karma3 百矢が射そうとも心は死なず

 氷見野は機脱室きだつしつ機体スーツとARヘルメットを脱ぐ。

 緊急出動要請を受け、攻電即撃部隊ever4が出動。新潟県沿岸に接近したブリーチャーへの警戒に向かった攻電即撃部隊ever8に代わり、巡回の任務を担った。

 ブリーチャー属30体程度が陸地に侵入。攻電即撃部隊ever8により殲滅が完遂。死傷者は0で事なきを得た。


 氷見野たち攻電即撃部隊ever4はブリーチャーと戦うこともなく、任務を終えることができた。普段なら安堵するところだが、氷見野の表情は影を落としている。

 攻電即撃部隊ever5の壊滅という凶報は、国民の不安を駆り立てた。巡回中に攻電即撃部隊ever機体スーツを見かけた国民の一部が、通りすがりに暴言を吐いたり、物を投げてきたりしてきた。

 更に日本各地で防衛軍に対するデモ行進があったようだ。先日の件の失態を非難し、東防衛軍司令上層部の刷新を声高々に求めている。

 氷見野もひどい誹謗を受け、心を痛めていた。


 攻電即撃部隊ever5だって国民を守るために必死で戦っていたのに。なんでこんなにも責められなければならないのか。命を張って国民を守ろうとした彼らの死は、意味のなかったものだと言われている気がして、氷見野はやりきれなかった。


「氷見野さん」


「藤林隊長、お疲れ様です」


 藤林隊長に声をかけられ、浮かない表情を隠すように応える。


「氷見野さんもお疲れ。ほんと参っちゃうね」


「え?」


 藤林隊長は眉尻を下げて微笑する。


「この前まで温かい応援が多かったのに、今じゃ罵声の嵐。部隊全体の空気がますます悪くなっちゃうよ」


「隊長も言われたんですね」


「ああ」


「こっちの身にもなれってんだよな。好きでブリーチャーに殺されたわけじゃねぇんだからよ」


 いかり肩を揺らして歩み寄る東郷は険しい顔つきで愚痴をぼやく。


「いつものことじゃない」


 東郷の不満を一蹴する声が飛んできた。いずなはARヘルメットを脱いで、大人びた目で氷見野たちを射貫いぬいた。


「部隊の失態があったら騒ぐ。上が火消しに尽力する。下火になる。その繰り返し。部隊の失態は日本の治安の軟弱さを強める。そんな部隊に、誰も自分の命を預けたくはないでしょ」


「いずなはしっかりしてるね」


 丹羽は汗に濡れた顔を拭きながらいずなを称える。


「それじゃまるで俺がしっかりしてねえみてぇじゃねえか」


 東郷は不満げに唇をゆがめる。


「国民の気持ちも分からなくもないですよね。ずっと不安に晒され続けてるのって、けっこうしんどいですから。たまにはガス抜きをしたいんだと思いますよ」


 四海もいずなに同調する。


「まあそうだなぁ。たいていの人はブリーチャーに対抗できる力を持ってねえしな」


 東郷は非難の声を上げる人々を思いやる。


「それにさ、こういう不安が蔓延してる時はどちらかに偏った声しか聞こえなくなっちゃうもんだよ。僕たちを応援してくれてる人もたくさんいることを忘れないようにしないとね」


 藤林隊長は力強い優しさにあふれた笑みをたたえた。


「その人たちの期待に応えて、今も不安がってる人たちに安心してもらうこと。それが私たちの仕事。氷見野さんも忘れないで」


 いずなは凛々しい表情で語る。


「うん。ありがとう」


 氷見野は笑って首肯する。いずなは不意に居心地の悪そうに視線を逸らし、背を向けて機脱室の扉へ向かい出す。


 いずなの背中を見送る氷見野たち。藤林隊長は寂しそうに微笑む。


「大人になっちゃったなぁ~」


「何親みたいなこと言ってんだよ」


 東郷は小さく苦笑する。


「ほんと、娘の成長を素直に喜べない父親みたいだね」


 丹羽もクスクスと笑う。


「僕の子もあんな風に素っ気なくなるんだろうなーとか考えると、どうしてもねぇ……」


 藤林はため息をつく。


攻電即撃部隊everに来た頃は小さかったですもんね。人当たりももう少しよかったし」


 四海は藤林隊長の気持ちに寄り添うように同調する。


「島崎さんはいつから攻電即撃部隊everに?」


「6年前だよ」


 丹羽は氷見野の問いに答える。


攻電即撃部隊ever4のメンバーになったのは5年前だな」


 東郷が補足する。


「5年前……」


 氷見野はすでにいずなが出て行った扉に再び視線を投げる。

 藤林隊長は氷見野の横顔を盗み見て、小さく笑みを零す。


「色々積もる話もありそうだし、ここは大人だけで飲みに行こうか」


「えっ!? 今からですか?」


 四海は驚愕の声を上げる。


「そうだよ」


「おお! 付き合うぜ」


 東郷は乗り気だった。


「あれ、これもう行く感じですか!?」


 四海は困惑しきっている。


「ああ、もちろん強制じゃないから無理に付き合わなくてもいいよ」


 藤林隊長はそう付け加え、氷見野にも目線を投げる。


「でも、いいんですか? 急な緊急要請とかあるかもしれませんし」


 氷見野は苦笑いをたたえながら心配そうな様子で聞く。


「順番的に緊急要請が回ってくる可能性は低いんじゃないかな。攻電即撃部隊ever5の一件があるとはいえ、連勤は最大7日まで。特殊防衛軍規則で決まってるし」


 丹羽は優しい声色でとうとうと説明する。


「そういうわけだから、安心して飲めるんだ」


 藤林隊長はそう言うが、氷見野は戸惑いを隠せない。


「じゃ、飲み会行く人ー!」


 藤林は手を上げて音頭を取る。

 しかし他に誰も手を上げない。機脱室で点検作業を行う整備士の声と作業音が木霊する。


「あれ? 誰も行かないの?」


「さすがにそのノリはできないな」


 東郷は腕組みをしながら言う。


「正直年齢的にも厳しいかもね」


 丹羽も東郷に同調する。


「ええー、そんな卑屈にならなくてもいいんじゃない?」


「いやあ、僕も恥ずかしくてできないですよ」


 四海は藤林隊長に視線を投げかけられ、固い笑顔で答えた。


「しょうがないなー。来る人はここに宣言せよ!」


 妙に気取った感じがあるせいで、飲みに行くとまだ言いづらかった。


「まあ酒は行くけどよ」


「僕も付き合うよ」


 東郷と丹羽は参加することを表明する。


「じゃあ……僕も行こうかな」


 四海は遠慮がちに言う。

 1人回答を保留する氷見野に、藤林隊長を始め隊員3人の視線が集まる。


「氷見野さんはどうする?」


 藤林隊長にそう聞かれ、薄く開いた口に迷いが表れる。攻電即撃部隊ever4のみんなとお酒を飲みながら話すのも楽しいかもしれないと思う反面、自分が入って邪魔にならないかとも思っていた。この際、懸念していることを聞いてみる。


「私、そんなにお酒飲めないですけど」


「あ、そうなんだ。けっこうイケる感じがしたから」


 藤林隊長は意外そうな顔をする。


「ノンアルコールもあるはずだから大丈夫だよ」


 丹羽は優しい口調で補足する。

 続けて藤林隊長が少し改まった様子で話す。


「できれば氷見野さんにも参加してほしい。いずなのことで、ちょっと話しておきたいから」


「いずなのこと、ですか?」


 藤林隊長は不敵な笑みを見せる。


「そう。いずながいるとできない話」


 氷見野は疑問を顔に貼りつけたまま四海に視線を投げるが、四海も首をかしげていた。どうやら東郷も知らないようで、いぶかしんだ表情が刻まれていた。

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