karma2 熱視線

 無機物同士がかち合い鳴らす音。それが連続的不規則性を伴っていれば、会話に花を咲かせていた攻電即撃部隊ever隊員たちの目を引くことになる。

 そしてその正体が同じような機体スーツの歩く音で、攻電即撃部隊ever隊員たちに向かっているのなら、だいたいの隊員は口数を減らし、機体スーツの軍団へ目を釘付けにするだろう。


 周りを彩るどんな青よりも強い。はっきりとした青に包まれた機体スーツは、シックで純粋にカッコいいと思える。

 西松清祐があの青の軍団の機体スーツの画像を見て、なんで攻電即撃部隊everに入ってしまったんだと、半狂乱していたのを思い出す氷見野。周りの緊張感に感化され固まってしまう。


 すると、遠くから波打ち際を走る車が砂浜にタイヤ痕をつけていく。今時珍しいなかなかのエンジン音を響かせる車は、集団行動で歩く青い機体スーツを追い越す。まるで対抗するかのごとく東防衛軍の車の隣に止まった。

 大きな車が2台。見下ろす大きな岩の前で正面を突き合わせる。同じく車体の片側側面が、上から自動でゆっくり開いていく。開いていく側面内側が、車体内部の床と並行すると、車内側壁の左右両端から、細い鉄製の脚が下りて砂浜についた。


 あけっぴろになった車体の中、2人掛けの座席が並ぶ間を通り抜け、壁から舞台に変わった場所へ躍り出る男。はちきれんばかりの肉体が青い花をモチーフにした軍服の上からでも主張しており、佇まいは格闘家の様相を呈している。おそらく20代から30代ではないだろうかと無意識に予想し、氷見野は驚きつつ男に注目を向ける。

 童顔でありながら凛々しい真顔で立つ男は、ニタりと笑みを携えた。


攻電即撃部隊everのみなさん、お久しぶりでございます。西防衛軍訓練指揮官の飽津煉あくつれんが、本日の合同訓練に参加させていただきます。よろしくお願いします」


 飽津はウィスパーボイスを小さな拡声器で響かせ、自己紹介をする。

 攻電即撃部隊ever隊員はARヘルメットのシールドを開き、素早く一同敬礼した。


 その頃、防雷撃装甲部隊overの隊員たちが集合している場所に辿りつく。


 細かい造形は異なるが、攻電殻即撃部隊everの隊員が着ている機体スーツとほぼ同じ。防雷撃装甲部隊overの1人の隊員が、ARヘルメットのシールドを開けた。


 白い肌と腫れぼったい目。攻電即撃部隊ever諸君を見回すと、ムシムシする機体スーツ内に耐えられず、シールドモニターを開けたままにしている男は気だるげにぼやいた。


「こんな秘境にやってきて訓練か。どうせならバカンス期間くらい欲しいわ」


「愚痴ってもしょうがないでしょ。バカンスに行きたいなら、申請出せばいいじゃないですか」


 隣にいる同じ青い機体スーツの男性は、優しい声色でいさめる。


「彼女おらん奴がこんなビーチに来てもおもんないやろ。お前分かってて言うてないか?」


「男たちでわいわいやっても充分楽しいと思いますよ?」


「普通やんけ! 俺は女の子たちと楽しみたいんや!!」


「はいはい……」


 優しい声色の男は軽くあしらいながら、シールドモニターに飛んだ唾を機械の手で拭う。


「隊員諸君! 先台の前に整列せよ!」


 駆け足で並び出す隊員たち。機械の足に砂が巻き上げられていく。


 2つの大きな車を境目にして、青と紫の機体スーツが車の横に整列する。


「高まるブリーチャーの危険性を解消すること! それが我々の第一の目的である。攻電即撃部隊ever防雷撃装甲部隊over、互いに数少ない合同訓練の機会を生かし、ノウハウを共有して今後の任務の遂行に役立てていただきたい。なお、この合同訓練は各関係者のご協力により……」


 攻電即撃部隊everの指揮官はつらつらと挨拶を述べていく。

 隊員の列の中で指揮官の話を聞いていた琴海は、妙な違和感を覚える。周りに視線を投げてみると、琴海よりも後方で列に並ぶXAキス隊長と視線が合った。

 視線が交わった後も、なぜかじっと琴海を見続けている。ねっとりとした熱視線から逃げるように、視線を前に向けた。



 早速訓練は開始される。クラゲを模した海底探査機『海月クラゲ』が海を泳ぐ。浜辺からおよそ300メートルほど離れている。

 一方、機体スーツを着た隊員は、膝まで海水に浸るくらいまで進み、透過性視覚機能でもって海月クラゲを確認する。


 指揮官の合図で銃を構え、2つ目の合図で発砲していく。

 時折、海面から大きな飛沫が立ち昇る。何度か被弾した海月クラゲは機能を停止し、海底に沈んでいく。本来なら回収しなければならないのだが、現在、訓練に使用されている海底探査機『海月クラゲ』は、バイオテクノロジーにより作られた仮想敵アグレッサーである。

 本製品を作る前の模型として作られたのち、訓練に使用されるようになった。海の中の微生物により分解されるため、環境面に配慮した設計となっている。


 海底探査機『海月クラゲ』を操作している司令官見習いたちの見ている画面が、どんどん黒塗りになっていく。攻電即撃部隊ever防雷撃即撃部隊over関係なく、3列に並ぶ隊員たちは自分の番を待つ。

 その間は同じ隊員の銃撃の所作を見て学ぶのがセオリーである。誰もが完璧ではない。いくらARヘルメットを装着する異端の人類とはいえ、放たれた弾道を制御することは困難を極めた。


 ちょこざいに動き回る海月に、より少ない弾数でヒットさせる隊員は、大方銃の扱いに慣れている手練てだれか、策略によってヒットさせる軍師か。おそらく、今まさにその銃で1巡ノルマ3体を早速決めた隊員は、前者になるだろう。


 太陽光を反射しているせいで、シールドモニターの奥は見えない。何度かあの青い機体スーツの隊員――両腕両脚が他の隊員よりもしっかり太い形状をしている――は、誰よりも早くノルマをクリアし、駆け足で列の後ろへ回る。


 その隊員が銃口を海へ向ければ、指揮官の目の色もどこか違って見えた。氷見野は隊員の顔を一度拝んでみたいと思っていたが、さすがにジロジロと見るのは失礼にあたると身をわきまえている。しかし、立場が逆転をすれば、いとも簡単にこの構図は崩れるようだ。


 同じくシールドモニターの奥は見えないが、見えなくともその目と自分の目が交わっていることが感じ取れている。

 それを気のせいと言われてしまえばそれまでだが、一度視線の交差をはっきり確認しているだけに、そう思えても仕方ないだろう。実際、シールドモニターの中心が琴海に向いているのだから。


 琴海はさすがに気味が悪いと思っていた。XAキス隊長がなぜ熱い視線を向けているのか。聞きたいところではあるが、聞く暇がない。だが、聞いたら聞いたで人間関係のいざこざに巻き込まれるのも嫌だった。

 知らない方が幸せという教訓を信じているわけではなかったが、いざ自分が変な人に、この真夏よりも熱い視線を向けられる嫌がらせを受けていると、迷信めいたものを信じてしまうのだ。


「なんなのよ、もう……」


 琴海は気を紛らわせるべく、海風に小言を吐き捨てた。

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