karma19 傍観する月
藍川と琴海は依然世にも珍しい生物と対峙している。生物は歯ぎしりと鳴き声で威嚇しながら月に照らされる彼女らを睨んでいた。
「ずいぶん大きなおサルさんですね」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。あのブリーチャー種の唾液には気をつけて」
藍川は表情を引き締めたままベルトに取りつけていたショットガンを抜く。
「それでARヘルメットが故障したんですね」
「ただの唾液じゃない。触れただけで
生物は突然顔をうつむかせる。体をけいれんさせながら前かがみになった。
琴海は左腕を伸ばし、拳を握る。手首から細い銃口を出てくる。3つの細い銃口が並んだ。すると、銃口の中が青白く光り、青いレーザーが空中を駆けた。狙いは狂いなく生物に向かっていく。
生物は最小限の動きで避ける。ARヘルメットの認識補助機能が故障した琴海にも、生物の動きがしっかり見えていた。生物は体をのけ反る。口いっぱいに空気を含み、吐き出した。甲高い叫び声は空気を裂いて轟き、琴海と藍川に降りかかった。
琴海と藍川は思わずARヘルメットの音声受信部となる耳辺りを塞いだ。
2人の片手にはショットガンと大鎌があり、片耳しか塞ぐことができなかった。
もし、両耳を塞いでいたとしても効果はなかっただろう。なぜならただ怯ませるための絶叫ではないからである。
生物の絶叫が司令室に届いた瞬間、中央のモニターにノイズが走り、瞬間、映像が途切れてしまう。
司令室はどよめきが沸き立つ。
「藍川隊員、どうした?」
静川は通信を試みる。だが藍川から返事はない。
「藍川隊員、応答しろ!」
またしても応答はない。
「司令官! 藍川隊員の
オペレーターの女性の緊迫した声が飛ぶ。
「
静川はまた立ち上がり、勇ましく声を張り上げる。
「こちら司令室。藍川隊員と西松隊員の状況を把握できなくなった。
ざわざわといくつもの声が薄暗い空間に入り乱れる。切迫する状況はより濃くなっていく。静川はいてもたっても居られない様子で、モニターの前を何度も右往左往するのだった。
司令室との通信が途絶え、今や事の成り行きを知ることができるのは、目がくらむほどの満月だけとなった。
時間がたつごとに満月は輝きを増している。夜の深みへ向かっているからでもあるが、奇妙な光景に出くわしているからかもしれない。
人型の機械は決まって青い電撃を放っていた。しかしどれだけ待っても、2つの
この異変は小さき出来事かもしれないが、世界の行く末を左右する事態であるなら、この目に焼きつけたいという想いが超自然的力すら高めることもあるだろう。
満月が食い入るように見つめている2つの
CPUが簡易作動に自動シフトさせたことにより、今まで音声認識や信号により作動していたものが手動になる。例えば
焦燥と
それでも、2人は曲がりなりにも日本を代表する対ウォーリア部隊に所属している。若き才能の芽吹き。半年の経歴ながら2人の目を
この非常事態にもかかわらず、致命傷となる攻撃をくらっていなかった。ARヘルメットによる視覚処理を使わず、微細な環境の変化を感じ取る鋭く早い観察力をもって、生物の異常な速度からの攻撃を凌いでいる。
片や、生物は内蔵する新たな凶器を出していた。生物の持つ武器は銃のような露骨なものじゃない。指先を切り離し、敵に向けて飛ばす。飛翔する寸前、指先は急速に硬くなり、揮発性の高い体液を血液に混ぜる生得的機能を駆使し、爆発を起こして指を発射していた。
飛び出した指先は
琴海は生物の放つ弾丸を大鎌で防ぎ、藍川は
生物の姿をしっかり捉えられない2人は、ショベルカーやブルドーザーなどが並べられている敷地の中で立ち止まっている。様々な物が置かれている環境下であれば、身を隠すことは可能だが、動き回る生物を捉えられない以上、物を盾にする策は
手は1つ。生物の動きを止めること。捕縛し、深い痛手を負わせれば、この危機は脱せると踏んでいた。
建築資材や重機も巻き込まれていく。生物がライフル弾のように撃つ指は、頑丈な重機すらへこませ、穴を作る。ここもまた、意図せずして戦場として設けられた。
琴海も藍川もそれぞれ敷地内を移動しながら敵の動きを探り、打開の機を
琴海は振り向きざまに大鎌を振るう。生物はあざ笑うかのように消えた。
時々、生物は王者のような余裕の振る舞いをして煽ってくる。琴海は腹の底から灼熱の憤怒を溜め、今か今かとぎらつく大鎌が憎き生物の体を裂く時を待っていた。
そんな琴海をよそに、藍川は対抗できるまともな武器を持っていない現状から、生物の動きを止め、討てる術を考えながら戦っていた。
生物は藍川に迫る。琴海を含め、藍川は
今できることは微弱な電場を形成するぐらい。不可視の電子線を張り巡らせ、受け取った乱れを感じ取る。超感覚的な特性を感知し、藍川は横に手を伸ばす。がっしりと手ごたえのある感覚。藍川の手が生物の腕を掴んでいた。
生物はすかさず指の弾丸を撃つ。1射撃5発を同時に発砲できるが、一度撃てば組織が回復するまでに数秒を要する。
藍川はダメージを負う覚悟で生物の捕獲を狙った。そして、生物の後ろに回り込み、両腕を押さえる。生物の指は暗闇へ
ミシミシと生物の腕があらぬ方向に伸びる。押さえ込まれた生物は逃げようとするも、しっかり掴まれた腕が解かれることはない。無防備になった生物に向かうもう1体の
上半身と下半身が真っ二つになり、地面に伏す体。銀色の刃は緑の液体を被り、水滴を垂らしていた。
藍川はシールドモニターを開ける。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
琴海もシールドモニターを開け、藍川をまじまじと見つめる。
「どうかしました?」
藍川は琴海の様子に首をかしげる。
琴海は微笑する。
「ううん、なんでもない。帰ろ」
琴海はまるで学校から帰るかのように言った。
「はい」
戦いに終止符を打ち、安息の地へ歩み始めた。
その時、琴海は背後にわずかな不穏を感じる。唐突な破壊音。琴海の視界から藍川が消えた。突然の衝撃と破片の飛散。琴海が藍川を突き飛ばした正体を確かめる暇もなく、琴海も吹っ飛ばされた。
琴海は廃材の溜まり場に突っ込んでしまう。廃材を入れていた鉄箱が倒れ、中に入っていた廃材が地面に散乱した。
琴海は上体を起こし、吹き飛ばした者を見る。2つの足で立つ生物。確かに真っ二つになったはずの生物が、五体満足で立っていた。生物はジロリとその濁った金の瞳で琴海を捉える。
琴海は背中にしまった大鎌を再び取り出す。
地面には片割れの下半身。生物は体すら再生できるらしい。
シールドモニターを閉め、闘志を再燃させる。
琴海の足下に欠片がパラパラと落ちる。
生物は再生した手で拳を作る。サル顔の口から牙が見えるほど噛みしめ、横に止めてあるトラックを軽く振るった。殴られたコンテナは一部がへこんでゆがんでしまう。
琴海はブーストランを失った
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