karma5 柳蒼雷飽

 氷見野の帯電調整が終わり、これで攻電即撃部隊ever4の帯電調整は終了となるはずだった。


 氷見野が出てきて早々、待ち構えていたようにドア横で待機していた生島が、「いい頃合いね」と呟いて、手を差し出す。


「ヘッドホン貸して」


 戸惑ったのは氷見野だけではないのは無論である。そして、一番驚いて困惑していたのは検査する研究員であった。


「え、あの、やるんですか?」


 男の研究員はためらいがちに確認する。


「測らなくてもいいわ。彼女に柳蒼雷飽ディフィールドエレプションのやり方を教えたいだけだから」


「でぃふぃーる?」


 生島は呆然とする研究員をほうって、氷見野に顔を向け直す。


「私が手本を見せる。これを覚えれば、必ず役に立つ時がくるわ」


 そう言うと、生島は防護性実験室に入ってしまった。氷見野はどうすればいいのか分からず困惑を浮かべ、視線をおろおろさせる。


「そこで見るだけでいいよ」


 いずなが氷見野の心境を察して助言する。


「これから私、何をするの?」


「いわゆる特別訓練ってヤツだろうね」


 藤林隊長は面白そうな展開になってきたと言わんばかりに口角を上げる。


「隊長、気合い入ってたなぁ」


 古澤もゲラゲラと笑って楽しげに話す。なんだかおかしなことになってきたけど、生島隊長が直々に教えてくれるというのだから無下にするわけにもいかず。とりあえず窓の前に立って防護性実験室の中を見ることにした。

 生島は防護性実験室の中央へ歩み寄る。黒々とした艶のある棘が壁や床、天井に生える部屋。部屋を自由に移動できる通路は、壁際の四辺と扉から真っすぐ中央へ伸びる通りのみである。


 生島は直径2メートルほどの円形スペースで立ち止まる。ヘッドホンをし、ゆっくりと深呼吸をし出す。息を吸って吐かれる行為が、長い時間をかけて一動作行われた。すると、無数の青い光の筋が忽然と空間に現れた。


 青い電線が無造作に宙をはしっていく。時には青い光の筋同士が交差し、いびつな音を奏でる。その激しさと狂気的な電流の振る舞いは、他の隊長格と同等にすさまじかった。

 生島が言う教えたいことが何なのか分からない。他の人が放電している時とまったく変わらない、宙を飛び交う電気。生島の脚や肩、背中と、様々な箇所から電気の筋が飛び出している。


 氷見野の頭に疑念が湧き始めようとした時だった。生島からあふれる青い電気の線が違う動きを見せる。

 何百分の一というスピードで点滅を繰り返しながら、空間に散らばっていた電気の筋が生島の周りに集まっていく。不規則な動きで空間をはしり回っていた電気が、何かに導かれるように空間の中で形を成そうとしている。

 更に、生島からとめどなくあふれ出す稲妻も流れの向きを変えて、形を成そうとしている電気の筋の集合体に組み込まれていく。


 コントロールルームにいた氷見野たちは感嘆する。空気中を流れる電気の筋が生島を中心にしてグルグルと回っていた。また電気の筋は太く、旋回している様がよく分かる。


 突如として規則的な動きを見せる電気の流れ。青い筋は天井でぶつかって消えてしまう。どうやら電流は旋回しながら昇っているようだ。


「どうやったらこんな動きが……」


 東郷は今見ている電気の流れに唖然とする。


「底が知れねえ電力量と異常な鋭敏性を持つ女王じゃなきゃできねえ芸当さ」


 羽地は薄く笑みを浮かべ、初めて見たであろう攻電即撃部隊ever4の隊員たちへ誇らしげに説明する。


 天井でぶつかり消えてしまっていた電気の流れが変わっていく。生島から発せられる電気エネルギーは下から供給されて上部へ。天井にぶつかる現象が見えなくなっていた。天井近くで上昇をやめ、筋は円を描いて回る。天井付近の筋の部分だけが異様に太く、そして今もみるみる大きくなっている。


 電気の渦は生島との距離を保ちながらずっと旋回していく。大きな円を描く渦の上部へ達していけば、応じて渦を形成する下部の筋も太くなっていた。

 電気の流れ方も始めより速く回っている。生島は少し顔を上げ、体の横につく両手に力を入れた。

 次の瞬間、天井付近で肥大化した筋から、四方八方へ電撃が飛び出した。


 電撃は地面を穿うがつように落ちる。辺りの地面に生える鋭利な先端を持つ棘は、電気の影響を受けない吸音材が使用されており、長期間交換不要な代物だ。実際、ぶつかっても破壊されることはなかった。

 しかし、その衝撃が部屋の中を伝って、窓を揺らした。震える激しさは氷見野の放電を見た時に感じた恐怖を沸き立たせる。

 渦の最上部から発する電撃は、1つ1つが別の動きを見せている。一見、荒々しい振る舞いに見えるが、他の隊員が見せる電撃とは異なっていると、コントロールルームにいた人々は気づいていた。


 一般的な隊員の放電は、宙に現れてから衝突までの時間が1秒もない。そして、屈折角度もそこまでなく一方向へ飛んで消失するものが多い。


 宙へ飛び出す電撃は細かい動きで宙を飛び回った。長い時間、空間に顕現けんげんし、直角に曲がったり、蛇のようにジグザグに飛び回ったりと、多彩な動きを見せる。まるで、1つ1つの電撃が意思を持っているみたいに……。



 攻電即撃部隊ever4の隊員はコントロールルームから出て、地下8階の廊下を歩いていた。


 氷見野は緊張感から解放されて、低いため息を吐く。


「まあそう落ち込むことないよ」


 藤林隊長はお気楽に励ます。


「生島さんの指導、厳しかったですもんねぇ」


 四海は気持ちが分かるという風に入ってくる。


「はい、色々言われ過ぎて、結局ほとんど覚えてないです」


 氷見野は苦笑いを浮かべて言う。


「俺も、あいつの言ってることの半分は分からなかったな」


 東郷は渋い表情で呟く。


「僕は全然分からなかったですよ」


「それはそれでヤバいと思うぞ」


 東郷は隣に並んで歩く四海に細めた目を向ける。


「瑛人はもう一度候補生からやり直した方がいいと思う」


「ええー、ひどいよいずなぁ」


 普段なら氷見野たち独身組はスーパーに向かうはずだったが、特に買うものがないため、氷見野といずなはエレベーターを降りて丹羽と四海と別れた。

 真っすぐ家に帰る4人は、ウォーリア生活棟にある自身の部屋にそれぞれ足を運ぶ。藤林隊長と東郷と軽く言葉を交わして、氷見野といずなは廊下を歩いていく。


「珍しいですね。島崎さんが買い物に行かないなんて」


 いずなは前を見据えたまま小さく口を開く。


「今日は冷蔵庫にあり合わせのものがあるから」


「そうなんだ」


「優はもっと強くなれる」


「え?」


 突然いずなが口をついた言葉に思考が追いつかない。


咲耶さやが特訓してくれたおかげで、私は攻電即撃部隊everでいられてる」


「島崎さんも、生島さんに特訓されてたんだ」


 いずなは首肯する。


「新人の頃、咲耶が徹底して私を鍛えてくれた」


 だが、そこで氷見野の頭に疑問が浮かんだ。


「だけど、生島さんは防雷撃装甲部隊overよね? 今日みたいに何か用がある時に東防衛軍基地に来てたの?」


「今の攻電即撃部隊ever4のメンバーが構成される前は、咲耶が率いる防雷撃装甲部隊over7が攻電即撃部隊ever4だったから」

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