karma11 生死の間に立たされる者

 特殊機動隊の班長、甲賀原は骨身に沁みる痛みを感じながら体を起こす。瓦礫が折り重なるように1階の階段横のスペースに積もっている。埃っぽい臭いが鼻をついた。


「班長! 大丈夫ですか!?」


 上から降り注ぐ声。見上げると、今しがた上ろうとしていた階段の上の床から見下ろす隊員の姿があった。


「ああ、私は心配ない!」


 甲賀原は無事を伝える。階段がなくなってしまってどう上るかと思考しようとしたが、甲賀原は眉間に皺を刻んで辺りを見回す。予想通りの酷い有様が目に入った。

 階段の瓦礫が床を覆い尽くし、瓦礫の山の中から手袋をはめた手が出て、力なく横たわっていた。体の上に乗った瓦礫をどけてやる。隊員のヘルメットの後頭部にはヒビが入っていた。


「大丈夫か! おい!」


 甲賀原は隊員の体を揺らすが、応答がない。

「痛い」と言う女性の声やうめき声が聞こえる。瓦礫に被さっていた他の隊員が起き上がってくる。だが、残念なことにどうにもならないと思われる人もいるようだ。

 淡いブルーのシャツの男は目を閉じて横たわっている。頭から流す血がしっかりと瓦礫についていた。


蜜葉みつは! 蜜葉!」


 悲哀の叫び声はかたわらに投げかけられていた。顔が長い黒髪に隠れて表情は確認できなかったが、彼女もまた息を引き取ってしまったとうかがえる。


 甲賀原は最悪の状況に陥ったと考え、ヘルメットの内側に指を入れる。右手の指は、右縁みぎふち辺りを彷徨う。質感の違う部分を探り当て、ボタンを押した。


 甲賀原から見るアイシールドに、救援要請を発したことを伝える【HELP】の文字が出現する。この信号は、特殊機動隊が所属する県警察と東防衛軍の司令室に伝えられる。非常に危険な状態を発信することで、まず一番に応援が駆けつけてくれる。

 救援要請をしたのは、何もここに緊急性の高い重傷者、あるいは死亡者がいるからだけではない。階段が崩落した原因は何か。無理やり切ったと思える断片を見れば、おのずと答えに辿りついてしまう。


 甲賀原は右に左にと忙しなく視線を散らす。


「総員、民間人を連れてここを脱出しろ!」


 生き残った2人の隊員は戸惑いを浮かべる。


「ですが、まともに動けない民間人もおります! 今負傷者を動かすのは……」


「動ける者だけでも逃げさせろ! そこの非常口から出られる!」


 甲賀原はそちらに顔を向けることなく、階段下の突き当たりにある扉を指した。


「他の者たちは見捨てろと……」


「そうしなきゃみんな死ぬ」


 隊員たちのやり取りを聞き、民間人の男の表情が失望と屈辱を混濁したように生気のないものに変わった。栗色の髪をした男と長身のやせ型の男性は、体の節々から来る痛みでめまいを催す。希望を打ち砕かれた気分だった。

 そばで口を半開きにして倒れる友人、何度声をかけても一度も声を出せない友人。今すぐ救命措置を行えば、助かるかもしれないのに、彼らは見捨てるとはっきり口にしたのだ。


 甲賀原は険しい顔つきで見えない敵を探そうとする。ちゃんと灯っている電灯は廊下と階段の一部だけ。階段の崩壊により小さな破片が落下の音を立てる。


 背後に視線を投げた瞬間、甲賀原の眼前に触手が飛び込んできた。甲賀原は反射的に撃った。近くで対象物と光弾が当たった衝撃に伴い、甲賀原はバランスを崩して尻餅をついた。

 触手を貫通し、流れた弾丸が壁に貼りついていたミミクリーズに被弾する。ミミクリーズは柔らかい体を激しく揺さぶり、体から出していた4本の触手を乱舞させる。


「逃げろ!!」


 考える暇もない状況に立たされ、生き残った2人の隊員はどちらが声をかけるわけでもなく、避難者を誘導する係とドアをこじ開ける係に回る。

 優しくさとしつつ、この場から逃げるよう言われた民間人の男2人は、変わり果てた2人の友人に目をやる。唇をゆがめ、軋む心の音を無視するかのように、隊員が開けた扉へ向かった。


「君も早く!」


 動かなくなった女性のそばで泣き崩れていた女性にも避難を催促する。


「嫌っ! 蜜葉を助けて!」


 女性は金切り声を上げて拒否した。


「このままじゃ君も死ぬんだぞ!!」


「そんなことどうでもいい!!」


 女性は両目から零れ落ちる涙の跡を見せて、隊員の言葉に被せる。


「なんで、殺されなきゃいけないのよ……」


 隊員は言葉を失い、敵意を宿す瞳に見つめられて固まってしまう。


「あんたたちが守ってくれるんじゃなかったの!!? ちゃんと守ってよ!!」


 肌を突く容赦ない言葉。何度も吐かれた。無力感に塩を押しつけてくるみたいだった。


 人の死を見送ってきた。数えられないほど、数える気にもなれないほど。この部隊に入ったからには、覚悟するべきことだと知っていた。そして、何度も罵声を浴びせられた。

 浴びせられても自分たちにやれることの限界は変わらない。むなしく、死が足下に転がっていく。それでも、多くの人を救いたい。そう志を胸にして、仲間と共に何度だって立ち上がった。死んでいった仲間のために、約束した。


布藤ふどう! 早くいけ!!」


 甲賀原は飛び回るミミクリーズに乱射していく。ミミクリーズは緑色の血を流しながら逃げていくも、攻撃を仕掛ける素振りを見せていた。


 布藤と呼ばれた隊員は女性の腕を取る。


「嫌っ!! 離して!!」


 布藤は立たせようとするが、女性は布藤の手を振りほどこうと抵抗する。隊員は、銃撃音とミミクリーズとの戦闘による瘴気しょうきが破裂する音にも負けない声を張り上げた。


「あなたのお気持ちは分かります!! ですが、生きていたかった人たちの想いは、どこへ向かえばいいのですか!」


 女性は身じろぎを止め、フルフェイスのアイシールドの奥に纏う覚悟の瞳を捉えた。


「あなたのおっしゃる通り、私たちは力のない兵同然です。だとしても、目の前で助けられるかもしれない人を、黙って見過ごすわけにはいかないんです。分かち合った時間を、てないでください」


 ミミクリーズが甲賀原の近くある壁に貼りつき、触手を飛ばす。先が鎌のように変形した触手は説得を試みる隊員と女性に向かった。


「布藤!」


 隊員は素早く反応し、女性を後ろに突き飛ばして銃を撃つ。黒い弾丸が触手の勢いを殺し、裁断した。こけた女性は尻餅をつき、前に庇い立つ隊員を呆然と見つめる。


「あなたの存在が、誰かを救うことだってある。少しだけでいい。あなたを待つ人々の願いに、応えてはくれませんか」


 女性の顔が悲しみにゆがんだ。顔を伏せ、声を詰まらせる。

 見ていられなくなった女性の友人である男性たちが腕を取って立たせる。1人の隊員の先導の下、一歩一歩、男性たちは進んでいく。


 布藤は甲賀原へ視線を投げる。触手の動きが鈍くなっていたミミクリーズは逃げていった。

 甲賀原は安堵の色を浮かべ、膝をついてしまう。甲賀原の対ブリーチャー用の防護ジャケットは、優れた耐久性を誇るが、切れ味鋭いミミクリーズの刃では歯が立たないらしい。裂けた防護ジャケットから血が滲んでいた。


「班長、大丈夫ですか!?」


 布藤は甲賀原に駆け寄る。


「問題ない。早くここを立ち去ろう」


 布藤の手を借りて立ち上がる。


「本部に位置情報を知らせてある。もうすぐ応援が来るはずだ。それまで耐えればいい」


「はい」


 布藤は甲賀原に肩を貸そうとした。


「大丈夫だ。1人で歩ける」


 そう言いながら扉に向かうが、その足取りは重い。心配しながらも、布藤は甲賀原の後についていく。

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