karma2 口に辛酸、咆えて決する戦士は再起を誓う

 固く閉じられた瞼が4日の時を経てようやく開いた。やけに眩しい光が侵入してくる。思いがけない光の強さに怯み、目を細めたまま黒目が動く。

 等間隔に音が鳴っている。確認しようと首を動かしたが、全身が鉛のように重く、鈍い痛みが満たしていた。ぼやけた視界が少しずつ慣れ始め、天井にぶら下がるアームをはっきりと視認した。ぎこちなく瞬きをした勝谷は、瞳を周囲に散らして状況把握に努める。


「起きたか……」


 耳にしたことのある声だった。しかし、その声に力強さはない。

 西松は隣のベッドに横たわったまま、微笑みかけていた。


「どうにか生きてたな。俺たち……」


 西松は天井に視線を戻し、憂いに浸るように声を漏らす。

 勝谷は人工呼吸器を装着しており、まだ覚醒したてとあって発声もしにくい状態だった。

 やっと基地内の病室にいると認識した勝谷だったが、生きた心地がしなかった。あの光景が頭の中に流れ込んでくる。血飛沫と生グロい生物の手足、赤い炎。暗闇から次々と襲いかかる狂気を思い出しただけで、全身に悪寒が走る。

 そうして自覚する。自分はブリーチャーに、あの化け物たちに負けた。見返すどころか、恥さらしの状態になってしまった状況に怒りを覚える。だが結果は結果だ。今もろくに体を動かせないようでは、完敗を受け入れる以外になかった。


「……ソが」


 自身の不甲斐ない結果を恥じるがあまり零れた声は、西松にも届きはしなかった。悲愁ひしゅうはとめどなくあふれ、部屋の静寂すら荒んでいるように感じる。

 人の気配を感じない部屋には、ベッドのそばにある機械の稼動する音がかすかに響くだけ。こうしている今も、いろんな人たちが戦っている。自分の仲間も、例外なく。


攻電即撃部隊ever5は一時廃止だってよ」


 西松は突然話し出す。色々な不安を紛らわしたかった。目を覚ましてからというもの、木城や看護師としか話せなかった。そして、自身が気を失ってからのことを、木城に聞いたのだ。


「仮で、俺は攻電即撃部隊ever9に、お前は攻電即撃部隊ever1に入ってるらしい。復帰できるのも早くて1年はかかるそうだ」


 西松の瞳は一点を見つめている。

 長い1年になるだろう。それまでリハビリに専念し、ウォーリアとしての感覚を取り戻せるのか。


 木城に聞いたが、経過次第という曖昧な答えだった。健康を害する後遺症は今のところ見られない。しかしながら、ウォーリアの持つ放電体質には影響が出る可能性は否定できないという見解だ。

 そう聞かされてしまっては、いつか誓った約束もほどけそうになる。どれだけ嘆いても、何も変わらない。それは痛いほど知っている。仲間に託すなんて無責任なことを口にしたくはないが、受け入れるしかないのかもしれない。受け入れがたい未来を想起し、悔しさを呑み込む。白いシーツが固く握られ、皺を作っていく。


「サン……ツだ」


「え?」


 西松は勝谷の言葉を理解できず、呆けた声を漏らす。勝谷は左手を少し上げ、3本の指を立てる。


「3……カ、ゲツで、復帰、する……」


「お前……頭大丈夫か?」


 西松は顔をしかめて問いかける。


「俺は、勝谷アツロウ。年は、ニジュウ。攻電即撃部隊ever、5に所属、して……戦場で無様に、散った、クソ野郎、だ……」


 西松は聞き耳を立てて、端々から受け取れた言葉をどうにか理解し、落胆する。


「3ヶ月でどうにかできるわけねぇだろ。俺はともかく、お前は俺より酷い状態なんだぞ」


「んなモン、知ったこっちゃ……ねえ。このまま、……尾巻いて逃げられるか」


 勝谷は胸を上下させながら咳き込む。数回大きく咳き込み、落ち着かせるように息を吸う。


「その状態で言われても、説得力ねえよ」


 西松は笑みを浮かべる。悩んでいたことがすごく小さなことのように思えた。


「でも、付き合ってやるよ」


 勝谷は西松に黒目を向け、口端をゆがめる。


「お前と組むのは御免だ」


「そこだけはっきり言うな!」


 静かだったはずの部屋には虚無のような空気は消え失せていた。地獄の底から這い上がる、ボロボロの戦士の2人は明日に向かう決意を胸に刻むのだった。

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