karma7 デビュー戦

 西松は長い銃器を勝谷に向ける。照準はARヘルメットのシールドモニターが補助。薄黒い部分に赤い照準マークが表示され、銃身の先にある照星と合わせる。呆けている勝谷に触手が向かっていた。

 牛の尻のような銃床が目につく。黒々としているが、構えてすぐに銃床の後端が光る。

 銃口から息を吸い込むような音が聞こえてきた。およそ2秒。その後に、世界を照らすかのような青い光が解き放たれる。


 勝谷はブーストランで急発進する。勝谷のいた場所を青い円盤が高速で通り、向かってきていた触手を通過していく。

 触手は茶色から黒みを増す。そして胴体へ光の円盤が到達する。

 その間にも密林からもう1本の木が発射されていく。もちろんそれは西松を狙ったものだ。

 西松はそちらへ顔を向けることもなく、素早く銃を向けて迷わず引き金を引く。息を吸い込むような音が再び鳴り出す。

 引き金が離された瞬間、銃口の辺りでパッと青く光って、いびつな光が空間を駆け抜けた。飛んできた立派な木は青い光線に当たり、弾け飛んで粉々になる。


 青い光線は飛んできた木を貫き、密林へ到達した。密林はまたたく間に炎の海になっていく。

 煙を纏うブリーチャーが密林から出てきた。木々を薙ぎ倒しながら急いで出てきたブリーチャーは割けた口に付随している顎を上下させながらバタバタと走り回り、悶えた声を上げていた。

 最初に銃器で攻撃したブリーチャーたちは地べたにのたれていた。


 それでも、まだブリーチャーは十数体いる。まだまだどこからか集まってきており、この戦いに終わりがあるのかと不安の影を落とす勝谷。しかしその他にも気に入らないことがあった。


「殺す気かテメエは!?」


「あんくらい避けられんだろ?」


 2人が言い争いをしている間に、先端が針になっているブリーチャーの触手が2人に飛んでいく。2体の機体スーツは青いコロナ放電を放って消えた。

 2人は機体スーツに電色を纏い、高速移動する。同じ速度のため、図らずも並走する形となった。


「お前、実際にブリーチャーと戦うの初めてだろ?」


 真っすぐ移動していれば、先回りする触手が襲う。上から目線で問いかけられた勝谷だったが、気を取られることもなく銃剣で斬った。

 西松は軽く飛び上がって触手を避ける。

 軽く飛び上がった西松が勝谷に後れを取ってしまう。それはつまり、動きが遅くなるということだ。


 そのことを経験則で知っているブリーチャーは、触手を西松へ向かわせる。避ける隙間を作らせないように何体ものブリーチャーの触手が西松の動きを封じるように網を張った。

 一瞬で作られた網は景色を奪う。逃げられる隙間はない。触手が網を縫い、とらわれのウォーリアを突き刺そうとする。

 触手が一瞬の間に斬れていく。動じることもなく電戟でんげきで網を切り裂いた西松は、まだ焦げ目のある穴を通り抜け、スピードを上げる。シールドモニターが捉えた機体スーツに向かって走っていく。一気に勝谷の隣まで並んだ。


「どうなんだよ?」


 西松の声色が嘲笑の色を帯びている気がしてむしゃくしゃする。

 舌打ちが鳴った。勝谷は唇をゆがめる。


「だったらなんだってんだよ」


 勝谷の声は独り言のように小さい。吐き捨てられた言葉は勝谷らしからぬものだったが、西松はちょっとだけ親近感を覚える。


「バーチャルじゃ緊張感出ねえもんな。動きも戦略も変えてくる。本番と訓練じゃまるっきり違うってことだ」


「そんなことを言うためにわざわざ先輩風吹かせてんのか?」


「はあ……お前はほんと素直じゃねえな。これから同じ部隊で一緒になるんだ。お互い助け合って行こうぜ」


「ふっ、バカバカしい。なんで俺がお前と助け合わなきゃならねえんだ」


 西松はブーストランを止めて振り返る。勝谷は突然止まった西松に合わせて少し後方に止まった。

 西松のシールドモニターがズームをして、ブリーチャーを捉えてくれる。直線で250メートル。まだ触手が届く距離じゃない。

 勝谷は辺りを警戒する。いつの間にか両サイドを密林に挟まれている地形に入っていたようだ。シールドモニターは密林の中もサーチをかけてくれるが、ブリーチャーの姿は捉えられない。


「ブリーチャーは俺たち攻電即撃部隊everを恐れてるはずだ。全力でぶつかってくる。あの触手のスピードだ。戦場で止まっていたら簡単に的になれる」


 勝谷は反論できない。西松の言おうとしていることが正論であることを認識していた。


「本物のブリーチャーとの対戦経験が多い奴から、メソッドを聞いておくのも悪くないと思うぜ?」


「何か作戦でもあるってのか?」


 西松は振り返る。


「作戦? 作戦なんかねえさ。今までの復習をすればいいだけだ。訓練でやってきたことをどれだけ再現できるか。そんで訓練でやってきたことを荒れ狂う戦場でどれだけ応用できるか。俺たちはそういう場に立ってるってことだよ」


「つまり、自分で考えろってことかよ。無責任な奴だな」


「あのな、俺だって一々教えられるわけじゃねえし、そもそもお前は俺から教えられるのは嫌だったんだろ!?」


「お説教が終わったならさっさと消えろ。殺しの邪魔だ」


 前へ行こうとした勝谷を後ろ手を伸ばして制する。


「待て待て。お前1人じゃ不安だ。俺が見本を見せてやるから、その後に続いてくれ」


「俺に指図すんな」


「はいはい。じゃ、先に行くな」


 西松はブーストランでブリーチャーの群れへ向かっていく。勝谷は銃剣のグリップを握る。静電気がもじゃもじゃと出てきて物騒な音を立てる。弾となる剣が1つから3つになった。

 駆け抜けていく勝谷の機体スーツ。弾丸のスピードを体現する機体スーツがブリーチャーの細胞を破壊する。

 曇天の空は宙を舞う緑の液体を見た。ゼラチンを含んだような液体が地面を覆わんとする。ブリーチャーは攻撃をしようにも、ためらいもなく接近してくる機体スーツの攻撃姿勢になす術もない。


 勝谷は高速で駆け抜ける中、西松に視線を向けた。それは一瞬。暗闇に光が差すまでの時間。それだけの間しか猶予はない。常人の速度を超えた、異常な時間の流れに身を置くことができる機体スーツは、この戦場を支配しつつある。


 さっきまでの苦戦が嘘のようだった。勝谷はこの変化が西松清祐の先導によるものだと感づいているが、それがたとえ事実だとしても、認めたくはなかった。同じ時期に攻電即撃部隊everに入った、見るからにアホづらのあの男より自分が劣っているなど、プライドが許さない。

 しかし、結果がここにあった。

 西松と勝谷は立ち止まる。田園地帯に野たれる異質な生物。体から藻のような液体を出してピクリとも動かない亡骸がいくつもある。こうしてみると相当少なくなった気がした。


「よし、あともう一息だ」


 呼吸を乱れさせながらそう鼓舞する西松。左手に持っていた電撃の剣身が消え、つかを腰にしまう。背負っていた銃器を手に取った。あとは逃げようとするブリーチャーに銃口を向けてトリガーを引けばいい。任務完了だ。


 勝谷は妙な気配を感じる。機体スーツがブーストランでこちらに向かってくるような、そんな感覚があった。次にシールドモニターが受信したのは謎の刃。勝谷は西松を蹴り飛ばす。


 勝谷と西松の後ろから風が吹き抜ける。

 西松の銃は空まで届く咆哮ほうこうを上げていた。放たれた光はブリーチャーではなく、曇り空独特の薄暗さを演出している空へ放たれる。放物線を描き、勢いを失った光弾が花火のようにパラパラと音を立てて、落下しながら跡形もなく消えた。

 振り下ろされた刃は空を切る。勝谷は辛うじて避けていた。西松は転倒する。


 勝谷は西松のことなど気に留める素振りも見せない。

 話には聞いていた。自分たちと同じ速さで動ける生物が、他にもいることがどうにも信じられない。モニター越しではあるが、こうして対面するのは初めてだ。勝谷は目の前で堂々と存在する生物を射抜いぬく。

 挑発するように見せつけられた刃。ノコギリのようにギザギザの棘を生やしている。切先きっさきにいくほど棘は小さく細かい。刃は折り畳めるようで、ほぼ360度に折れ曲がっている。うまい具合にギザギザが当たらない状態で止められているため、刃こぼれはしない。


 あの棘でガリッとされたらどうなるのかなんて想像したくもないが、生身でやられたら皮膚を剥がされる程度じゃ済まないと思われた。

 体はブリーチャーと同じ茶系で少し赤みがある。色付いた落ち葉とでも言うべきか。

 一見華やかな模様をしているが、ちらつかせる物騒なもののせいで味わい深い魅力がガタ落ちしている。ブリーチャーと同じく長い胴体をしており、同じ系統から進化していることを感じさせた。

 またブリーチャーとは違って上半身と下半身の境目が分かる。三角の顔に取ってつけたような丸々している大きな双眸そうぼうは、勝谷と西松をそれぞれ片目で捉えていた。


「いってえ……」


 西松は反転させて勝谷に文句を言おうとしたが、異様な生物が自分たちの前で威風堂々としている姿に絶句する。

 西松もこうして目で見るのは初めてだったが、すぐに静寂が頭に降りてきた。ゆっくりと立ち上がり、その生物に対して銃口を向ける。四本の足で立って挑発的な前脚を振りかざす生物は見てくれだけカマキリに似ているが、まったく違う生物だと瞬時に悟った。

 講義で聞いたことがある。ブリーチャーの系譜の中でも特に残虐な生物。エンプティサイ。


「とうとうおいでなすったか。つーか、初日から当たるとか俺たち運いいな」


「バカかテメエは」


「ああ!? バカつったかテメエ!!」


「テメエは周りの雑魚でもやってろ」


 そう言うと、勝谷は銃剣の切先きっさきをエンプティサイに向ける。

 勝谷と西松の両者共にエンプティサイに攻撃意志を示した形となった。銃剣とレーザー銃がそれぞれ大きな2つの複眼に映る。

 エンプティサイは2人のウォーリアを前にして怯えることもない。と思われたが、エンプティサイは2つの前脚を上げてきた。西松は目をみはる。エンプティサイが降参すると訴えているように見えたのだ。


「こいつ、話せんのか?」


 西松は銃を下ろす。

 勝谷は西松の行動に目を疑う。無防備にも銃を下ろしている西松。エンプティサイはほんの一瞬の隙に姿を消した。

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