karma5 聖城からの逃亡
キスもエミリオに続いて部屋に入る。この部屋もさっきと同じく物置として扱われていた。段ボールや布がかけられたピアノなど、色々としまわれているようだが、それほど物は置かれてなかった。
エミリオは廊下へ出るドアの方へ体をつけ、耳を澄ませる。廊下は激しい物音や怒号に包まれている。エミリオは信頼で結ばれた仲間たちが確実に作戦を実行していると感じ取れた。
エミリオの様子を見ていたキスは何もできないことが歯がゆく、焦燥にかられた頭でひねり出そうとする。
今、エミリオを筆頭に行動してくれる同胞たちのために何ができるか。祈ることしかできない。キスは声を潜め、祈りの言葉を捧げていく。神からこの状況を打開できる方法を教えてもらえればと、預言の力に託した。
しかし状況は時間との勝負であり、内乱がひしめく聖城の中だ。キスの集中力は乱れていく。交信できる力は弱まり、神へ声が届くことは望めないだろう。そして、それはエミリオも同じで、キスが交信をしていることに気づかず、「行きますよ!」とキスに走る準備を促した。
エミリオは少しだけドアを開ける。隙間から見えたのは祭服を着た者たちが激しく揉み合う様子。服を掴み合い、殴り合っている。転倒している者や痣を作りながら叫ぶ者など、廊下は荒れ狂っていた。
エミリオはドアを勢いよく開けて飛び出した。キスもエミリオの後に続いて走る。
「視認した! 不届き者はエミリオと一緒だ!」
迷路のような教会内を駆け回る者たちが百十数といれば、出くわしてしまうのは必至だ。
角を曲がった瞬間、捜索に出ていた修道士たちはエミリオと鉢合わせる。エミリオは迷いなく修道士たちにぶつかり、廊下を突き進む。キスも倒れた者たちの下を飛び越え、エミリオを追随していく。
どこかしこから聞こえてくる殺気立った声に恐怖を感じていたが、後ろを振り向くのも怖くなり、必死にエミリオについていくしかなかった。2人は息も絶え絶えに1つの部屋に入る。
2人がドアを開けて入った瞬間、埃が荒々しく舞い上がる。天使の一枚羽のようにゆったりと下へ降りていく間、2人は近くの物に寄りかかり、息を整える。
落ち着いた頃、ハッカの匂いがキスの鼻をついた。顔にしたたる汗。視線を這わせれば、神に仕える身として半人前にも満たない時期の記憶と合致する、見たことのある部屋であった。
ずらっと並んだ服はハンガーラックにかけられている。すべて教会用に作られた服だ。左のドアなしの通用口を通ると洗濯機と乾燥機が並ぶ部屋がある。まだ修道士として1年未満だった頃、ここでよく同胞たちの服を洗うことを任され、衣服をハンガーラックにかけていた。
「キス司祭」
エミリオが声をかけながら、1つの
「ずぶ濡れの服では移動に差支えます。着替えてください」
「ここでか?」
「はい。私は洗濯場にいますので、着替えが終わったら声をかけてください」
キスは少々どぎまぎしながら
「分かった。ありがとう」
エミリオは真面目な表情のままキスに背を向け、洗濯場の方へ向かう。
キスは水を吸って重くなっている祭服に手をかけた。
キスとエミリオは罰を受けさせようとするジャノベール、ユヒア一団の追手の目を盗みながら、なんとか目的の場所へ辿りついた。
長いテーブルが連なる大食堂。大部屋に四列に配するテーブルには、シックな赤いテーブルクロスがかけられており、各テーブルに金色の燭台が火を灯さず眠っている。
ここで食を共にする際には二層の厚いカーテンが開けられるが、誰もいない食堂では閉め切られているのが通常だ。
教会の庭が見渡せる、カーテンに覆われた窓が並ぶ壁の反対側には、壁に取りつけられた豪華なシャンデリアがある。おそらく教会内外をくまなく探し回っているであろう修道士たちの目を忍ぶ状況であるなら、食堂を煌びやかに照らすシャンデリアの明かりをつけることもできない。
音を立てぬよう
この大食堂では、本教会に属する者が一同に会し、食事をする。会社にある食堂となんら変わらないメニューを食べることもあるが、ブドウ酒と少し焦げ目のついた平べったいパンだけを食べる
神がくださった精魂の源を経口するため、
食堂の隅でエミリオが何かしているようだ。キスはエミリオがいる食堂の左隅へ向かう。
エミリオの胸の高さくらいのショーケースには昔使われた銀食器や、海外の王様や友好関係にある海外文化圏の他教会の教皇と会談した際にいただいた記念品が並べられている。
このショーケースを掃除する際、ミアラ主殿は口を酸っぱくして慎重に扱うように言っていた。かなり高額で貴重なものらしく、修道士たちは恐れ多くなって触れたがらない。
しかし、エミリオはその数々の貴重な物が並ぶショーケースを強引に引っ張って動かしていく。ショーケースの中に並ぶ食器が倒れようが、物同士がぶつかろうが関係ない。
「エミリオ」
さすがに乱暴な扱いをするエミリオを制する。今、そんなことを言っている場合ではないことは分かっていたが、貴重なものであり、かつ修道士たちに大切にされてきた物を、こうも目の前で雑に扱われているのを見ていると、どうしても胸が痛むのであった。
動かしたいところまで運べたようで、エミリオはショーケースから手を離す。
ショーケースが背にしていた壁の前に来ると、しゃがみこんでバラの壁紙に指で触れて擦っている。壁紙のバラがいくつあるか数える勢いで顔を近づけ、携帯の明かりで視界を確保しているが、キスは何をしているのかさっぱり分からない。
エミリオは壁紙の切れ目に爪先を差し込む。少しずつ接着面を剥がし、指でつまむと、裂けるような音を立てて壁紙の一部が剥がれていった。
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