたように拳を作り、ノックした。


「どうぞー」


 藤林の声だ。ドアレバーを下げ、おそるおそる扉を開けた。


 いずなの視界に真っ先に飛び込んできたのは、待ち構えるように立つ藤林だけだった。

 黒と白のスタイリッシュな部屋は清潔感に満ちている。3つの長方形の机は、縦に並べた2つと部屋の中央前方で横向きに1つ配置されている。部屋に点在する収納棚も、幾何学的に計算されたような白黒に染められており、どこか異空間を思わせた。いずなは間を空けて藤林の前に立つ。


「話って?」


 いずなは藤林の真剣な表情に合わせるように重んじた態度で話を促した。

 藤林は神妙な雰囲気を醸し出しながらゆっくり目を閉じる。


「いずな、君がこの攻電即撃部隊everに入ることが決まった時、僕たちは正直否定的だった」


 想定外の話が持ち出され、いずなは怪訝けげんな顔になる。


「基地内に住む人々は健気な姿に感化された。いずなの頑張りが認められた結果だろう」


 藤林はいつになく厳粛さを持った声で語っていく。


「僕たちも、いずなに勇気づけられた。きっと、僕たちは目指している場所に行けると信じられた」


「……突然何なの?」


 いずなが問いかけると、藤林は双眸を開眼し、ふと笑みを見せた。


「けど、もう耐えられない」


 いずなは眉尻を下げて困惑する。


「ふざけてるなら帰るよ」


「そうか……」


 藤林は悲嘆に沈むような声で応える。


「なら、こっちもやむを得ないな」


 いずなから死角となる机の下から伸びた人影。いずなは視線で捉えた。四海、丹羽、東郷。3人とも表情をうかがえないほど無表情を決めている。瞳はこの重い空気と同調するように、冷たくいずなを見つめていた。

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