karma17 四面楚歌
東防衛軍司令室には、北海道に散らばって任務をこなす
オペレーター、
「こちら
ひっ迫した声色を感じ取った静川だったが、冷静に努めて指示を出す。
「西松琴海の
「西松琴海の
オペレーターは声に出しながら水たまりのような形の黒いパッドで指を躍らせる。
オペレーターの上にある5つに分かれた大きなモニター中央の画面が切り替わる。が、黒の背景画面に『no signal』と表示されるだけだった。
「
静川はモニターに視線を向けながら問いかける。
「敵の体液がかかってから、ARヘルメットの一部機能が故障しました」
琴海の息づかいから現在戦闘中だと、司令室にいる者たちは察することができた。
「西松隊員。ブリーチャーを撒いて逃げろ。奴を他の隊員がいるところへ誘導するんだ」
「今やってます!」
琴海は荒々しく返した。
静川はキンキンした声に不快感を露わにしたが、落ち着きを払って全
「こちら司令室。西松琴海隊員がブリーチャーの変異種と交戦中。一部機能の破損。応援を要請する。位置は?」
静川司令官はオペレーターに確認を取る。
「場所は士別市西、市街地から近い国道239号線です」
「応援に当たれる者はいるか? 現状の報告を。竹中隊長」
士別市朝日町田園地帯。
竹中隊長はいつもと違う目色で鋭く睨みつける。
「すまないが、こっちもまだ立て込んでる。そちらに行けそうにない」
4本の腕を持つ奇形種のブリーチャーとの交戦はまだ続いていた。
増山と風間はプラズマ弾を放つ銃やレーザー光による切断を試みていたが、何度やってもすぐに再生してしまう。それに加え、瞬間的な加速時には
過去のブリーチャーから得た弱点をついてみるも、致命傷と至るまでにはいかない。
ここまで長期戦となることすら予想してなかっただけに、もどかしさから焦燥が積もり、一時の油断を生む。
間合いを詰められそうになった増山はとっさに逃げへ転じる。加速した
人間が認識できる速度を超えた戦いで生死を決めるとなれば、タイミングというのは重要なカギとなることは言うまでもない。ほんの何気ない判断が命取りとなる。増山の仕草、いわゆる癖を掴むには充分な時間があった。
加速する前、片手が移動方向にわずかに動く。加速するタイミングが早かったこともあり、生物は増山の移動方向が予測できた。どの方向に移動すれば
ブーストランで駆ける増山は
増山には回避するという判断はできなかった。瞬間的な判断あってのことだが、回避できるとは思えなかったのだ。ならば、ガードするしかない。電撃で弾く隙もない。増山の腕が生物の拳を防ぐ。鈍い音がはっきり聞こえた。
強力な腕っぷしにより、増山の
天と地が
衝撃は
「大丈夫か」
竹中隊長の口調はいつものように淡白だった。増山の闘志はまだ瞳に灯っている。
「はい、問題ありません」
増山と風間の口を閉じている時間はだんだんと少なくなっている。
何か打開策はないかと方法をひねり出そうとするが、有効な手段かどうかも疑わしい。だが陸内のど真ん中にいる以上、この生物を倒すしかない。何が何でも倒さなければ、士別市周辺に住む人々は長期のシェルター暮らしを余儀なくされるだろう。それは隊員の失態、防衛省の失態である。
しかし、無理な戦いをすれば貴重な人材を失う可能性もある。判断は現指揮を執る司令官の静川と隊長の竹中が担う。少なからず、今回の戦いは退くことも考えなければならないと、2人は頭の中で検討していた。
「どこも離れられんか……」
静川は悩ましい現状に呟く。5つに分かれたモニターの中にある中央の大きなモニターには、北海道士別市を中心にした地図上に、
「司令室。こちら藍川です」
「藍川隊員。行けるか?」
「はい、西松隊員の現在地をください」
「頼むぞ」
静川はひとまず安堵し、右手を強く握りしめる。
「朝日町の初動防戦部隊は西松隊員が対応中の変異種の援護に。その他……」
「司令官!」
情報総括員の1人が緊迫した声を上げた。
「どうした?」
「北海道沿岸に多数のブリーチャーが接近しています! 東西、北の海岸から上陸する可能性があります!」
「次から次へと……」
静川は忌々しく吐き捨てる。
「初動防戦部隊、先ほどの指令は取り下げる。沿岸に接近するブリーチャーの大群との戦闘に備えろ。
「了解しました」
「奴ら、次は北海道を乗っ取る気か」
静川は推測した奴らの作戦に寒気を催す。
事態が刻々と変わりゆく戦いを観覧していた氷見野たち隊員は、不安いっぱいな気分で固く口を閉じ、モニターに釘付けになっていた。
「奇形種に変異種、ブリーチャー大群……。まるで計画された奇襲だ」
末永の後ろの席で、その呟きを聞いていた氷見野は琴海の身を案じる。
「奇形種は……」
末永の隣に座る
「ブリーチャーが進化する過程で起こる不安定型だ。決まった型はそれぞれ安定した能力を得る」
「ベルリースコーピオンやミミクリーズとかだろ?」
氷見野もよく知っている名前だ。末永が並べた名前に、ケイリーは頷く。
「決まるまでに何通りもの
「あの生物の姿や攻撃特性を見る限り、ゴリラの遺伝子をベースに作られた強化種でしょうね」
いずなは
「ああ、間違いない」
「あんなのがこれからどんどん増えていくんでしょうか」
氷見野は震えあがるように言ったが、ケイリーは不安がる氷見野をなだめる。
「いや、そうとも限らない」
「え?」
末永は丸顔の頬に微笑を宿して氷見野に視線を向ける。
「奇形種は能力に長けた種族ですが、生体の恒常性が不安定なので短命なんですよ」
「1年持てば長生きだな」
ケイリーは末恐ろしい彼らの能力に困惑したような笑みを作る。
「だが、戦いにおいては奇妙な強さを持つ。どんな遺伝子とクロスさせたかによって能力も変わるから、掴みどころが分かりづらい。できれば戦いたくないヤツだな」
「ま、ドーピングしまくった生物兵器みたいなものだしね」
いずながポツリと言った。数々の苦難を思い出して口にしたかのように、氷見野には聞こえた。
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