karma6 信頼を寄せる仲間の正体
「これは……」
キスは目を疑う。一瞬隠し金庫かと思ったが、ダイヤルがあるわけでもなければ、数字のボタンがあるわけでもない。レバーがついた扉があるだけだ。
エミリオはレバーを下ろす。ガチッと小さな音が鳴る。重厚な扉が開くと、中は真っ暗だった。ずっと先まで通路が続いているようだ。
「ミアラ主殿が修道士たちに内緒で作っていた隠し通路です」
「隠し通路?」
キスは眉間に皺を寄せる。何のために、ミアラ主殿はこんなものを作ったのか。悪い予感しかしなかった。
「ミアラ主殿は、修道士たちの中に、身よりのない無縁仏になる者たちがいることに、深く心を痛めておられました。その者たちの中には、この神聖なる教会敷地内に魂を収めたいと申す者もいたのです。ミアラ主殿は彼らの願いを聞き入れ、安らかに眠れる場所を造りたいと思ったようです」
「なぜ君が知っている?」
「地下墓地の発注を任されたのは私でしたので」
「……そうだったのか」
エミリオが本教会を訪れたのはごく最近のことだと、キスは認識していたのだが、どうやらそれは違ったようだ。相当な年月をかけて、この通路は造られたのだろう。
「まあ、それは真意を隠すための建前ですけどね……」
静かに意味深な言葉を放り投げたエミリオは、さっさと四つん這いになって通路をくぐっていく。キスの疑問は数えきれないほど浮かんできたが、立ち止まって考えている暇はない。
エミリオが四つん這いでギリギリ通れるほどの入り口。キスのような大きな体をしている者になると、ほふく前進気味に入る必要があった。キスは体をできるだけ地面につけながら隠し通路の小さな入り口を抜ける。
エミリオの携帯の画面の明かりが通路の床を照らした。エミリオの足がしっかり地面を踏んで、脚が伸びきっている。中は立って進めるほどの高さが設けられているらしい。キスは立ち上がった。
エミリオは食堂側に開いていた扉に手を伸ばして閉める。すると、通路の壁にかけられている燭台に刺さったロウソクがボッと灯って火をつけた。よく見ると、ロウや火までプラスチックでできている。
砂がうっすらと膜を張るように床に広がっている。キスの修道服や掌に砂が貼りついてしまった。キスは服や手についた砂を払いつつ辺りを見回す。
石ブロックで造られた通路はゴシック的で、ところどころにアーチ状の模様を施す壁が目につく。しかし空気は陰湿で、気軽に訪れたい場所ではないと感じた。
「ここが見つかるのも時間の問題でしょう。追いつかれる前に、行きましょう」
そう言うと、エミリオは足早に通路を進み出す。
キスは喉から出かかっている言葉を口に含んで、エミリオの後ろをついていく。
キスとエミリオは地下通路を真っすぐ進む。時々十字路が迎えたが、迷うことなく突き進んでいく。
左右の十字路を横切る際に、キスは気になって左右を見る。どうやら小部屋があるようで、奥にミニチュアの墓石が飾ってあるのを目視した。
重く冷たい空気が掠めていく。辺りにはキスとエミリオの足音が響くだけ。行けども行けども地下通路に充満するほのかな腐臭。この臭いが、本当に人の死体から発せられたものかどうかは分からない。実際、通路にはネズミの死がいやクモの巣が張られていたりと、色々と棲みつくものがいるようだった。
「エミリオ、先ほど言ったな。地下に墓地を造るのは真意を隠すための建前だと」
「……はい」
エミリオは少し後ろを歩くキスに視線を向ける。綺麗な瞳はキスがどんな風に思っているかを見透かそうしているみたいだった。
「真意とは何のことだ?」
エミリオは視線を前に戻す。
「修道士たちには、ここは地下墓地として造られると説明しています。ですが、本当の利用目的は、先ほども述べたように地下通路、別訳するなら非常用通路です」
「そういえば、一時期、地下墓地を造ると言っていたな」
「ですが、ミアラ主殿はあまり大きくは言わないようにしておりました。私もそう命ぜられておりましたので、広く伝達しませんでした。当時の修道士たちの間では、『何かの工事が行われていた』、としか記憶にないのでしょう」
「なぜ隠す必要があったんだ?」
キスは表情を曇らせて尋ねる。
「当然、身の危険を感じていたからです。私たちの教会は、新たにできた宗派と言ってよいでしょう。昔は大した勢力もない教会でしたが、名が知られるようになり、他宗教の者たちは脅威を感じ、刃を向けられることがあったそうです」
「それが、我々修道士たちにも及ぶかもしれない。そのための、地下通路か?」
「はい」
エミリオは前を見据えたまま肯定する。だがまたキスの頭に疑念が沸き、止まらなくなった口は軽やかに紡いだ。
「ならなぜ私たちに教えなかった? 教えなければ、何かあった時にここへ向かえないだろう」
「教会に訪れた記者の件は、もうご存知でしょう」
「ああ」
「実は、教会内部に非合法なビジネスをしている者たちがいるのではないかという情報を、記者がネタを持ち込んでくるより前から、ミアラ主殿は掴んでおられました」
「いつから?」
キスは驚きのあまり口ごもってしまう。
「8年前にはもう知っておられたかと。だいぶ管理の行き届いた組織のようで、痕跡を残さない手も、その道に精通する者が絡んでいると思われます」
「じゃあ、前々から教会には反逆者がいたと?」
「力を持てば、必ずその正体を掴もうとするものです。得体の知れない脅威が、一番の脅威ですから」
キスはエミリオの後ろ姿を見つめる。キスにとって、エミリオは自分を敬ってくれる同士であり、可愛い後輩だった。話を聞いていると、自分の中にあるエミリオの姿が違って見えてきてしまう。
この異様な状況がそう思わせている節は否めないが、危険がそばにあると思いながら、このまま一緒にいられなかった。
「エミリオ」
キスは分かっていた。これを言えば、二度と戻れなくなると。だがすでに崩れ去ってしまった郷の都に、自分が戻る場所などないのだ。
「君は一体、何者なんだ?」
エミリオは立ち止まる。キスは空気がより一層張りつめたのを察知し、距離を取ってエミリオの様子を
「教会の秘匿組織、ブラックローズです」
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