karma2 武装仮体

 翌日。攻電即撃機保管室の扉が開く。おずおずと周りを見回しながら氷見野が室内に入ってくる。

 検査技師や整備士たちがまばらにおり、まったりとした空気に包まれていた。保管室に来るよう言われたから来たものの、どこに自分専用の機体スーツがあるのか分からない。


 仕事をしている他の職員がいるにもかかわらず、中央の大きなモニターの前の椅子に座る海堀詩音かいほりしのんは、孫の手を片手に小さな体を丸めて背中を掻いていた。

 目を瞑り、背中の痒みに神経を研ぎ澄ませている。孫の手がピンポイントで掻いてくれる時に感じる気持ち良さにまどろんでいた。なんとなく目を開け、周りに気を配った海堀の目に映る不審な氷見野の姿。


「仕事なんじゃろほほいのほいっと」


 妙な言葉を呟く海堀は重い腰を上げて、氷見野に歩み寄っていく。


「ひーみのさんっ!」


 氷見野は自分を呼ぶ声の主を探す。目立つ低身長の女性。以前とは違ってちゃんと整備士らしいつなぎ服を着ている。


「てえの鳴るほーへ」


 海堀は口元に不敵な笑みを浮かべ、空いている手で手招きをする。孫の手で肩を叩きながら歩き出す。口ずさむように誘導する海堀に、氷見野の眉の皺が寄る。あんな感じの人だったかなと疑問が頭にもたげた。


「はい」


 氷見野は小さな案内人についていく。セットすらされていない海堀の髪は起きてそのまま放置されているように見えた。自分の身なりに興味がないのだろうか。

 さっきから気になっていたが、氷見野以外の新隊員の姿が見えない。みんなはまだできていないのか、それとも別件で動いているのかまったく知らされていなかった。

 少し不安を覚えていたら、海堀がある機着子宮器のカプセルの前で、くるっと回って氷見野に向き直り、立ち止まる。


「これが、完成形ですっ!」


 海堀が誇らしげに孫の手で機着子宮器に投影された機体スーツを差す。薄紅色の光を浴びてカプセルの中に収まっている。

 正面の透明な蓋からしか見えないため、その全体像は分からないが、形状がほぼ同じの機体スーツ。配色もまさしく、攻電即撃部隊ever機体スーツを示す紫と白のコントラストだ。

 緊張と興奮が曖昧に湧き上がる。同じかどうか氷見野には断定できないが、男の子がロボットを見て興奮する気分を味わっているような気がした。


「気に入ってもらえてよかったよ」


 見惚れている氷見野を覗き見る海堀は満足げに言った。


「ありがとうございます」


 氷見野は丁寧にお辞儀をする。


「武器の出し方とか、特別機能なんかの新しいものはマニュアルモードで説明してくれるようARHにインプットしてあるわ。指示で切れるからうまく使ってね」


「はい」


「新しい機体スーツを着て練習したかったら特殊整備室に連絡して。メンテナンスの時間を調整するから。練習場所は事務局に聞いてくれたら自動で日程が表示されるわ」


「助かります」


「練習してみてもう少し調整してほしいこととか、実装してほしい機能なんかがあったら相談して。できるだけこっちで考えてみるから。じゃ、頑張ってねー」


 振り向いてスタスタと中央モニターの方へ戻る海堀。手に持つ孫の手をぶらぶらさせて歩く姿はお転婆な少女のようだ。


 氷見野はもう一度カプセルの中の機体スーツを見つめる。

 真新しい機体スーツの着心地や使いやすさなど、期待が高まることだらけだ。だが浮かれてもいられない。この機体スーツは生命線。この機体スーツをどれだけ使いこなせるか。

 それがきっとたくさんの人を救うことになる。今よりもっと強くならなきゃと、武者震いにも似た小さな震えを感じて軽く拳を握った。


 氷見野は居ても立ってもいられず、一度部屋に戻って着替えなどを詰めたトートバッグを持って、更衣室へ入る。

 Extract-ion wearエクストラクトイオンウェア を着て攻電即撃機保管室に戻ってきた。海堀にはさっき練習がしたいと言っている。海堀は「もうメンテナンスは終わってるからいつでもどうぞ」と気の抜けた返事で快くオッケーしてくれた。


 氷見野は機着子宮器の前に立つ。膝くらいの高さにある台の上にのぼって止まる。すると、機着子宮器が斜めに傾き、透明な蓋が開いた。

 氷見野は卵型の機着子宮器の中に仰向けで寝そべる。蓋が閉まり、いつものように赤い金属カプセルの内面の上から下へ、青い光の横線が流れていく。


「ウォーリア個体確認。隊員番号0641。ボディ計測完了。適合シミュレート完了。機体スーツ装着を実行。機体スーツ装着中は動かないでください」


 作動音とかすかな震動が肌をつつく。それに身じろぐこともせず、身を委ねた。

 カプセル内表面から飛び出した光の輪が氷見野の各部位に吸い寄せられる。光の輪は大きさと変化させながら同じところ何度も行き来し、機体スーツを生成していく。

 氷見野は別室へ下り立ち、機着子宮器から出た。第一段階まで機体スーツを着た氷見野が露わになる。

 天井から出てきた大蛇のようなアームは中から細いアームを出して、氷見野の両腕を掴んで体を持ち上げた。腰を本軸アームが固定し、動きを制御させる。

 アームが忙しなく作業していく中、氷見野は目を瞑ってされるがままだ。手と足が作られて完了すると、機械から頭を出している氷見野にARヘルメットが渡される。


 氷見野の機体スーツが乗っていた台は押し上げられていく。上へ続くトンネルを抜けて、訓練室まで運んでくれる。

 氷見野は機体スーツ内の手元にあるグリップを握った。機体スーツが静かに作動音を立てる。体が熱くなり、氷見野のARヘルメットのシールドモニターがこれまでにない表示を見せた。



 auto setting now...




 ever program start up.

 0054916302147

 xxx order option from 0641.


 good luck.



 氷見野の機体スーツは第二訓練室に入る。訓練室にはすでに数体の新しい機体スーツがいた。

 すごく体に馴染んでいるような気がする。今まで着ていたどの機体スーツよりも自分の体であると錯覚してしまいそうだ。


「お、氷見野さん」


 シールドモニター越しに見える顔が微笑んでいる。


「おはよう。興梠君」


「氷見野さんも練習?」


「ええ。西松君たちは?」


 興梠は眉尻を下げて笑う。


「早速新しい機体スーツではしゃいでるよ」


「っ……!?」


 氷見野は腕でひさしを作って突然吹いた突風を凌ぎ、バランスを取る。興梠も驚きながら、身を少し低くしてバランスを取っていた。

 通り過ぎた2つの突風の行方を氷見野と興梠が確認しようと視線を振る。

 同じような機体スーツがブーストランで走っている姿を見つけた。かなり必死なようで、機体スーツが武器やなんやらで追いかけている機体スーツを攻撃している。


「いつもの兄妹きょうだい喧嘩さ」


「もうあんなに乗りこなしてるのね」


「基本的なことはあんまり変わらないよ。性能が高くなっているから、ブーストランの状態の感触と武器の動作や威力を確認しておいた方がいいみたいだ」


「そうなんだ」


「あの2人は放っておこう。あっちで葛城たちが練習してるから行きましょう」


「うん」


 氷見野は興梠についていく。

 その姿を捉える私怨を醸し出す目。勝谷は舌打ちをして視線を逸らした。

 氷見野たちは一緒に新しい機体スーツの機能を確認したり、操作について話し合って情報を共有したりと、有意義に時間を消費した。

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