10章 うら若き乙女神

karma1 常夏の無人島

 初任務からというもの、氷見野たちは着実に任務をこなし、経験を積んでいく。蒸し風呂みたいな熱帯夜が連日連夜続いていた。ニュースでは夜に救急搬送される人が後を絶たないと話題持ちきりだ。

 ニュース番組がそんな特集をしている。今時珍しいブラウン管テレビが置かれたラーメン店――氷見野が攻電即撃部隊ever4の一員として迎えられたあの場所で、機体スーツの調整・修繕講習を終えた攻電即撃部隊ever4のみんなと夕食を共にしていた。


「何もこんな蒸し暑い時期に合訓ごうくんなんてしなくていいだろ」


 東郷は歯の間につまようじを差し込みながら気だるげにぼやく。東郷の前にある赤いどんぶりのふちに割りばしがもたれかかっており、割りばしの先はスープに浸かっている。


防雷撃装甲部隊overだって興味があるんじゃない? クイーンがどんな人か」


 丹羽は含み笑いを結いて氷見野に視線を投げる。氷見野はどう反応すればいいのか分からず、苦笑で飾った。


防雷撃装甲部隊over7も別に無理して入ってこなくていいってのによぅ」


 虫の居所が悪いのか、防雷撃装甲部隊over7と口にした東郷の表情は険しいものとなる。


防雷撃装甲部隊over7がどうかしたんですか?」


 氷見野は特定のユニットを出すことに違和感を覚え、先輩方に質問する。


「今回の合同訓練は元々6月に予定されていたものなんですけど、西防さいぼう側が一部変更を申し出てきたんで、また調整し直すためにずれ込んだんです」


 四海は眉尻を下げて説明する。


「で、本来参加を予定していた防雷撃装甲部隊over2は合同訓練から外れ、代わりに防雷撃装甲部隊over7が入ってきたってわけさ」


 藤林隊長は追加注文した餃子を口に含みながら補足する。


防雷撃装甲部隊over7は特別なユニットなんですか?」


攻電殻即撃部隊ever4と似てるってところね」


 氷見野の問いに今度はいずなが答える。


「え?」


防雷撃装甲部隊over7にも、クイーンがいるから」


「それだけじゃないよ。西部の人々の心理的な治安を守ってるのは、彼らのユニットなんだ」


 丹羽のほのかな笑みに彩られる口はそう付け加える。


「僕たちとの共通点は多い。その分、軍の中じゃ比べられながらあれこれ言われるってことさ」


 藤林隊長は口の中にあったスタミナ食を腹にそうし、意味深な言葉を笑みと共に鳴らした。

 氷見野の表情が強張こわばる。殺伐とした雰囲気の中、訓練をしていかなければならないのかと思うと、胃が痛くなりそうだった。


「大丈夫」


 氷見野の気持ちを察してか、いずながそう切り出す。


「健太が指示を出してくれるから、その通りに動いてくれたらいい。やることはこれまで学んだ基礎の応用だから」


「そ、そう」


 いずなの言う通り、気を揉んでもしょうがないと不安を先送りにして、水滴が表面についている透明なグラスに口をつける。すっかり氷は溶け、かろうじてまだ冷たい水が喉を通った。勢いよくテーブルに置かれたコップが乾いた音を立てる。

 氷見野は胸を上下させ、深く息を零した。



ЖЖЖЖЖ



 翌日。薄い雲がかかった空模様だが、青さは健在。光は確実に砂浜へ届いている。

 海風が吹き、海面がそよぐ。風に乗って空中遊泳を楽しむ海鳥を羨ましげに見上げるのは、攻電即撃部隊ever7の藍川瑞恵あいかわみずえだ。

 後方からは機体スーツを着た攻電即撃部隊everの隊員たちが、流星ジェットから降りて砂浜を歩いてきている。


「ミズー!」


 藍川を呼ぶ声に視線が動く。藍川のシールドモニターが1体の機体スーツを捉える。ARヘルメットが仁王立ちで待ち構える機体スーツが琴海であることを教えてくれた。


「ぼーっとしてんじゃないわよ」


「今行きますよ」


 白い砂浜が広がり、点々と存在する岩山。硬派な色合いを柔らげるように草と藻を生やし、淡いブルーの海に溶け込む。こんな穴場スポットならば、人混みが苦手なタイプの人種も、海水浴に行きやすいのではないだろうか。

 だがご存知の通り、海水浴客はいない。この辰の島は、本州に近い場所にありながら無人の島であった。

 以前は海水浴客で賑わう観光スポットだったが、ブリーチャーが現れてからというもの、この島は特別警戒区域に指定されてしまった。

 島に渡る者は軍関係者のみ。水着などではなく、上下肌を包むゴワゴワの服か、機械服くらい。今や防衛省の私物島と化していた。


「やっぱり暑いですね~!」


 四海は弱音をデジタルに乗せて散布する。


「そうね」


瑛人えいと冷染用水れいせんようすいはどれくらい入れた?」


 いずなは四海に確認する。


「とりあえず1リットル」


 いずなは眉をひそめる。


「入れ過ぎじゃない?」


「そうかな?」


「絶対入れ過ぎだって」


「えー、氷見野さんも入れたよね?」


 四海は氷見野に話を振る。


「わ、私は250ミリで抑えたから」


「うそ?」


「私が教えたからね」


 得意げに答えるいずな。


「なんで僕にも教えてくれないんだよぅ?」


「なんで私が教えないといけないわけ?」


「え、だってさ……」


 おどおどした様子で四海は口ごもる。いずなは呆れた様子でため息をつく。


「あんた、私より先輩じゃない」


「いや、そうは言うけど、たかが2、3年違うだけだし」


「だいたい、そんなの知らなくても普通に考えれば入れ過ぎだって思うでしょ。ブーストランの速度も落ちるし、機体スーツの反応にもラグが生じることくらい、予想つきそうなものだけど?」


 淡々と指摘するいずなにぐうの音も出ない四海は、半泣きになりながら「すみませんです」と謝ってしまう。


「しっかりしてください。四海隊員」


 いずなは可哀想なものを見るような目で言った。


 広い浜辺には物騒な車が1台。大きな車体の窓には、頑丈に張り巡らされた網状の柵が被せてある。護送車を彷彿とさせるそれは、車体の片側を開いて駐車されていた。

 即席の作戦会議室だったり、指令地点としての機能を持つ車だったが、今は直射日光からの避難場所としてしか機能していない。


 軍服を着ている人たちには助かる安全地帯だ。そこで車に備えつけられた長椅子に腰かける東防衛軍の訓練指揮官と、今回の訓練の手伝いに動員された司令官見習いの候補生は、長い袖をまくってエアコン扇風機の冷風を浴びて休んでいる。それでも、タラタラと汗が流れてくるほどに暑い。


 常夏のビーチの成せるわざか、みんながリラックスしていたが、それは徐々に変化していくこととなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る