karma16 匹敵

 北海道上川郡の田園地帯。車1つ通らない夜の平地に、1本の青白い光が真っすぐ翔けて消えた。

 レーザー光の発射地点では、切断されたムカデのような生物が道路上に横たわっていた。空高く伸びる細い木々に挟まれた道路で、琴海は疲弊感を滲ませて嘆息する。


「キリがないわね」


 琴海はARヘルメットを外し、機体スーツの後ろの腰に手を回す。左の後ろ腰にある小さなボタンを長押しすると、ボタンが下にスライドした。カバーを横に開け、常備されているアルカリイオン水が現れる。300mlのステンレス製容器を取り出す。

 飲み口は蓋の一部にへこみがある。飲み口の角を親指で押し上げ、蓋を開ける。

 辺りではどこからか激しい音が鳴っているようだ。たまに空が明るくなっており、まだまだ戦いは終わる気配を見せない。

 琴海は気を取り直し、機体スーツに容器をしまってARヘルメットを被った。


 琴海はブーストランで走りながら辺りを見回す。ARヘルメットは暗視モードに切り替わる。しかし、暗視機能がいらないくらい今日は月が明るい。月の光にあてられ、薄く群青を纏っていた。

 そこら中に戦いの跡が残っているが、肝心のブリーチャーの姿はない。約2時間ほど探し回り、殲滅が着々と進んでいるようだ。ようやく終わりが見えてきたんじゃないかと、進捗状況を推測していた。


「こちら攻電即撃部隊ever7の西松です。あと何体いますか?」


「確認しているブリーチャー種はあと十数体です。朝日町、下川町、和寒町わっさむちょう、白樺キャンプ場の湖周辺で各隊員が対処中です」


「了解」


 琴海は司令室のオペレーターとの通信を切る。

 ものの3分で士別市中心街が望める道までやってきた。その時だ。道路に隣接する緑生い茂る山の上で、かすかな葉音のざわめきを聞いた。

 琴海の耳には風を切る音がひっきりなしに鳴っていた。だが、それらの雑音を消す機能を常時機能させながら任務をこなしていた琴海には、それに気づくことができた。不穏な気配を感じ取った琴海は、山の方へ視線を向けた。

 シールドモニターが赤いシルエットを捉えた時には、生物は山の森から飛び出していた。琴海の上から飛び込もうとする影。異常な速さで走る琴海めがけて飛び出してきたのは偶然なんかじゃない。生物は不意打ちを狙ったのだ。


 琴海は瞬間的にスピードを上げて飛び出してきた者を避けた。体を反転させ、後ろを振り返る。急なスピードを押し殺す機体スーツの両足の裏がアスファルトを擦っていく。火花を散らしながら道路端にある、盛り上がった土の前で止まった。

 琴海は張りつめた表情で機能を使わず月に照らされる者を捉える。二足で立つ獣。サルに近いその姿だが、白い毛は日本に棲む一般的なサルではないことがうかがえる。


 細身の体型をした者は急襲をかわされ、獲物を一目見る。濁る金色の瞳が琴海に向けられた。その双眼の下にあるのは大きな口だけ。サルには似ても似つかない。


 琴海は見たこともない生物に警戒を強める。

 生物は突然風のように消えた。琴海は反射的に電撃を周りに散らす。放電した電撃は青い筋を空気中に走らせていく。

 エンプティサイとの戦闘を何度かこなしていくうちに、俊敏な生物との戦い方を覚えた琴海は、動かず神経を研ぎ澄ませる。

 電撃が生物に当たったとして、体毛がなくなるだけで感電はしない。それは琴海の予想の範疇はんちゅうである。空気中の摩擦以外による電撃の乱れを感知することなど、幾度となく帯電調整で放電してきたウォーリアならば造作もないことだ。


 地面を撃ち、乱れ飛ぶ電撃。生物は電撃の雨の中を高速で動き回り、琴海の出方をうかがっている。

 その間にも電撃は生物の体にヒットしていた。生物の高速移動はエンプティサイと酷似している。唯一違うところがあるとするなら、横の動き、切り返しの動きが速いことだろう。1メートル80センチほどの体長がありながら、小回りの利く俊敏性があるらしい。


 機体スーツの右手首から銃口がひっそりと顔を出し始める。

 生物の動きが変わった。琴海はブーストランで避け、すぐさま照準を合わせる。生物は飛びかかってよけられて間もなく、地についた足がしなやかに速度を極め、琴海の横を取る。

 しかし、銃口はサルのような生物を捕捉し直した。赤いほのおがわずかに散った。生物は苦痛の悲鳴を上げながら後ろに飛び、地面を転がる。すかさず黒い銃口が火を吹き、体を撃ち抜かんとする。特異な身体能力を有する生物は、機敏な動きで照準から外れる。


 琴海は銃を発射するにあたって放電を止めていた。銃による発砲も電力を使うため、エネルギー消費がかなりの量となる。単発であれば問題はないが、これを断続的に繰り返すと、現状ブーストランすらできなくなる可能性があった。

 目の前の敵を倒したとしても、終わりの見えない戦いの中で希望的観測は命取りになるだろうと、琴海は次を見据えて放電を止めていた。だがこれで生物の速さについていくことが難しくなったと言える。今から放電したとしても、もう遅い。


 生物の動きに緩急がつき始める。

 琴海は中腰になる。道路脇の雑草が揺らぎ、生物の俊足に踏みつけられた砂利が潜めた声を鳴らす。あちこちで生物がいた痕跡が残るが、視線を振った時には生物の姿は消えている。

 生物はうまく機体スーツの背後を取り、回し蹴りを繰り出す。生物の蹴りは空を鳴らすだけ。機体スーツは飛び上がり、後方宙返りをし、ひねりを加えて着地した。


 空中に飛んだ機体スーツは速度を失う。生物はその隙を逃さない。生物は機体スーツに飛びかかる。

 機体スーツは生物の腕と首を掴み、乱暴に叩きつけた。背中を強打し、くぐもったうめき声が鳴る。

 その際、開いた口から唾液が飛んだ。ARヘルメットに唾液がかかる。

 すると、琴海の顔を覆うシールドモニターに異常検知Anomaly detectionの文字が表示された。

 琴海はとっさに下がる。皮膚がジンジンと痛む。実際に琴海の皮膚に異常があるわけじゃない。感覚器官とシンクロする機能が備わっているために、機体スーツが受けるダメージもシンクロしてしまう。


 今しがたARヘルメットにかかった唾液を指先で拭う。

 触れた指の腹にも痛み。

 見れば滑らかな白を持つ機体スーツの指の腹が剥げ、茶色く変色していた。

 シールドモニターにも影響が出ている。薄黒い膜がかかったようなモニターの一部がまったく見えない。視界は狭まり、スピードランなどの異常速度状態での処理機能も働くなっていた。


 そんな緊急事態だろうが、生物が攻撃の手を緩めることはない。生物は痛手を負いながら敵を撃ち滅ぼさんとする殊勝しゅしょうなる勢いのまま、琴海に襲いかかった。

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