karma6 八つ当たり

 住宅地をつなぐ道路を2メートルから3メートルの機体スーツがものすごい勢いで通り抜けていく。曇天が見下ろす街並みに響く轟音。それは機体スーツが街を走り回る音だけではない。

 周りに田畑が広がる通りでは、建物が崩れていく様が見て取れる。そして、放物線を描く茶黒い触手も。

 勝谷はニヤリと笑みを浮かべ、激しい破壊が起こっている場所へ向かう。


「こちら勝谷! エリアEにブリーチャーを確認。個体数は不明。これから急襲する」


しゅん


「はい!」


 下田は勇ましく返す。


「お前は勝谷のフォローに向かえ」


「了解」


 続々と隊員同士の声が流れてくる司令室で、隊員と鬼平参謀士官が事の成り行きを見守っている。室内にはオペレーターと情報総括員の外部とのやり取りに関わる話し声が交錯していた。

 隊員はモニターに映る攻電即撃部隊ever5の様子を、誰と会話するわけでもなくじっと見ている。鬼平参謀も椅子に腰かけたままモニターを注視するだけだ。


「鬼平参謀。こちら攻電即撃部隊ever8」


 鬼平のワイヤレスイヤホンに流れる声が深く低い音色をもって鼓膜に貼りつく。


「どうした? XAキス隊長」


「加勢の準備を整えておきますか?」


「ああ、近辺で待機していてくれ」


「了解」


 モニターに映るブリーチャーが千手観音の真似事をするかのように触手を扇状に広げて、素早い振りで人型の戦闘機械を攻め立てる。

 リアルタイムでブリーチャーを見るのは久しぶりだった。氷見野は自然と眉をひそめる。


 ブリーチャーは攻撃を受けて悶えている。たった1人で3体のブリーチャーを相手にしている隊員を羨望の眼差しで見つめる新人隊員がちらほら。触手に捕まってもすぐに放電させて触手を弾き、即座に攻撃を開始する。

 棒の先端に鈎爪かぎづめのような刃物を振り回し、ブリーチャーの肉を刈り取ってしまう。

 モザイク処理もされない映像に思わず視線を逸らす氷見野。墨になっていく住宅が火を吹いている。森林への火災被害を食い止めるべく、ヘリコプターが上から泡を立てながら放水をしていた。


「エリアDクリア」


「エリアFクリア」


 蓬鮴ほうごり隊長にも続々と報告が入ってくる。着地点からブーストランで3キロ先に来た蓬鮴隊長は足を止めた。

 四足歩行の生物が前進している姿を捉える。シールドモニターは3体のブリーチャーと2体のベルリースコーピオンであると表示した。田畑に植えられている作物には一切興味を示さず、素通りしていく。


「エリアG、5体のブリーチャーを確認。おそらく一集合体の核がいる。戦いたい奴は来い」


 蓬鮴隊長が着ている機体スーツの左腕が稲光を放って消失する。すると閃光が激しかった手首から下が溶けていく。赤い飴状になった左手が少しずつ形を伴う。鋭く、そして大きく。長く整えられた新しい機体スーツの左手は、熱のせいで赤くなっている。

 融解した左手は5本の刃となった。刃は左手首から出ている黒い鎖状のロープにつながっているようだが、なぜかそのロープはまったく赤くなっていない。左手首の口から蒸気を噴く。周りに煤けた臭いが漂う。

 蓬鮴隊長の機体スーツは走り出す。無警戒のブリーチャーにトップスピードで迫り、高熱の左手の刃を振るった。



 一方、勝谷は相棒として使っている銃剣型の武器でブリーチャーと戦っている。銃身が電気で作成された剣となっており、弾丸でもある剣を飛ばせる武器だ。

 従来の銃剣の機能を施しつつ、ブリーチャーを倒していく勝谷。しかしどんどんブリーチャーが湧いて忙しなく感じる。下田隊員と共になんとか戦っているものの、数が減っている気がしない。


「どうなってんだクソ!」


 最初は3体だった。普通のブリーチャーだけだったのにいろんなところからやってきて、いつの間にか囲まれてしまったのだ。下田隊員が応援に来てくれて最悪の事態は免れたが、未だに危機的な状況に変わりはない。


 20、30はいる。それに加え、ブリーチャーの死体が十数体。下田隊員がほとんど倒したものだ。なぜそんな簡単にブリーチャーを倒せるのか見当もつかない。こんなにたくさんいるブリーチャーの中で、なぜ自由に動き回れるのか。

 ブーストランをすればブリーチャーの触手など簡単に避けられると思っていた。こんなにブリーチャーがいてしまっては機体スーツの特徴であるスピードを出せない。


 歯がゆい気持ちを抑え、ブリーチャーと交戦する勝谷。ランダム性に富んだ触手の動きが、一辺に来ると判断が遅くなってしまう。

 ARヘルメットのルート計算も、一定の処理速度を保てないため、あまり待ってもいられない。勝谷は今そんな戦況に呑まれている。


 勝谷の体がぶれた。逆さまになった勝谷は自分の足に絡みついている触手を捉える。剣で触手を斬るが、宙から落ちていく機体スーツに群がるように触手が飛び上がってきた。

 勝谷の銃が咆哮を鳴らす。勝谷の連射速度ではえぐい触手の数をあしらうことはできなかった。

 勝谷は触手の打突をまともに喰らい、上から叩きつけられて飛んでいく。納屋にぶつかって全壊させ、水が張られた田んぼに突っ込んでしまう。だがそのおかげで勢いが止まった。


「……ううっ」


 泥にまみれた機体スーツが起き上がる。シールドモニターについた泥を手で拭う。自分の体を調べるが、破損している部分はないようだ。右手にあったはずの銃はどこかへ行ってしまった。腰に携帯していた予備の電磁銃剣を取る。

 泥が残っているシールドモニターは、前方から駆けてくるブリーチャーを捕捉し直した。

 なんとも無邪気に跳ねながら勝谷に突っ込んで来ようとしている。まるでこっちの方が食いやすいと言わんばかりに。またブリーチャーの割けた口が憎たらしい。

 勝谷の手に力が入る。右手に電流を流し、電気製の銃剣を作り出す。


「舐めてんじゃねえぞ」


 語気を強めた呟きを吐き捨てる。それはブリーチャーが自分を雑魚と認識しているような素振りからでもあるが、根源は違う。

 脳裏に掠める、忌々しい者たちの胸糞悪い吐しゃ物のような残響。鮮明に残っている音は、何年たってもまったく同じだ。色褪せることなく、この頭に残っている。

 自分のために残した。いつか奴らの言ったことを否定する。否定する存在になると決めたのだ。自分の存在が必ず脅威になるために、戦場ここへ来た。


 思い知らせるんだ。自分のルールがこの世のルールのように説いていた者たちに、ここにお前が否定した俺がいると。お前が間違っているんだと。

 証明してやる。

 胸の底から湧いてくる想いを沸騰させた勝谷の足が一歩を踏み出した瞬間、勝谷は雄叫びを上げ、ブリーチャーの群れに1人向かって行く。


 消えた機体スーツ。空間に常に流れる刹那の間に、青龍が表れる。切られた道端の草は舞い上がり、風圧を追い越した刃がブリーチャーの首を斬った。

 突然目の前に現れた機体スーツ目がけて触手が放たれる。その数はたったの5本。後の触手は勝谷の逃げ場を失くすため、あるいは動きを探るために張られた網となる。もちろん、簡単に包囲網は崩れてしまう。だがそれでいい。


 機体スーツが人智を超えたスピードで動こうとも、その痕跡は必ず存在している。そこから導き出されるのはルートの法則性だ。そこに一定の法則性が存在しているのなら、推測は容易い。あとはタイミングを合わせれば捕捉できてしまう。

 勝谷は怒りのままに触手を斬っていき、次々とブリーチャーに傷をつけていく。遠方に距離を取った勝谷は銃撃を開始する。いびつな音を立てて鋭く尖った面長の弾丸が連射された。群れになっているブリーチャーを容赦なく銃撃していく。


 ところが、異質な銃撃音に混じって聞こえてきた。無理やり引きちぎられようとしている怪音が耳にさわる。群集から離れていたブリーチャーもいたとしか考えられない。

 カラスたちは林の中から飛び立ち、曇天を舞う。何かから逃げているかのようだった。それを確認して1秒もたたないうちに、高い木々が並ぶ密林の中から1本の木が飛び出す。

 無理やりちぎられたことを見せつけるかのように、断面を先端にした長い木。横になった木は、スクリュー回転を加えられて勝谷へ真っすぐ飛んでいく。


 勝谷の銃剣はブリーチャーの群集に向けられていた。まだ息の根を止められてないどころか、触手への対処に使われている。

 空いている左手で受け止めるのは論外。ARヘルメットが認識したスピードは時速528キロ。8メートルくらいの長さのある木が回転しながら軌道を真っすぐ保って向かってくる。


 もろに受け止めたらどうなるかなんて考えたことはない。だからこそ恐怖があった。迂闊に受け止めるべきじゃない。

 ならば破壊する。電戟でんげきを浴びせ、衝撃を加える。木端みじんにすればベスト。軌道を逸らせれば及第点。迫りくる大きな矢は、まるで戦闘機がフルスピードで突っ込んでくるような迫力があった。間に合うかどうか分からない。


 血の気が引いていく感覚を覚えながら電戟でんげきを放つ寸前、勝谷は手を伸ばした。青い光の環が機体スーツの二の腕に出現する。勝谷の二の腕に通された光の環は途端に前方へはしり出した。

 光の環はすさまじい速度で勝谷の手を離れると、中央を青く染め、飛翔する。大きな面で空気を押し込んで火花を散らし、飛んでいた木に当たる。

 当たった瞬間、向かってくる訪れた変化は急な減速。次に粉砕。熱傷して灯を持ち、木屑となって落ちていく。

 あまりに突然過ぎて固まる勝谷。田んぼの水に落ちた木屑はすぐに灯を消されてしまう。

 円環の光は忽然こつぜんと消えてしまった。その痕跡はちゃんと残っている。ミステリーサークルというオカルトティックなものではない。


 瞬間的な加熱により、分子構造は破壊される。光にさらされた可燃物質はひとたまりもない。

 殺傷範囲にあった木造住宅は一瞬にして加熱されたことにより、大爆発を起こして火を吹いた。爆発によって崩壊する住宅が支柱を失って傾き、無残に堕ちていく。左半分は火の中に。集まる近辺の住宅もいずれは火の中へ飲み込まれることだろう。


 家の中に人はいない。それは発砲者のシールドモニターが確認した。薄い唇は息をついて安堵する。

 勝谷の視線は背後へ向かう。歩いてくる機体スーツ。堂々としている様はおそらく先輩隊員。そう思いたかった。


「さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ?」


 煽るような言い草と声色がARヘルメットの中に響く。右のこめかみにじわりと熱が広がっていく。勝谷はARヘルメットの耳裏の辺りにあるセンサーに触れる。


「うっせえ! こんな数相手に無傷でいられるか!」


 シールドモニターが自動で機体スーツを分析してくれる。機体スーツの型番と隊員番号アーミーナンバーが一致。シールドモニターに『0552. ever5 kiyosuke saimatu』が表示される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る