karma15 痛みを知る強さ

 氷見野は目にうっすらと差し込む光を感じる。そして自分の呼吸。とても長い呼吸のリズム。息づかいの音はイヤホンで聴いているかのように、音響の感触を持っている。

 それと共に聞こえてきた耳障りな騒音。でもどこか聞き覚えのある音だった。だんだんさっきまでのことを思い出してくる。今の今まで、聞いていた音。有するものすべてを出して、ぶつかっていた想い。


 突っ伏していた機体スーツがゆっくりと起きる。

 徐々に戻ってくる感覚。機体スーツの優れた性能のせいか、ほんの数秒意識を失う前より感覚が鋭くなっている気がした。壁の破片が砕けて砂に混じり、機体スーツに付着しているだけで痒みを覚える。膝立ちした機体スーツが両方の前腕ぜんわんについた砂や破片の粉を払い落とす。


 その様子を見続けていた琴海と藍川は、氷見野が数秒足らずで起き上がってくれたことに安堵する。


「お嬢さん方ー?」


 床に突き立てた棒を脇で挟み待っていた藤林隊長は、退屈そうに2人を呼んだ。


「もういいかなぁ? そろそろ限界なんだよねぇ。あと5分しかないし」


「分かりましたよ。さっさと倒してあげるから、そこで大人しくしててよねっ!」


 琴海が藤林隊長に右手をかざした瞬間、放電するかのように蒼いビームが放射された。直径は20センチ。眩しい光と共に流れた放射物だったが、すぐに途切れる。それはわざとそうしたに他ならない。

 琴海は左手に持つ大鎌で振り向きざまに後ろからの棒の突きを弾く。藤林隊長の棒術の連続攻撃は素早く、琴海の機体スーツの脚に直撃する。機体スーツの膝の辺りでジジッと鳴った。


 機体スーツ内ではつま先の位置に当たるが、親和律の高い着用者の副作用的な反応として、機体スーツが受けた同部位に痛みを発する。琴海は藤林隊長を大鎌で振り払った。


「大丈夫ですか、ことうみ」


 藍川は琴海に駆け寄る。


「っ……平気よ」


 琴海は真っすぐ睨みつける。熱烈な視線を受ける藤林隊長は、気迫のこもった想念を軽く受け流すみたいに柔らかな笑みを見せている。力をぶつけ合う者同士に映った表情の違いだけでも、実力の差は歴然であると示していた。それが逆に琴海を焚きつける。

 柄を強く握りしめ、琴海は急加速した。反骨心からみなぎる気力を現すように、凶暴な電気的エネルギーを纏って大鎌の刃が藤林隊長に襲いかかった。


 氷見野は辺りを見回す。Bチームの2体の機体スーツが床に座り込んでいる。戦闘復帰は望めない。

 氷見野から数メートル離れた場所で留まり、電気の弾丸を放っている機体スーツがいる。2、3発撃って敵の様子をうかがうことを繰り返す。ARヘルメットのシールドモニターが氷見野に向く。

 交わった視線。無情に感じられる瞳は氷見野を捉えたまま、体の正面を向ける。


「まだ戦える?」


 周りの雑音に混じって、いずなが問いかけた。氷見野は片膝立ちになり、横に落ちていたつかを取る。刀身が消えているため、ただの缶のように見えてしまう。氷見野はゆっくり立ち上がり、深く息を吐き出した。凛とした瞳をいずなに向け直す。


「ええ、勝負は終わってないわ」


 氷見野の片手に握られている柄の先から濃厚な青い光が吹き出し、刀身が戻っていく。

 踏み出す素振りもなく、氷見野の機体スーツは消えた。氷見野はいずなに斬りかかる。いずなは軽々とかわし、すぐに電戟でんげきの剣を振るう。氷見野はいずなの剣を刀で受け止めるが、もう一方の剣を弾く余裕はなく、距離を取るしかなかった。


 いずなは麗しく光る双剣を携えて氷見野に迫っていく。氷見野の前腕ぜんわんの外側表面の一部がスライドして開いた。掌サイズの四角形の穴から黒い缶が飛び出す。

 いずなはそれを避けて氷見野を追う。落下途中の黒い缶は赤いLEDの光を灯す。


 缶の上部が自動でくるりと回って、胴体がわずかに伸びる。回して伸びた胴の切れ目から現れた隙間。3センチの隙間から黒いロープが何本も出て、いずなの機体スーツに絡みつく。黒い缶はいずなに絡ませたロープを巻き取って機体スーツの背中に密着する。

 身動きが思うように取れなくなったいずなのブーストランが止まってしまう。

 氷見野はこのチャンスを取り逃すまいとブーストランで駆け出した。氷見野の手が刀のつかを強く握りしめる。


 新人がこんなことを思うのはおこがましいのかもしれない。ただ、いずなに少しでも張り合える強さがあれば、必ず攻電即撃部隊ever4のため、ウォーリアの人々のためになると思った。

 この一撃が、未来へつながる始まりとなる。ありったけの想いを込め、迷いのない加速が限界に達し、いずなの機体スーツの手前で刀が振られた。

 いずなの機体スーツまで5メートルという距離になった瞬間、青く光る網のような物が現れ、ぶつかった氷見野を弾き飛ばす。

 いずなの周りを囲うように現れた網は白い閃光を放つ。機体スーツに絡んだ黒いロープが焼き切れ、断裂したロープは暴れ馬となる。黒い缶は役を終えて床に落ちた。


 氷見野は床に機体スーツを打ちつけながら転げていく。すぐに起き上がろうとするも、完全復活したいずなの機体スーツが迫っていることを、ARヘルメットのシールドモニターが知らせてくる。

 焦りのあまり苦し紛れに振った刀は空を切る。そして、激しく胸を打つ痛み。全身を駆け巡り、動けなくなった。いずなが右手に持っていた剣は、氷見野の着ている機体スーツの中心を貫いている。刀身の根元まで達し、氷見野の体を支える形となった。


 いずなの剣が氷見野の機体スーツを突き抜けた時、周りでずっとうるさく鳴っていたどんな音よりも恐ろしく響き渡り、隊員たちの目を惹く。いずなの右手にもたれかかる氷見野の機体スーツが、ずり落ちていく姿を捉えた。

 機体スーツが無防備に床へ落ち、重たくいびつな音を鳴らす。その音が室内に通った時、誰が合図したわけでもなく、戦禍の喧騒がやんだ。

 先に手足を止めたのはBチームではなく、攻電即撃部隊ever4の隊員の方だ。衝撃的な音と氷見野の様子で、いずなが何をしたのか悟った。まさかそこまでやるとは思っていなかったために、攻電即撃部隊ever4の仲間は呆然とした。

 いずなの両手に持たれていた電撃の剣刃が消える。柄をクルっと回し、腰に携帯させると、新隊員と攻電即撃部隊ever4の仲間に目を合わせることもなく、訓練室の厳重な扉へ向かい出す。


 無言の意思表明にどうするべきか困惑する一同だったが、1体の機体スーツがブーストランを始める。その動作はあきらかに目立つ行動だった。

 いずなもその動きに気づく。いずなは激しい怒りのこもった形相をARヘルメットのシールドモニター越しに捉える。

 猪突猛進の機体スーツはいずなに拳を振るうが、片手で簡単に受け止められ、腰に蹴りを入れられてしまう。

 まともに横腹に蹴りを入れられた西松は、大きく飛ばされていく。西松の行動にいち早く反応した御園は、彼が飛ばされる方向へ先回りし、機体スーツを受け止めた。


 西松の行動に驚く声も出せない他の隊員たち。乱闘でも起きそうな雰囲気は空気を伝播でんぱして張り詰める。西松は痛がる様子を見せながら体を起こした。

 いずなは冷ややかな目で西松を見つめ続けている。

 西松は立ち上がり、敵意の目をいずなに向けた。西松の着る機体スーツの指が、ヘルメット耳裏辺りのセンサーに触れる。


「なんで最大出力で斬った!?」


 ヘルメットからマイクを通した怒号が響く。薄黒いシールドモニターを介して、眉間に皺を寄せた西松の表情がうかがえる。


「模擬的な電磁刃でんじばだったとしても、最大出力のライトブレードで人を斬れば、簡単に負傷させることができる。あんただって知ってんだろっ!」


 藤林隊長は西松に歩み寄ろうとする。その時、片手で前を塞ぐ攻電即撃部隊ever機体スーツが1体。シールドモニターの奥には不敵な笑み。

 もう片方の手をシールドモニターに引き寄せ、人差し指を立てる爽やかな男。面白がっているようにも見えるが、男の制止を呑んで少し見守ることにする。


攻電即撃部隊ever4に入る氷見野さんが気に入らなかったのか? 人選に文句があるなら上に言うべきだろ! 攻電即撃部隊everのエースだかなんだか知らねえが、俺はあんたのやり方が気に入らねえッ!!」


 いずなは少し視線を落とす。思いつめるような表情になったまま、少しの間ができる。しかし、いずなは立ち止まって動こうともしない。

 氷見野の機体スーツは傷だらけになった床の上で横たわっていた。息を引き取ったセミのようにピクリと動かずとも、朽ちぬ体躯たいくはなおも動き出しそうな予感を思わせる。

 張り詰める緊張の中でも、氷見野のことが気になって仕方がなかった琴海は駆け出していた。つられた藍川も氷見野に駆け寄っていく。

 何も言い返してこないので西松が口を開こうとした時だった。


 いずなの手がARヘルメットに触れて離れる。

 一度閉じた瞳が西松をスッと捉え直した。


「204人」


「え?」


「私が攻電即撃部隊everに入って、出会った隊員の数であり、死んでいった数」


「……」


「顔も、瞳の色も声色も、喜びも悲しみも。204人の記憶は、今も私の中で生きてる。色褪せることなく、ずっと……」


 切なさを醸し出すも、無表情のいずなの様子に返す言葉が見つからない。西松はいきなり心の中に踏み込まれたような感覚に襲われていた。


「あなたもそういう人がいるはず」


 西松は体の強張こわばりを感じる。それに抗うように拳を強く握りしめる。


「どんなに強くなっても、私だけじゃ救えないものはたくさんある。救えるものだけ救い、救えないものは見捨てるしかなかった。そうやって生きてる私たちは、きっと許されないのでしょうね」


「なんの、話をしてんだよ……」


「私もいずれ、204人の人と同じになるかもしれない。誰にも救われず死を迎えるの。そうなった時、私の代わりに戦ってくれる人が必要ってことよ」


「それが……氷見野さん?」


 いずなは倒れている氷見野に視線を投げる。澄んだ瞳がぐったりした氷見野を捉える。


「私たちが知るべきなのは痛み。力を持つ者であればあるほど、強い痛みを知っておかなければ、戦場の生々しくむごたらしい痛みには耐えられない。精神を壊していく優れた力を持った人もいたわ」


 神妙な面持ちで、オレンジ色の髪をした男は、手に持ったドライブ式ガトリングガンを背中に回す。武器は背中の固定フックにガチっとはまる。


「生かすも殺すも私たち次第。彼女に期待し過ぎるのはよくないのかもしれないけど、ブリーチャーは待ってくれない。着々と私たちを倒す準備をしているはず」


 いずなは難しい表情で西松を見据える。


「強くなってもらわないと、私が困るの。私にとってあの人が……」


 落とした言葉がどこかに消えてしまったかのようにつぐんだ。いずなは一瞬悲しげな表情を見せて訓練室の扉へ向かっていく。

 西松は戸惑いのあまり立ち尽くしてしまう。


 高く昇っているボロボロのゴンドラに乗っている車屋隊長は、ARヘルメットの聴覚部にあるセンサーに触れて接続を行う。


「藤林隊長、試合は終了でいいかな?」


「ああ、どうやらパーティーはお開きのようだ」


 いずなの背中に意味深な表情を投げる藤林隊長はそう呟く。


「……」


 車屋隊長は全機体スーツに接続し、後味の悪い空気の中、試合終了と、攻電即撃部隊ever4の勝利を告げた。

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