karma13 回顧する感情と使命を飲み干して死に抗う

 夢かうつつか。キスが見ているこの映像は、神から与えられた使命である。

 暗い空間にタイトなスーツを着る者たちが何百、何千人とおり、それぞれスポットライトに照らされている。アジア系、アフリカ系、欧米、南米、ロシア系。ありとあらゆる人種が勢ぞろいしていた。一様に目を瞑り、じっとして同じ方向を向いている。

 すると、濁った音があちこちで鳴り出す。1人、2人と体から閃光を放つ。とても小さな光を瞬間的に発し、青い筋を体から放出していく。


 突然映像が途切れ、別の映像に切り替わる。


 ビル群が重なり、背比べをしている街は、現代的で安心できる日本の風景だった。しかし、突然けたたましい爆発音が響き渡る。悲鳴が交差し、人々が逃げ惑う。

 道路上の車は車体をへこませ、窓ガラスが砕けている。頭から血を流す人は、複数の警察官の肩を借りて逃げようとする。群衆は1つの方向へ逃げ、歩道も道路のすみ分けなどなくなっていた。

 道路上を好き勝手走り回るのは人間だけではない。人里離れた森にいる動物という珍事件ではなく、もっとおどろおどろしい光景である。大きな体をしたトカゲのような生き物が、背中から長い触手を出して、人々を襲っているのだ。

 捕まった人は泣き喚きながら食われていく。走れない老人たちはなす術もなくグロテスクな生物に捕まって身ぐるみを剥がされ、むしゃむしゃと骨の髄まで食べ尽くされていた。


 凄惨な光景が突如として消え去り、切り替わった映像。背景はまた同じ街だった。ただ、はっきりとした違う点を言うなら、人間を食らう生物の他に、人型の機械が街を駆け回り、生物と闘っていることだ。

 すさまじいスピードで移動し、青い光を出して生物と闘う人型の機械たちは、逃げ遅れた人々を見つければ、救護へ向かい、生物たちから守っている。


 激しい轟音を響かせる異様な戦闘風景は突然終わりを告げ、またあの暗闇に戻る。


 同じように青い筋状の光を出して、目を瞑っている。光るたびに電気が通電する音を鳴らしていく。みるみる暗闇は晴れていき、スポットライトの光が必要のないくらいに輝きを増してきた。


 その時、激しい光を放ちながら上から女性が降りてくる。同じ方向を向いて目を瞑る者たちの前に現れた女性は、他の者たちよりも美しい輝きを放っている。

 同じ方向を向いていた者たちは突然目を開け、宙に立つ女性を見上げた。女性は澄んだ瞳を開眼し、光を放つ者たちに視線を送る。キャラメルブラウンの髪の女性は、ゆっくり右手を真っすぐ伸ばし、拳を掲げた。

 女性の仕草にならい、電気の筋を放つ者たちは次々と拳を上げていく。

 映像が彼らから離れていき、眩しい光に覆われてしまった。


 光は白くなり、キスの周りにある物の形状や色を認識できるくらいの光量となった。

 白い天井、網棚につり革、駅路線図。なぜ自分は電車に乗って、仰向けになっているのだろうかと、じんわりと疑問を抱く。自分が背にしている平面の硬さは、ベッドではないと感じる。今すぐにでも起き上がりたいが、全身に降りかかる重さのせいで首を動かすことすらままならない。


 スリスリと何かを擦る音がかすかに聞こえてくる。

 意識が戻って数分がたち、感覚が冴えてくると、胸痛が襲ってきてくぐもった声を上げた。

 キャスター付きの丸椅子がカラカラと音を立てる。黒と白のチェック柄のシャツの男が横からキスの顔を覗き込んだ。

 ぼんやりとした目で男を見つめる。


「まさかとは思ったが、本当に目が覚めるとはな」


 驚きを言葉にするが、男の表情は淡白なものだった。

 短い白髪頭。口髭くちひげも白くなっており、先ほどの男たちよりも清潔感のある雰囲気が感じられる。


「……あなたは?」


「ヤブ医者だ」


「お医者様、でありますか」


 白髭の男は顔をしかめる。


「ヤブ医者と言っとろうが。医者などという立派なもんじゃない」


 男は心底嫌そうに零す。そして、さっきまでやっていたメスの手入れを再開させる。


「私は、生きているのですか」


 今にも消え入りそうな声でそう投げかける。


「ここが天国に見えるか?」


「どこのどなたかは存じませんが、ありがとう、ございます」


 キスは安堵した様子でお礼を言う。男はメスの手入れと止め、神妙な面持ちになる。キスに顔を向け、重々しい声色で話した。


「誤解のないように言っておくが、お前はまだ助かってないぞ」


「どういうことですか……?」


 キスは困惑を纏う声で問いかける。


「多量の出血、2発の弾丸が心臓付近の血管を損傷させていた。緊急手術をして弾丸は取り除けたが、多臓器不全を起こしかかってる。聞いた話だと、1人の女を抱えて歩いてきたようだな。そんな状態で力仕事なんざ普通の人間にはできないから、もしかしたら意識は取り戻すんじゃねぇかと思ったけど、本当にそうなったよ。お前、何もんなんだ?」


「私は、アヌセント教会の司祭です」


「ただの司祭ってか。まあいい。とりあえず、お前さんは助からない。最期の時間を楽しみな」


 男は冷めた態度でそう突き放した。


「私は、死ぬんですか?」


「ああ、死ぬね」


 男はメスの刃に包帯を巻き、腰に付けた太い革のベルトのシザーケースに入れる。

 キスは終焉の告知にざわめく心を鎮めようとするも、よぎった顔がまたざわめきをもたらした。


「エミリオは!? 彼女は……どうなったんですか?」


「背負ってきた女の方か。あっちは大丈夫だ。止血が早かったみたいだし、命には問題ない。意識は失ってるままだがな」


「止血?」


「お前がしたんだろ?」


 男は怪訝けげんに投げかける。


「いえ、私は何も」


「そうか。じゃあ自分で止血したんだな。何があったかは知らんが、お前ら普通の教会の者じゃないな」


「今は、そうですね」


 キスは痛む胸を押さえる。上半身裸の胸には、血の滲んだ包帯が巻かれていた。


「でも、よかった」


 キスはそう言うが、表情は晴れない。キスは神に託された使命を持ったままであった。

 自分が死ねば、空中分解して光は潰えるだろう。使命を継承できるかどうか確証もない。見た預言の通りにしなければ、預言に関わる者の運命に好転はないと知っている。未来に光をもたらすのならば、キスは生きなければならない。


「私は、何があっても生きなければなりません」


「は?」


「救急車を呼んでください」


 男は厳しい顔つきをして視線を逸らす。


「無理だ」


「なぜですか?」


「ヤブ医者だと言ったろ。俺は医師免許を持ってない。お前を格式ばった城に運ばせたら、俺が医療行為をしたことがバレちまうだろ」


 キスは男の言っていることが分からず黙ってしまう。男はめんどくさそうに唇をゆがめる。


「お前を医者に行かせたら、俺はお縄を頂戴されるんだ」


「あなたは、人を助けたではありませんか。刑務所に入らされるなんてことが……」


「あるんだよ。素人には分からんだろうがな」


 キスは混迷する考えに揺れるも、すぐに固い決意に戻る。心を痛ませながら口にした。


「だとしても、私には与えられた使命があります」


「仮に、救急車で運ばれたとしても、お前は助からんよ。あまりに無茶した体は、もう死んでいてもおかしくない。スーパードクターがお前を最大限回復させたしても、死ぬまで寝たきりで過ごすのが関の山だ」


「寝たきり……」


「ああ、下の世話や食事も人の手を借りなきゃできなくなる。それでもいいなら、救急車でも警察でも呼んでやるさ」


 男はやけくそ気味に席を立ち、車両の窓を背にした座席に座り直す。キスを正面に顔を向け、足を組む。


「それでは使命を果たせない。五体満足でなければ、私は戦えない」


 男は鼻でわらう。


「なら、神様にでも願うんだな。そしたら、あっという間にピンピンできるだろうよ」


「神は、人の願いのすべてを聞き入れるわけでは、ありません。ことわりを捻じ曲げることは、してはならないのです」


 キスは息苦しさのあまり、喉を詰まらせたみたいに話す。


「説教はいい。瀕死の教祖様のごたくなんざ聞きたくないんだ。ここによく来ていたじいさんの話を充分聞いてるんでな」


「……ミアラ様」


 キスは静かに涙を流し始める。男はキスの涙する姿に一瞬驚きを見せるが、言いかけた口をすぐに閉じる。


 溢れ出す涙は頬を伝う。無念極まる死に方をしたミアラ様を思うと、胸の傷よりもボロボロになった心の痛みがうずいて仕方がなかった。ミアラ様がくださった数々のお言葉に救われ、道を歩むことができたのに、何もしてあげられなかった自分が悔しくて、涙はとめどなく流れていく。

 今のキスにできることは、託されたものを最期の時まで諦めないことだ。悲しみに浸っている心は晴れないが、キスは心身を叱咤しったし、奮い立たせようとする。キスは震えを持った声でう。


「お願いです。私を生かしてくださいませんか?」

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