karma14 新人類の女王

 氷見野は歯を食いしばりながら小さなこえを上げる体で立ち、緩やかに反る青い刀を構え直す。

 氷見野は疾風の如く駆け出した。氷見野が着た機体スーツはいずなに急接近して刀を振るう。いずなは双剣で弾く。お互いに反動を受けるも、次の動作へ移るのが氷見野より早かったいずなは、反撃の一太刀を繰り出す。


 氷見野は回避して、いずなに負けじと刀を振るっていく。

 両者の攻防がものすごいスピードで展開され、だんだん速くなっている。手数や動き、細かく述べるならそこまでに至るが、あらゆる仕掛けがたった数秒で織り交ぜられていることは、シールドモニターを通さなければわからない。


 機体スーツとの親和律によって機体スーツの動きの速さそのままに体が動いてくれる。ごくわずかな時間の中で認識、判断、行動するという一連の処理を行うには、いくらARヘルメットが補ってくれるとはいえ簡単ではない。

 加地隊長が言っていたように、慣れがいる。何千、何万回機体スーツを着てきたいずなとの差は大き過ぎた。


 空間の一部で、何度も激しく交わる3つの電撃の刃は、目に害悪をもたらしそうな青い筋の光を空気中に飛散させていく。

 機体スーツの足の裏が床を擦る。空気を裂いた不定形の刀が泣き喚くかのようにひずんで音を立てる。それらすべてがやかましく、狭苦しい時の中に無理やり詰め込まれた。

 その流れにいる者がおくれを取れば、一時その場を凌げても、次の手の選択肢は減っていく。それが積み重なって大きなダメージを負う結果になる。


 氷見野はいずなから距離を取ろうとするが、いずなはすぐに距離を縮めてくる。逃げる隙もほとんど与えてくれなくなった。逃げていると思わせておいて突然反撃へ転じるフェイクも通用せず、がんじがらめのまま防戦に陥る。

 氷見野はそれくらいしか活路を見いだせなかった。いずなの嵐のような攻撃を凌ぎながら何度か挑戦して、隙をうかがってチャンスを突く。そうしたかった。

 氷見野の機体スーツは縦横無尽に室内を駆け回る。他の機体スーツにぶつかりそうになりながら、いずなの攻撃から連続性を断つ。経験とスキルで勝るいずなは追いつく。刀が交わり、双剣が別角度の軌道を描いて氷見野を襲う。


 氷見野は近くの右の壁に飛び、足で蹴っていずなの後ろに回り込もうとするが、動きを読んでいたいずなが着地する前の氷見野に迫っていく。

 その前に氷見野の刀を持つ右手が、受ける準備をした左手に向かって軽く投げられる。持ち替えられた刀は、その流れのままに振られた。


 双剣を振ろうとしたいずなだったが、氷見野の刀が持ち替えられるのを捉える。その一手に関してだけは氷見野の方が速いと判断したいずなは、とっさに体を退く。

 避けられはしたが、反応が遅れていると察知した氷見野はすぐさま攻勢に出る。自分の刀がいずなに触れる未来を描く。ためらいはない。何度も使っている刀が模擬的な電磁刃でんじばであることは説明されているし、試し切りもしている。

 今はいずなに一太刀でも入れること。攻電即撃部隊ever4に氷見野が選ばれたことに、誰もが納得するだろう。そして、選んでくれた期待に応えたかったのだ。


 氷見野が反撃を仕掛けに来たのを見計らって、いずなの片腕が振られる。その時、振られた剣の長さでは氷見野に届かないはずだった。

 いずなが後ろに飛んで間もない中で振られた剣は、前に押し出す力が半減しているものの、剣自体が強いエネルギーを持っているため、さしたる問題にはならない。要は攻撃範囲だ。

 いずなの剣は急激に形を変えて波打つ。まさに電流が走るように蒼い剣が波打ちながら高速で伸び、氷見野の体を通り抜けた。

 氷見野の機体スーツが前のめりになる。ガタガタと思考が崩れていくような音が遠ざかっていく。氷見野は自分の体じゃなくなった感覚に襲われた。見えない何かに拘束されたような感覚が全身を縛り、バランスを失った体が倒れる。


「氷見野さん!」


 少し離れた場所にいた西松は倒れた氷見野に気づき、自分も危機的な状況にもかかわらず大声で氷見野を呼ぶ。ARヘルメットでこもるはずなのに、西松の声は騒がしい室内のわずかな静寂の中によく通る。

 高速で動き回っていた機体スーツたちの動きが一瞬止まった。誰もが氷見野の様子を一瞥いちべつする。しかし、すぐさま自分の相手に注意を戻した爽やかな小顔の男性は、油断している西松に襲いかかった。


 無防備な西松の死角に入り込むまで数十センチと迫った時、蒼い光が爽やかな男めがけて貫こうとした。

 青白いレーザーが西松の横を通り抜ける。不意打ちされた西松は、耳のすぐ近くで鳴った大きな音と眩しい光に驚いて反射的に離れる。

 その拍子に西松はよろけて転倒してしまう。

 青白いレーザーはものの2秒で空気の中に溶けて消えた。


 爽やかな男は西松から離れた場所に現れる。


「もうちょっとだったんだけどなあ……」


 爽やかな男は安堵の笑みを見せて呟く。


「あなたたちって本当に世話が焼けるわね。そんなんで本当にこれからやっていけるの?」


 高杉恵は呆れを込めて苦笑交じりに呟きながら、飛びのいてこけている西松に歩み寄っていく。


「わ、わりぃ、また助けられたみたいだな」


 西松は乾いた笑みで取り繕い、立ち上がる。


「しっかりしてよ?」


 再び激しい戦闘が開始される。だが藍川と琴海、藤林隊長はまだ氷見野といずなを見つめていた。藍川と琴海は氷見野がもう限界にきているんじゃないかと心配になる。


 それと同時に、なぜ島崎いずながあそこまで氷見野に戦わせようとするのか疑問だった。あれだけ攻撃を喰らわせ、動きも生身と変わらない鈍さなら、まだ元気の有り余る対象に攻撃を移した方が効率的だ。

 目の敵にするかのように厳しく、心身ともに執拗に追い詰めるいずなの行動に疑念と嫌悪を抱いてしまう。


 藤林隊長は憂慮する琴海と藍川の反応に苦い表情を浮かべ、いずなと氷見野の姿に思いを馳せる。



ЖЖЖЖЖ



 藤林隊長は、新隊員配属会議で攻電殻即撃部隊ever4に入れたい新隊員の希望を各隊長に伝えた。藤林が予想した通り、動揺や困惑といった表情が並んだ。


「ちょっと待てって。藤林隊長、いくらなんでもあの人はないだろ」


 加地隊長は藤林隊長に苦言を申し入れる。


「まさか、あんたも俺と同じか?」


 金城隊長はいやしい疑念を向ける。

 藤林隊長は手元にあるコネクターに表示された氷見野優の基本データを見ながら引き締まった表情になる。


「まあ、みんなの言いたいことはわかる。だけど、あの人はうちで預かった方がいいと思った。総司令官も喜んで受け入れてくれたよ」


 各隊長は耳を疑う。朝日孝二郎総司令官が勧めること自体疑わしいが、もう1つ、気になることがあった。


「わざわざ総司令官に聞いたのか?」


 車屋隊長は体を前のめりにして聞く。


「ああ」


 わざわざ総司令官に伺いを立て、誰も候補にすらしてない新隊員を入れようとする藤林隊長の意図が理解できなかった。

 そもそも、総司令官に伺いを立てたところで便宜べんぎが図られることはない。この会議で話し合って決を採ることになっている。


「彼女が攻電即撃部隊ever4でなければならない理由がないと、私たちは納得できない。ちゃんとあるんでしょうね? 藤林隊長」


 竹中隊長は疑いの眼差しを向けて問いかける。藤林隊長は鼻から息を吐き出しながら、濃い紫色の皮椅子の背にもたれた。


「入隊試験、機体スーツ操作訓練。合格ラインではあるが、器用な戦闘と柔軟な判断力以外はどれも物足りない。だけど彼女は、この部隊に入るべくして入った。僕はそう思うよ」


 藤林隊長はそう語りながらコネクターを操作し、最近取られたデータを各隊長のコネクターに送信した。他の隊長は藤林隊長から送られてきた添付資料を開く。

 それはウォーリア研究室が作った資料だった。氷見野優の何かのデータらしい。数字とグラフ、専門用語が時折入る文章が添えられている。各隊長が注目したのは結果報告の欄。それを目にした時、ゴーグルの男以外の隊長は一様に驚いた。


「冗談だろ……」


 加地隊長は言葉を呑む。


「いいや、何度調べても同じ結果が出たよ」


「なるほど。それで総司令官に……」


 車屋隊長はしみじみと噛み締めるように言う。


「彼女は、国内2人目のクイーンってわけさ」


 資料を見て一転、各隊長は藤林隊長の希望に同調した。今回は1人だけしか入れないことも、彼女を徹底的に鍛えることに協力してくれることも。

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