karma6 サービス精神

 小雨がパラパラと降ったり、やんだりを繰り返す。秋の空は変わりやすい。幾度となく様々な形容でもって継承される言い伝えは、人々が干渉しえないこの世界を翻訳しているようだ。


 その世界を維持させる役割を担う生命は、深層からみなぎる生存本能によって進化を遂げることがある。

 超自然的存在が生命に与えた、複合的機能により自立的に進化したか、超自然的存在が起こした神秘的な現象により、生命の機能が改変されたか、またはそれ以外か。何はともあれ、ウォーリアという生命体は、超自然的存在が創り出したこの世界の歯車を担っている。


 バチバチと不吉な音を立てて走るウォーリアは、完全武装をして今日も見回りをこなしていた。なめらかな質感を持つ機械の手がヘルメットの聴覚部に触れる。


「こちら西松。福井CEセンターイーストエリア異常ありません」


 まだ若さが滲む声色が単調に報告する。


「了解」


 竹中隊長の声はすぐに途切れる。

 琴海はもう一度どこにもそれらしき対象がいないことを確かめ、次の場所へ向かい出した。


 帰宅ラッシュの時間帯にぶつかっており交通量が多い。こういう場合、隊員規則でブーストランを控えることになっている。そうなると、街中で人型の機械が動き回るという光景ができあがり、通行人の目を奪ってしまう。一種のコスプレ。そう見えなくもない。


 そんな物珍しい人がいて、かつ本物を見ることになれば、一般市民の中には興奮を覚える者もいる。

 中学生がおどけるように敬礼したり、信号待ちをしている車の中から小学生が手を振ってきたり、好奇心冷めやらぬ大人が写真を要求してきたりと、レジャー施設のイメージキャラクターやゆるキャラに出会ったような感覚で寄ってくる。


 サービス精神旺盛な隊員は一般市民の要求に応えることもあるが、仕事中であるという大看板を掲げて断ることも可能だ。後者を選ぶ隊員は、無視することも少なくない。

 業務上問題はないのだが、興奮を覚えた者たちの中にはその対応に不満を抱く者もおり、クレームの電話やメールが寄せられることもある。管轄している防衛省、管轄外の警察署にも送られてきて、クレーム対応に追われることもしばしばあった。


 マスコットキャラクターがお客にサービスするというものではないことを啓発してはいるが、要求は減らない。

 啓発も、「隊員は任務に集中しておりますので国民のみなさまの様々な要望にお応えできない場合がございます。みなさんの安全を守ることを熱心に取り組んでいる故、不躾な応対(無視など)をしてしまうこともあるかと思いますが、何卒ご理解のほどよろしくおねがいいたします」というものであり、要求するなということをうたっているわけではない。

 琴海も例外なく愛嬌を振る舞うことを要求されてしまう。市街地となればその回数は格段に増えてしまうわけで、できれば早くこの場を去りたいと思っていた。


 その時、琴海のシールドモニターに『CCC ▷▷▷』という表示が右上隅に表示された。


「こちら司令室! 北海道士別市に複数のブリ―チャー属確認! 攻電即撃部隊ever7は現場に急行願います!」


「士別市!? あそこは陸地だろ! なんでブリーチャーがいるんだ! まさか、初動防戦部隊の検問も海上警備隊と空軍の戦闘機のレーダーもくぐり抜けたってのか!?」


 攻電即撃部隊ever7の牛和田一音うしわだかずねの男勝りな声が怒気を含んで問いかける。


「分かりません」


「とにかく、すぐに北海道へ向かってくれ」


 若々しい司令官の静川蒼梧しずかわそうごの声は、冷静にそう促した。攻電即撃部隊ever7の隊員は続々とブーストランを解除し、公道を走り出した。


「集合場所は?」


 攻電即撃部隊ever7の増山湊ますやまみなとが早急に話を進める。


「滝駐屯地に流星ジェットを送る」


「耐えられそうか?」


 今回のブリーチャー急襲で指揮を執る司令官の静川は、竹中隊長からの問いに苦々しい顔をする。


「初動防戦部隊と特殊機動隊に耐えてもらうしかないが……」


 静川は司令室のモニターに映る地図を見つめる。


「嫌な予感がする」


 攻電即撃部隊ever7の隊員、その中でも任務について中堅・ベテランにあたる者は、伝えられた状況だけでも静川が言おうとしていることを察していた。

 ブリーチャーの陸地への侵入経路は海から直接上陸、あるいは海から川伝いに陸内へ、という方法を取ることが分かっている。だからこそ、侵入経路を重要地点として警戒にあたっていたわけだが、厳重警戒の目を掻い潜って陸地のど真ん中に現れるといった前例は少なかった。


 そこから推測できることは、なんらかの方法で熱感応レーダーや魚海監視ロボットの網を抜けて、密かに陸地へ侵入し襲撃の時をうかがっていた。

 そんなことがあるのだとしたら、全国各地の人の目に届かないところを徹底的に調べる必要が出てくる。だが、毎日のように様々なテクノロジーによる監視とウォーリアの見回りを逃れてきたなんてことが果たして可能だろうか? もし可能だとしたら、人類が知らない『彼ら』の能力があるのかもしれないと、戦々恐々としてしまう。


「君たちは滝駐屯地へ向かってくれ。緊急出動を攻電即撃部隊ever8にも出した。先に彼らが対応にあたることになるだろう。君たちも加勢を頼む」


「了解」


 竹中隊長は淡々と承服し、石川県滝町にある滝駐屯地へ急行する。

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