karma9 澱むほど愉悦

 冷感を運んでくる風は時折戦士を阻む障壁となる。空では雷鳴が唸り、雨粒がシールドモニターに貼りつく。雷鳴は空だけでなく、岩手県の地表付近のいたるところで鳴っていた。

 青々とする閃光を目にしながら探すこと1時間が経過。合計で数体のブリーチャーと戦闘を交えた。

 ブリーチャーはまだ岩手県の陸地にいるようで、西松のARヘルメットにも続々とブリーチャー発見の知らせが入ってくる。透過性視覚機能で周辺を見回るも、しばらくブリーチャーを確認できずにいた。


 現在戦闘が展開されている場へ向かうのもいいが、どの現場もウォーリアの数は充分だと察する。司令室に指示を仰ごうとした時、西松の瞳が捉えたもの。足は止まり、凝視する。


 普通の視界ならば、西松が見ているのは新築のオフィスマンションに思うだろう。だがシールドモニターを通しただけで西松の見ているものは変わる。透過性視覚機能により、マンションから直線距離で300メートル。異様な数のブリーチャー属を確認した。

 その集団の中で、赤い光を発する機体スーツが1体、ブリーチャーたちを翻弄していた。闇に赤い光の残像を残すも、光が現れた場所に機体スーツはもういない。認識した時には体を分断され、穴を空けられている。


 西松は疑念を抱きながらも現場へ急行する。西松が聞いていた限りでは、あの地点で戦闘が行われているという報告はなかった。聞き逃していたから。それはあり得ない。報告しなかったのだ。そう確信した。彼はそういう人間だ。

 幸い、この周辺に洪水の被害はなく、しっかりとタイルの舗装がされた道路が見えている。その通りに面する市役所の駐車場では、歩道と敷地を分け隔てるように置かれた石製プランターの植木がなぎ倒され、ブリーチャーやエンプティサイの死体がゴロゴロと転がっているひどい有様だった。


 ブリーチャーたちは今しがた来た西松には気づかない。

 風を切り、疾走するウォーリアを捉えるべく、触手を振り乱し、黒い羽虫を放つも、赤い小さな光を機体スーツに埋めるウォーリアを止められない。ブリーチャーとエンバランスの目をあざむいたウォーリアは、両腕の外側から銃器を出し、レーザー弾を乱射した。まとまった小さな玉は光速で宙を飛ぶ。


 あまりに的を絞れていない弾道だった。技術的に不足しているわけではない。この雨よりも激しい攻撃に逃げ惑うブリーチャーを見たかった。奇怪な甲高い銃声は鳴りやまず。射程範囲から逃げようとするブリーチャーたちを追い立てる。


「あはははははっ!! オラオラ逃げろ逃げろ!! 死んじまうぞ!」


 附柴は楽しそうに声を弾ませる。

 アスファルトに転がったブリーチャーの死体を踏んでも気にもせず、息のあるブリーチャーたちを追い回す。


 西松は絶句していた。これだけのブリーチャーをたった1人でやったことも、楽しそうな声で銃を乱射する姿も。

 死がつき纏う戦場で爛々らんらんと戦う男に、少しの不快感が込み上げると同時に、圧倒的な実力の差を見せつけられた気分だった。


 不意にかすかな音が鳴る。風の音ではない。西松のシールドモニターが捕捉したが、エンプティサイが前のめりに突進してきていた。附柴の乱射から逃れた際にたまたま西松を見つけ、襲いかかっていた。


 生得的に作られた刃が振り切られるまで1秒もない。刃が触れる手前で、突然激しい電撃が現れる。衝撃は周辺に響く轟音が証明する。そして、エンプティサイが振り切ろうとした右腕が、ひとりでに宙を飛んだことも、その電撃の威力を表した。

 すかさず、西松はエンプティサイの頭を掴み、地面に叩きつけた。

 へこんだ頭は原形を失い、潰れたブドウのようになってしまった。


「お前いたのか」


 附柴の声がARヘルメットに入ってくる。

 附柴はさきほどまで咆哮を上げていた銃を両腕にぶら下げ、西松に顔を向けていた。


「はい」


 附柴が鼻で笑うと、両腕から出ている銃身が自動で機体スーツの中にしまわれた。


「せっかく1人でやってたのによぅ」


「みなさん心配してましたよ」


「心配? 冗談キツイな。怒ってたの間違いだろ」


 附柴は悪びれもせず、調子よく不敵な笑みを零す。


「なんで応答しないんですか?」


「俺が話したい時に話す。応じるか応じないかは俺の勝手だ」


 附柴は西松から視線を外し、少し左に移す。口端を上げ、顔の正面をそちらに向ける。


「また狩られに来たぜぇ」


 西松もそちらに目をやる。附柴の乱射から難を逃れたブリーチャーたちだけではない。どこから連れてきたのか分からないが、まったく傷のないブリーチャーたちもいた。

 そして、新しい生物は他にも。道を挟んで市役所の隣にある大きなレジャー施設の建物。その上から見下ろす者は、人間のような姿でありながら宙に浮かんでいる。

 どうやって飛んでいるのか見当もつかない。それも当然。背後に円盤の機械を埋め込み、それが浮力を与えていると誰が思うだろうか。だが、あの姿と浮遊する者が手にする長い棒状の物を見て、附柴は記憶の片隅にある名前と合致させた。

 表情がふわりと緩む。


「ずっと待ってたぜ。ヴィーゴ」

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