karma7 縁の下の力持ち

 北海道は秋晴れの陽気に包まれている。乾燥気味の空気の中、照りつける日差し。平屋の住宅を取り囲むように大きな建物が建ち並ぶこの街は、養殖産業やバイオテクノロジーに力を入れており、地域経済を回復させた奇跡の街として全国区で知られていた。

 だが、その栄えた街も人の気配がない。閑散とした大きな道路。街路樹が寂しげに佇んでいる。誰もいない道で信号も赤と黄色と青を繰り返し点灯させているだけ。ただ一部ではお祭り騒ぎの銃声と衝撃音が聞こえている。


 また大きな音が響いた。


 住宅街の一角。銃弾が道を駆け抜け、外壁や植木を傷つけていく。

 銃弾に当たった植木は断片を焦がす。赤黒い肌質の生物は触手を振り乱し、本体の直撃を免れる。


 ブリーチャーたちも攻撃されるばかりではない。ブリーチャーの触手が届かない距離を取る初動防戦部隊に対し、止めてある車や自転車などを投げていた。しかし、住宅の壁やブロック塀を盾にしているため、初動防戦部隊の攻撃を牽制けんせいする程度にしかならない。双方一歩も譲らず膠着こうちゃく状態が続いていた。


 すると、空から突然銃撃が始まり、集まっていた3体のブリーチャーに浴びせられる。ブリーチャーは警戒していなかった方向からの攻撃により、本体への攻撃を許してしまう。触手を出すために開いた背中に着弾し、うめき声を上げた。


 ブリーチャーの後方からやってきて、真上を通過する飛行隊。戦闘機の形をしてはいるものの、大きさはそれとは異なる。言うならば無人小型戦闘機。全長2.16メートル、全幅1.44メートルの7つの機体が、青い空をけていく。

 灰色の機体は同じ方向に旋回する。地に伏す標的を捉え、鋭角を極めた弾丸の先端は、真っすぐブリーチャーたちに向かう。


 対ブリーチャー用に改良された弾丸は推進力を超強力にできる。異常な回転数と強力なインパクトによる発射、計算された弾丸構造により超加速した弾丸は、弾力性を兼ね備えた厚い皮膚を貫く。

 ブリーチャーは触手を空へ飛ばそうとするが、無人小型戦闘機には届かない。ブリーチャーたちは狼狽うろたえる。その隙に初動防戦部隊も連射を始める。ブリーチャーたちは逃げる以外に選択肢はなかった。ブリーチャーはそれぞれ体の向きを変え、散らばっていった。



 また別の場所でも轟音が響いていた。場所は大きな工場の敷地内。正面入り口の塀には、『ケミカルファーミングファクトリー』との施設名が刻印された看板が掛けられている。


 施設は塀にぐるりと囲まれていた。施設の敷地内は大荒れの様相を呈している。敷地内に入っていたミミクリーズは、遺伝子模倣ゲノムトレースの能力により、ライオンのメスの姿と能力を手に入れていた。しかし、見た目はライオンのメスとはまったく異なる姿。美しい毛並みはなく、ぬめり気のあるピンク色の肌が露わになっている。

 ライオン化したミミクリーズは敷地内を駆け抜けていく。特殊機動隊の銃撃をかわすほどの俊敏性と脚力で、木の陰に隠れる隊員に襲いかかろうとする。


 狙われた隊員は目視で100メートルほどに迫ったことを認識し、退避に切り替えた。背中を見せ全力で走っていく。

 特殊機動隊は対ブリーチャーに特化した部隊である。ブリーチャー系統の特性や能力について知識を持ち、訓練を受けたエキスパート。ミミクリーズの厄介さもしっかり理解しており、殲滅するにあたって、あらかじめミミクリーズが変異した生物について把握し、戦闘を開始していた。


 ライオンであるならば、すばしっこさと移動スピードに警戒しなければならない。だが、ライオンの能力を模倣するだけではない。世界中から集まるブリーチャーたちの情報から、ミミクリーズは模倣した生物の能力を遥かに上回る能力を出すことができるとの報告を受けている。その危険性を踏まえ、入念な対策を取っていた。


 通常戦闘の場合、隊員たちはまとまって動くか、2、3人ほどに分かれて敵を襲撃する。しかし、今回の場合は単独で動き、襲撃に当たる人数を減らしての行動を取った。塀に囲われた敷地内であり、かつ各方位に広い場所において、スピードに分がある敵と相対することは死人を出しかねないとの判断がなされた。


 遠方からの射撃を確保し、敵の目を散らすために各方位に隊員をばらけさせた。更に、狙われた際には敵とのチェイスを想定し、狙われた隊員がやみくもに逃げた結果、仲間のいる方向へ向かう場合、攻撃の手数が減ってしまう。そうならないよう計算して配置し、時間稼ぎをできる手筈を整えていたのだ。

 この作戦はベストではないが、ウォーリアではない人間ができる最大限の応戦であった。


 狙われた隊員は、できるだけ他の隊員がいない場所へ逃げようとする。隊員は逃げると判断した動きに合わせて、腰に装着していた近接爆弾を取り、後ろへ落とした。

 人間の背中を捉えていたミミクリーズはかなりのスピードを出していた。どれほどの身体能力を持とうが、飛びかかろうと準備に入っていた場面で、人間の頭が向かないまま、黒い手袋をはめた手からポトリと落とされた近接爆弾に反応するのは難しかった。


 ミミクリーズの足下に近接爆弾が転がった瞬間、けたたましい爆音が弾けた。ライオン化したミミクリーズの体が吹き飛ぶ。足が胴体からちぎれ、腹は裂けて宙で散り散りになる。


 バラバラになったミミクリーズは生命活動を停止し、焦げたアスファルトで動かなくなった。


 逃げていた隊員は膝をつき、大きく息をしている。

 他の隊員たちはミミクリーズの死体に近づき、本当に死んでいるかを目視した。ゴツい形状の銃口が死体を囲む。1人の隊員が無線をつなぐ。


「こちら特機とっき第3師団。確認されたミミクリーズ1体の死亡を確認。引き続き周辺の警戒にあたる」

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