karma18 翼の折れた隼

 士別市の一角にある宇宙衛星管理センター近辺。そばでは川のせせらぎが聞こえ、コオロギが夜のときを奏でている。

 1体の機体スーツが情緒に富む雰囲気をぶち壊す。空気を裂くように走る機体スーツが道端で止まる。

 疲れを滲ませた表情で辺りを見回す藍川。何体のブリーチャーを倒したか。考える気も起きなかった。

 その時、一瞬青い光が黒く染まった空を照らした。

 光源は北西の位置。捕捉した元を視認し、藍川は再び駆け出す。



 街から少し離れた道路。その道路に隣接する敷地は田畑が多い。

 2車線の道路を真っすぐ進んでいくと、建材置き場や家畜など、それらしきものを目にできる。

 今ではブリーチャーに荒らされたこともあり、各地で悲惨な現状がひっそりと場に残っている。そして今まさに、荒廃しようとする場所で、1つ機体スーツが吹っ飛ばされた。


 背中を外壁に打つ。木造住宅の外壁は穴を空け、外壁の一面にヒビを作る。

 機体スーツはすぐに加速し、襲ってくる敵の攻撃をかわした。その一発で、外壁は大きな穴を空けてしまう。

 細長い円筒の棒が月明かりに照らされてキラリと光る。艶やかな銀色は自慢の硬さを誇り、今では駆逐する武器と化していた。


 琴海はギリギリと歯を噛み、小賢こざかしい敵を見据える。細身で長身の生物は金色の瞳を光らせ、円筒の鉄の棒を持ってゆっくり琴海に迫っていく。

 機体スーツを纏う琴海もまた、死神が持つ大鎌を彷彿とさせる武器を持ち相対している。死神が持つ大鎌と異なることがあるとすれば、月の光量を上回る輝く刃と、細かく振動していることだろう。


 生物は前触れもなく消える。辺りで空気が鳴っていく。物体が高速で動くことにより、近くの空気が押され、後ろに逃げる。空気の流れを起こされ、辺りを飛んでいた小さな虫はなす術もなく流される。

 琴海は音を頼りに動きを推測し、ブーストランを使う。機体スーツは細かい足さばきで動き回る。20キロの大鎌を軽々と振るい、生物の殴打を防ぐ。

 速さ極める戦いで交えた攻防の数は10秒の間に17回。近接戦をけしかける生物は動きといい、棒の使い方といい、人と変わらない戦い方をする。少々粗さが目立つものの、速度をつけた棒の振りと四肢を巧みに使った手数の多さが琴海の戦闘技巧を封じていた。

 生物は鉄の棒を振り下ろす。鉄の棒は生物の前で駐車されていた車のボンネットをへこませた。フロントガラスは割れ、車内にガラスの破片がばらまかれた。


 琴海は後方に飛んで避けると、電撃を放つ。電撃は山なりの曲線を描く。しかし、電撃は生物の手前で落ちた。

 琴海は電撃を生物に当てる気などなかった。最初から生物がへこませた車のボンネットに向けたのだ。200万ボルト以上の電圧を持つ電撃は、ボンネットの中にまで到達する。バッテリーやエンジンオイルなどに引火し、爆発を起こした。


 爆発は近くにあるガスボンベを巻き込み、強力な爆発へと進化する。ガスボンベを設置していた建物は吹き飛んだ。

 車は爆発で浮き上がり、横に反転して上下逆さまになる。ひっくり返った車はボウボウと燃え続けており、焦げた臭いが漂っていく。

 すると、琴海のARヘルメットの音声出力がバッと音を出す。


「ことうみ氏!」


 その後に聞こえてきた同じ隊員の声。

 人が走るような速度で駆けてくる機体スーツを見るが、シールドモニターが誰の機体スーツかを表示してくれることはない。だが、琴海はよく聞いていた声で、誰が着る機体スーツか分かった。


「ミズ」


「大丈夫ですか?」


「ええ、なんとか」


 琴海は視線を前に戻す。爆発によって倒壊した建物の外壁や屋根が折り重なり、瓦礫の山となっている。そこから灰色の煙が点々と出ており、今にも火が噴き出しそうだ。

 小さな山は音を立てて崩れる。山の中から生物が出てきた。立ち上がり、琴海と藍川の機体スーツを捉える。口をすぼめては大きく開くを繰り返す生物。生物の表情は分からないが、藍川のシールドモニターは複数の切り傷を確認した。一部は緑色の液体が滲み、たらたらとしたたっている。



 一方、ARヘルメットに搭載されているカメラの映像が、司令室の中央のモニターに届いていた。

 その姿を見るなり、ケイリーは驚嘆する。


「まさか……」


「どうした?」


 末永はケイリーに問いかける。


「一度だけ見たことある。あの生物」


「本当か?」


雷馬機銃部隊ドナ・エクウス(ドイツのウォーリア部隊)にいた頃、タンザニア軍との合同奇襲任務でやり合った。現地ではカリヴォラと呼ばれていた。細身で長身、二足歩行のホモサピエンス型のブリーチャー属。顔の大部分が口を占めている……うん、間違いないと思う」


 ケイリーの白い喉に汗が伝う。

 氷見野はケイリーの顔が強張っているような気がした。とんでもない生物なんだろうかと不安を覚える。


「おいそこ」


 静川が氷見野たちのいる席に向かって声をかける。


「はい……?」


 末永は司令官の静川に声をかけられて戸惑う。


「あの生物を知ってるのか?」


「おそらく知ってると思います。司令官」


 ケイリーはスッと立ち上がって答える。


「休息中申し訳ないが、情報総括員に知っていることをすべて話してくれ」


「はい!」


 ケイリーは快活な声で承服する。


円居まどい仕官! ケイリーの情報を元にあの生物を調べてくれ!」


「はい!」


 ケイリーは目線が合った情報総括員の下へ向かう。

 静川はちょうど空いた席に座る。険しい顔をモニターに向け、足を組む。握りしめる両の拳を太ももの上に置き、左右の拳を重ねた。そして、金づちを打つように上にある拳を、下にある拳にぶつける。ゆっくりとしたテンポではあったが、どこか落ち着かない様子。静川の顔色はさっきから青白く、冷や汗が伝う。

 氷見野も喉が渇くほどに2人の無事を祈りながら、輝くモニターを見つめていた。

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