karma4 成人組の密会

 場所を移した攻電即撃部隊ever4の成人組は、シャワーで汗を流した後にコミュニティ棟の飲み屋街で落ち合った。

 攻電即撃部隊everの隊員の間で、飲み屋を勧めるならココという場所があるらしい。藤林に案内されたお店はどこにでもある居酒屋の外観だったが、中はイメージとは少し違った。

 コンクリートの壁がむき出しになった内観。どこもかしこもコンクリートが目に見える造りだった。そこにアート作品を飾ったり、天井にぶら下がる照明も、見たこともないほどグルグルとうねった線形のものだったり、様々な小物で内装をカバーされているように思えた。


 仕事終わりの人々に混じって席につき、水を持ってきたアンドロイド店員に早速注文する。氷見野以外は一度ここへ来たことがあるようで、メニューを見ることもなく注文していく。


「氷見野さんは何が飲みたい? ビール、ワイン、日本酒、芋・麦、ウィスキー、ハイボール、あとハブ酒もあるよ」


 藤林は楽しげにつらつらとドリンクメニューを列挙する。いきなりメニューを挙げられ、すぐに決めるべきかどうか迷っていると、男性型のアンドロイド店員と視線が合う。タキシード風の制服を着た店員は美麗な笑みを見せる。見た目だけでは判断できないくらい精巧に人を模倣していた。


「じゃあ、ビールで」


 勢いに押され、特に考えもせず注文してしまった。


「かしこまりました」


 店員は紫に染められた木製のカウンターへ向かう。


 芳醇ほうじゅんな香気は少しずつ活気を醸成する。心身を酷使する現場から離れ、憩いのひと時を楽しむ藤林たちに笑顔が零れていた。


「ほれほれ、食ってみろって」


 藤林隊長はほのかに酔いの回った口調で促している。四海、丹羽も東郷の反応をうかがっている。注目を一身に受ける東郷は、顔をしかめて目の前に置かれた物を見下ろしていた。


 三日月型に切られた爽やかな黄緑色がみずみずしい輝きを帯び、上から生ハムが毛布のようにかけられている。そのままの味で食べてもらおうというお店の意図が感じられる。

 それでも東郷には響かないらしい。一貫した東郷のアボカド料理に対する嫌厭けんえんの眼差しが、ジロリと藤林隊長に向けられる。藤林はにんまりと笑いかけていた。四海と丹羽も期待のこもった笑顔で待ち受けている。逃れようのない空気が東郷を追い詰めていた。

 お酒の席ならではの雰囲気に呑まれたのか、東郷は普段口にしないアボカド料理に手を伸ばし、一口含んだ。藤林が「おっ!」と漏らして表情を明らめ、四海と丹羽は優しく頬を緩めた。

 東郷の顔はいたって優れないものだったが、もぐもぐとさせている。


「もっと美味しそうな顔しろよ~」


 藤林隊長は肩を揺らしてクスクスと笑う。


「嫌いなものを克服しようとしてるだけでもいいんじゃないかな」


 丹羽は一興が終わった余韻をつまみにするみたいに、白ワインをグラスで回した後で口に運ぶ。

 東郷は息苦しそうに咀嚼物を飲み込むと、左手が素早くジョッキを掴んだ。ジョッキのふちをがっつく東郷は、満杯だったビールをあっという間に飲み干した。


「うお"~~~~」


 腹の底から鈍い重低音を漏らした東郷に、藤林や丹羽、四海までもが口角を上げてケラケラと笑っていた。

 氷見野は藤林たちの盛り上がりや東郷のアボカド嫌いを克服する流れ等々に終始圧倒され、いまいち輪の中に入れずにいる。


「たくっ、なんで楽しい酒の席で嫌いなもん食べなきゃいけねぇんだ」


 東郷はおしぼりで口を拭いながら愚痴を垂れる。


「僕は隊長だからね。東郷の日頃の不摂生は栄養管理士から告げ口されてるんだ。隊長としては、自分の部下の行いを正すのも立派な務めってことだよ」


 藤林隊長はテーブルに肘をつきながらガレットを頬張る。


「ふん、普段そんなことしねえくせに都合のいい時だけ隊長の立場を利用しやがって」


「まあまあ。これで来次もアボカドを食べられるようになったわけだし一件落着じゃん」


 四海は東郷の恨み節をなだめるように言う。


「は? 食べられてねえよ」


「え?」


「俺のアボカド嫌いをなめんなよ。もう食べようとも思わねえし、二度と口にしたくもねえ」


「そ、そうなんだ……」


 会話が途切れ、しっとりとした時の流れに身を委ねていくような雰囲気になる。それぞれテーブルに並ぶおしゃれな料理の数々に目を移し、手元のアルコールを飲んでいく。

 東郷はお代わりを注文し、空になったジョッキを店員に渡している。氷見野は4人の様子をうかがいながら、今か今かとタイミングを計っていた言葉を切り出した。


「あの……いずなのことで話があるというのは……なんですか?」


 氷見野がそう問いかけると、4人の視線が同時に集中した。氷見野は蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせ、息を呑む。


「あー、そういえばそういう会でもあったね」


「今まで忘れてたんだ」


 丹羽は呆れた様子を見せなかったが、充分に言葉から呆れに似たものを感じる。爽やかな笑みも小馬鹿にしている気がしなくもない。

 藤林隊長は握った拳を口元に当てて咳払いすると、改まった様子で姿勢を正す。


「こうして集まってもらったのは他でもなく、いずなのことでね」


 藤林隊長は目の色が変えて真剣な雰囲気を醸し出した。張りつめた様子で隊員を見回す。藤林の空気に当てられ、みんなも注目する。


「いずな、もうすぐ誕生日なんだよ」


「……え?」


「ん?」


 氷見野と藤林の間で疑問符が飛び交う。

 お互いに思った反応じゃなかったこともあり、藤林隊長と氷見野の表情が困惑に揺れている。


「あ、その……話ってそれですか?」


「うん……え? 何かおかしなこと言った?」


「いえ、てっきり……いずなのことで心配なことでもあるのかと……」


 氷見野は取り越し苦労だったと安心し、苦笑で誤魔化す。


「あー! いや、そういうわけじゃないんだよ」


「で、いずなの誕生日がどうした?」


 東郷はもう興味をなくしたようで、ムール貝とリンゴの焦がしバター焼きという独特の料理に手を出している。

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