karma2 危険な雨の巡回

 11月14日。日本の東は予報通りの大雨となった。

 河川は氾濫し、各地で浸水被害が出ている。避難所は人でごった返していた。対応する自治体は脂汗をかく職員が目が回りそうなくらいにあちこちと動き回っている。


 雨は時間を追うごとに強さを増し、排水講から逆流する水が、路面を川へ変貌させようとしている。過去の教訓を活かし、災害対策に資金を投じた自治体の道路では、交通網を確保するために取り入れた水誘導みずゆうどう仕切り板を路面から出した。

 各自治体の防災対策課が調査し作成したハザードマップにより、河川が氾濫しやすい場所を把握することが可能となった。そこから推測される最大リスクを減少させるべく、氾濫した水を一定期間貯水できる地下空間へ誘導させるなどのため、水誘導仕切り板が道路下に収納されていた。


 これを道路上に出したからといって、すべての水を計算通りの場所へ流せるわけではない。各自治自体の財源には限りがあり、各危険箇所に水誘導仕切り板を設置するのは難しかった。あとは土のうを設置し、住宅などの浸水を防ぐしかない。


 そんな大変な状況下の中、ブリーチャー対策に動員される職員は防衛職務に励む。災害の危険をはらむ状況にある時、注意しなければならないことは必ず候補生の時に忠告を受ける。

 隊員が災害に遭わないために、情報総括員から与えられた災害情報を下に、オペレーターからどの地点がどのくらい浸水しているかが伝えられる。


 体に叩きつける雨を受けながら、空を見上げる桶崎謙志おけざきけんしは眉をひそめる。空一面は不気味な厚い雲で覆われ、雲の中で時折見せる雷光が、物々しい音で辺りに警鐘を鳴らしている。


 桶崎は視線を下げる。

 雨粒が風に煽られている景色の奥に、点々と光が見えるが、いつ停電になってもおかしくない様相だ。


 桶崎は高速道路の上から街を望む。一帯は湖のように水に埋め尽くされている。水面から顔を出すのは大きな車庫の屋根や大きな店の上に躍る看板などである。

 今では災害救助で自衛隊が活動しており、避難し遅れた人々の下へ駆けつけていることだろう。すでに死亡者も確認されている。険しい顔つきで、変わり果てた街から視線を逸らす。


「エリアE、クリア」


 桶崎は一抹の不安を抱きながら、次の警戒区域へ向かった。


 それから数十分後、司令室はいつものようにブリーチャーの監視、隊員のサポートに勤めていた。

 司令室のドアが開く。今日もせっせと働く情報総括員のデスクが並ぶ間を、西松清祐、葛城魁、興梠哲、御園聡一が通っていく。西松は観覧席のどの位置に座ろうかと視線を彷徨さまよわせる。


 観覧席は基本的にまばらだ。隊員や研究者くらいしかこの部屋には入れないため、ここに毎日のように訪れる者はほとんどいない。観覧席が閑散としてしまうのも当然と言えよう。さすれば、座っている人というのはよく目についてしまうものだ。


「ん?」


 西松は後ろ姿を見た途端、駆け足になって観覧席に座る者の正面へ向かう。

 西松が自分の横で立ち止まったことを不思議に思い、視線を投げる。


附柴ふしば先輩、お疲れ様です!」


 西松は深々と頭を下げる。


「そういうのいいって」


 附柴は顔をしかめ、西松の仰々ぎょうぎょうしい態度を嫌う。


「珍しいですね、附柴さんがここに来るの」


「まあな。他の隊員の仕事に興味はねぇけど、ブリーチャーが最近強くなってきてるからよぅ。今日はと思ってな」


「あはははは……、そっすか」


 西松は苦笑して強張こわばった口を動かす。


「んじゃ失礼します」


「ああ」


 西松は後ろの方で先に席についていた御園たちのところへ向かう。


「んっしょっと」


「附柴隊員に挨拶か」


 興梠は隣に座った西松に聞く。


「ああ」


「あの人の前でよく平然と挨拶できるな」


「は?」


 西松は後ろに座る御園に顔を向けて疑問をぶつける。


「よく聞くぜ。あの人の噂」


「ブリーチャーに食われてる隊員がいてもそのまま見物してたって話、聞かなかったの?」


 御園の隣に座る葛城は西松に尋ねる。


「まあ、聞いてるけど」


「あの人、先輩隊員の中じゃ問題児らしいな」


 興梠も話に加わる。


「ああ、よく隊員になれてるよなぁ」


 声を潜めて言う御園はげんなりした顔をする。


「だけど実力はすごい人みたいだからさ。できればあの人の戦闘で盗めるものがあったら盗みたいんだよなぁ。蓬鮴隊長からも太鼓判らしいし」


「へぇー」


 御園は西松の横顔を見つめる。微笑みを持った西松の反応は意外だった。てっきり毛嫌いするんじゃないかと思っていたからだ。攻電即撃部隊ever5でやっていけるか分からないとか言い出すかもと心配だった。が、どうやら思い過ごしだったらしく、御園は安堵する。

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