karma10 恐怖を嗤う者

 司令室は混乱が渦巻いていた。


「一体、どうなってるんだ……」


 斎藤司令官は他国の戦闘機や軍艦が攻めてきたかのように焦燥を漏らした。

 司令室のモニター中央、右上、左上の3つに、攻電即撃部隊ever隊員のARヘルメットが映したものが並ぶ。ヴィーゴの姿が違う角度で映し出されていた。リアルタイムで流れる映像は、岩手県内の3つの地点にヴィーゴが同時に存在していることを意味していた。


「日米宮城海上保安部に要請を」


「はい」


 オペレーターはまるでそこにあるかのように見えないキーボードを操作する。

 観覧席にいる隊員は冷たい悪夢に堕ちた気分だった。過去に数例しか目撃されていないヴィーゴが、日本の1つの県に3体も集結し、各地で勢力を振るっている。

 ヴィーゴの目撃例の数とまことしやかにささやかれるその特異的強さを聞いている者なら、異常な状況であることを充分に理解していた。


「死ぬなよ、キヨ」


 興梠はモニターを注視しながら祈るように呟いた。



 空を駆ける人ならざる者は、天来の雷を放ち、建物という建物を破壊していた。周囲は数分足らずで火の海と化した。この激しい雨なら火を消し去るのはそうかからないだろう。だが、脅威は未だ猛威を振るう。


 傘やヘルメットでも被っていなければ、顔を上げて前を見るのも難しい雨でも、ヴィーゴは気にする素振りも見せず、地で動き回る蓬鮴ほうごりと下田、木戸崎きどさきに未知の光撃レーザーを射出していく。ウォーリアも反撃のレーザー銃を放つが、ヴィーゴも軽々と避けている。

 加工油かこうゆを取り扱う工場が現戦場にあったため、水面には油の膜が張られていた。ヴィーゴのレーザーが射出されるたびに、油を纏う雨水は爆発したように飛沫を上げる。


 蓬鮴は攻め手を欠く状況に眉をひそめる。

 電撃を向けるも、ヴィーゴは空中で瞬間的に移動してしまい、的を絞れない。


 西松と附柴も同じ戦況に陥っていた。視界もままならない雨の中、禍々まがまがしい光の線が突いていく。強い雨という悪条件でありながら、互いに影響が見られない。すべからく、攻電即撃部隊everは透過性視覚機能で対象を捉えることができる。つまり、雨を透過させて視認できる。

 しかし、この場においては、西松のみが透過性視覚機能を必要とした。附柴は電場による空間把握を可能とする才により、透過性視覚機能を使わないことが常であった。


 青い流星が降りしきる雨ををもろともせず、正確にフィールド把握する。様々な物が攻撃の被害に遭い、残骸として転がっていく。そんな障害物が点在するフィールドで高速を維持して駆けるも、互いに譲らず。遠距離戦をやり続けても命中する気配がない。

 拮抗する戦況。宙を移動しながら撃つヴィーゴは余裕の表情で、先端に銅鐸どうたくのようなものをつける棒を10発撃つごとに1回転させ、再び撃つということを繰り返している。

 単調な攻撃で仕留められると高をくくっているのか、西松は前評判の強さを耳にしているために疑念を膨らませていた。


 なめられていると思っているのは附柴も同様であったが、それでこそブリーチャー属の中でも稀有けうな強さを誇るヴィーゴだと、骨のある獲物が泣き喚き、屈服するその様を見たいと余計に欲していた。


 附柴の動きが突然速くなる。ヴィーゴは2人を相手にしているにもかかわらず、絶えず西松と附柴に注意を払っている。


 銅鐸どうたくから放たれるレーザーは、直線に進む一般的なレーザーだけを放てるわけじゃない。光がまとまって銃弾のように飛んでいる。この光を弾にして放つ飛び道具は、ウォーリアや特殊機動隊や初動防戦部隊が得意とする銃撃に似ていた。


 それをにわかに感じ取った西松だったが、ヴィーゴが浮いている高さでは大型のレーザー銃か、電撃くらいしか届かない。まずは引きずり下ろす必要がある。

 飛行能力を与えているのは十中八九背中に埋め込まれた円盤の機械だ。それを狙うとなれば、背後を取り、命中させなければならない。空中でもすばしっこいヴィーゴ相手ではそう容易くはいかなかった。


 附柴の動きは一向に衰えを見せない。更にほとばしる電撃と射撃のコンボが地上のいたるところから放たれた。

 ヴィーゴは、まるでそこに多数の隊員が一斉に射撃しているような錯覚に囚われる。ウォーリアのスピードには慣れているつもりだったが、リズムや切り返すタイミングを1秒もないうちに予測し、インパルスで狙うのはヴィーゴと言えども至難のわざだ。


 また、発光する弾丸や電撃のせいで視界を奪われてしまえば、おのずと隙が生まれる。目に見えやすいものをちらつかせた結果、見えにくいものは自然と排除されやすくなる。

 生物の習性を利用すれば、どんな利口な生物でも隙は生まれると、長く戦闘をしてきた附柴は知っていた。ヴィーゴが敵の動きを予測していたように、附柴もヴィーゴの動きを予測していた。


 ヴィーゴの警戒は発光体に向けられていた。その中で、雨夜あまよに逆らって上る物は、ヴィーゴめがけて飛び上がっていく。

 それは、先端が銅鐸どうたくの形をしている棒に当たった。戦場の被害に遭った車の進入禁止のポールは、棒に弾かれて顔に当たる。ヴィーゴは反射的に目を瞑る。動きを停止させた時間、わずか0.3秒。その間に放たれたレーザーは、ヴィーゴの背中を捉えた。

 激しい烈火にさらされた背中で、円盤に灯る小さな光が数回点滅を繰り返し、消失した。円盤は焦げ跡をつけ、わずかな煙が雨に溶けていく。ヴィーゴの体は前に傾き、頭から落下していった。


 西松は落下するヴィーゴを目の当たりにし、激しい銃撃戦の終わりを感じ取った。一連の仕掛けをした附柴は、この機を逃すまいと再び銃口を向ける。

 トドメを刺す青い咆哮ほうこうが響く。伸びる直線状の光が流れ、細身ながら鍛え抜かれた筋肉を持つ体をいずる。かのように思われたその時、ヴィーゴに当たる手前で、光の流線は固まり、破裂した。その衝撃により、ヴィーゴの体は飛ばされ、濡れた地面を転がった。


 附柴は見たこともないレーザーの挙動にいぶかしむ。

 ヴィーゴは凡庸ぼんような動きで立ち上がり、文明的な建物が崩れ去って、広い用地となった場で招いた参加者をすくめる。

 大きな瞳が特徴的な顔立ちは、リスザルのようだ。丸顔に似合わぬ体つきが異郷いきょうの生を彷彿とさせる。


 先ほどの背中に受けた攻撃により、ヴィーゴの右側の首から肩にかけて、紫の皮下組織が露出している。ヴィーゴはまだ戦意を失っていないようで、大きな目がギラギラと輝いている。その目は間違いなく、自身の体を傷つけた附柴に向いていた。

 附柴は自分を敵視してくれるヴィーゴに喜びを感じるも、今しがたレーザーの挙動が頭の中で浮いており、これから起こる激戦の予感に武者震いした。


「ふふ、来いよヴィーゴ。お楽しみはこれからだ」


 附柴は口角を上げ、不気味に笑ってみせた。

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