karma8 学習する生物

 西松の行動に眉をひそめていた勝谷は前からの圧を感じる。とっさに体を半身はんみにさせて銃剣を振り下ろす。鈍い音が鳴った。勝谷は宙に飛び上がる破片を捉える。それが機体スーツの破片だと認識した時、悪寒が背筋を伝った。西松は目を丸くさせて振り返る。

 前にいたはずのエンプティサイは一瞬で2人の背後を取っていた。棘が並ぶ刃の前脚を伸ばしては引き寄せを繰り返して惑わせる。


「な、なんだよこいつのスピード!?」


 西松は動揺した様子でエンプティサイに銃口を向け直す。勝谷も銃剣を向けるが、右の横腹が破損している。


「あんなに速く動けるエンプティサイがいたのか」


 西松のARヘルメットからの映像が入ってきているモニターを見ながら、金城隊長が難しい顔をして呟く。


「エンプティサイの新種でしょうか?」


 攻電即撃部隊ever9の男性隊員は問いかける。

 エンプティサイの移動速度はこれまでのデータでも最高で時速45キロ。それを優に超える速度をARヘルメットで観測。データは自動で送信され、情報総括員のモニターに表示された。機体スーツのブーストランと同じくらいの速さを示す結果に息を呑む情報総括員。


「WL、司令室の鬼平だ。未確認のモデルについて意見を伺いたい」


 鬼平はペンダントトップを持って話す。すると、室内の壁に投影された左上の小さなモニターに、『Warrior Lab.』の文字と大なりを表す不等記号が左上画面下部に連続して並び、電話の記号が表示された。


「詳しく調べてみないと正確には分かりませんが、エンプティサイの体に大きな変化は見受けられません。これが1例目であること、また他の国からエンプティサイの新たな性質などの報告も今のところありません。著しい変化もないことから推察するに、エンプティサイは学習したのではないでしょうか」


「学習……ですか」


 鬼平は食い入るようにじーっと大きな中央のモニターを見つめる。


 2人のウォーリアとエンプティサイが牽制し合うこと十数秒、エンプティサイの羽が大きく開いた。羽はエンプティサイの頭を超える高さとなり、機体スーツを着ている2人を威嚇する。

 左右の前脚がふっと引き寄せられると同時に、エンプティサイの体が後ろにのけ反る。その瞬間、超高速で4枚の羽が振動した。


 エンプティサイがまた消える。西松はトリガーを引かず、銃を下ろしてブーストした。エンプティサイの鋭く伸びた鎌が空を切る。

 振り切ったその時を狙っていた。勝谷の銃剣が発射される。電気で剣にかたどられた3つの電磁剣は刃をくねらせて真っすぐ飛んだ。銃弾として飛んだ剣は地面に当たって弾ける。


 勝谷はすぐさま横に飛ぶ。間一髪で鎌をかわし、一気に距離を取ろうと逃げ出す。高速で駆け抜けていく機体スーツは田んぼを横断する。田んぼに張られた水が飛沫を上げていく。

 後ろを追うエンプティサイも同じ導線を通ってより水面が乱される。方向を変え、振り切ろうとするが、エンプティサイの反応も同じくらい速い。切り返しも機体スーツの機動性に負けず劣らずのようだ。


蓬鮴ほうごり隊長」


「はい」


 鬼平の声に応答する蓬鮴隊長。蓬鮴隊長はブリーチャーに囲まれていた。ベルリースコーピオンにミミクリーズまでいるお祭り騒ぎ。


「西松隊員と勝谷隊員が、新たな移動術を会得えとくしたエンプティサイに苦戦しているようだ。援護できるよう回しておけ」


 蓬鮴隊長はブリーチャーの尻尾を離した。バシャンと水飛沫が上がる。蓬鮴隊長の足元に転がるブリーチャー。さっきまで尻尾を掴んでいたブリーチャーだけではない。10体以上のブリーチャー属が蓬鮴隊長の周りで倒れている。

 ブリーチャーはギャーギャーと騒ぐ。蒸気を噴く蓬鮴隊長の左手首から伸びる黒い鎖が波打つ。曲線を描く5本の刃は宙で踊るように動き、ブリーチャーたちを挑発していた。時折いびつな電光を発している。

 そんな緊迫した中で、蓬鮴隊長は通信をし出す。


しゅん。勝谷と西松が少しばかり変わったエンプティとやり合ってるらしい」


「え?」


「そっちは余裕ねえか」


「あ、えと、急ぎですか?」


 下田も大量のブリーチャーと交戦中で忙しく動き回っている。


「いや、苦戦してるってだけだ。2人いりゃ充分だろ。もし気が向いたら援護してくれて構わねえ」


「分かりました」


 何本ものブリーチャーの触手が一斉が蓬鮴隊長へ突っ込む。一部の触手が斬られると、蓬鮴隊長は囲いの外に現れた。ブーストランで囲いを抜け出した蓬鮴隊長は振り返る。

 5本の刃が加速してブリーチャーたちに向かっていく。それぞれの刃が違う動きをする。触手を伸ばすスピードを遥かに超える斬撃の速度では、硬い皮膚もまったく歯が立たない。なす術もなく体は傷つけられていく。


「全隊員に告ぐ。もしまだ暴れたりねえ奴がいるならエリアEに行け。殺しがいのある獲物がいるらしいからな」


 蓬鮴隊長の通信を聞き、笑みを浮かべる男。シールドモニターを通して不気味に映るも、目元は黒い髪に覆われて見えにくい。


「もうこっちはいなさそうだしな。あとは後ろの方だけか?」


 機体スーツに入っている男は振り返る。遠方で灰色の煙が上がっていたり、雷が落ちたような音が鳴ったりと騒がしい。くすんだ街並みと深い農林に富む景色は、未だに物々しさを帯びていた。


「新入りの狼狽うろたえっぷりでも拝んでみるか」


 濁った音を立てて飛ばす機体スーツ。住宅の破壊もいとわず、目的地を目指して駆けていく。

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