karma11 特別訓練

「6人も倒せちゃった。ちょっと張り切り過ぎたかもしれませんね」


 攻電即撃部隊ever1の香山柾木こうやままさき隊員は押しつけていた新隊員の頭から手を離す。床にはくっきりと衝撃の痕が残っている。やられた隊員はピクリとも動かない。物理的な衝撃とスタンガンのような電気が頭に走ったことにより、気絶させられていた。


「だが我々の速攻に反応できる新人もいる。これは収穫だ」


 クスリと笑うこともなく、車屋隊長の細めた目が残ったAチームの新隊員を捉える。

 ARヘルメットに反応させない速度でやられた。1億分の1秒という単位で演算処理できる、ハイパーテクニカルアビリティを持ってしても、彼らを捉えられず反応も認識もできない。新隊員のブーストランを使った訓練ではそんなこと一度もなかった。

 未知の境地にいる目の前の隊員たちの実力を一瞬で見せつけられ、動揺する桶崎たち。

 同じく即席の観覧場から見ていた氷見野たちも絶句していた。これから戦う攻電即撃部隊ever4に対して、小細工のような作戦を練る気も失せてしまいそうだ。


「4人になっちまったな。さて、どうする?」


 車屋隊長は新隊員に投げかけるが、桶崎たちは身を屈めて固まっている。


「フッ、上等だこのヤロウ」


 勝谷は口角を上げて小さく悪態をつく。


「この状況であんたらを倒せば、新入りで少佐クラスくらいにはなれるだろ」


 江夏と羽紅は勝谷の発言に耳を疑う。


「いいだろう。掛け合ってやる」


 車屋隊長はシールドモニターの奥でニヤリと笑みを浮かべる。勝谷の機体スーツが青白い電流を見せて消えた瞬間、他の機体スーツも消える。

 攻電即撃部隊ever1の隊員は隊列を崩すことなくバックする。攻電即撃部隊ever1は目で確認できるほどのスピードだが、足を動かしていない。何かに引っ張られるように動いている。


 勝谷たちAチームは壁という壁を走り伝い、先回りしていく。攻電即撃部隊ever1の隊員の背後を取った勝谷が上から突っ込む。グイッと後ろから出した足が1人の現役隊員の頭に振られた。

 片腕で受け止めた現役隊員は勝谷の蹴りを受け流す。周りにいた他の攻電即撃部隊ever1の隊員は、勝谷が突っ込んできたと同時にブーストランを使って散る。


 着地した勝谷は半身になって左腕を上げる。肩の高さに上げられた腕は真っすぐ伸び、拳は固く握られている。その伸ばした腕の下に出ている黒光りの砲身の穴は、勝谷が標的にした攻電即撃部隊ever1の隊員に向けられた。

 穴から飛び出す濃厚な青いレーザー。液状の色合いと振る舞いを見せて直進する光は、空間に焼きつけるような閃光を放った。直進する攻撃的な光が、壁に焦げ痕をつけて消失していく。


 勝谷の注意が逸れている横から別の隊員が向かう。手に握られたくびれのあるつか。刃の形を持って柄から出ている。

 幅を大きく取られた刃は、ブーストランをした隊員の手によって勝谷に刃向かう。電流の刃が勝谷の機体スーツを斬る。しかし、勝谷の機体スーツは霧が晴れていくように消えてしまう。


 勝谷は天井まで飛び上がっていた。勝谷の足はしっかりと壁に固定される。下半身だけでなく、上半身にもしっかりと磁力が働いているおかげで、機体スーツは綺麗な垂直を保つ。上げた両手は頭の後ろに回る。

 硬い両腕の表層に折れ曲がる極めて小さな電気の筋を作った。壁に立っていた勝谷の両腕が振り下ろされる。

 雷鳴の如く咆哮ほうこうを上げ、隊員の頭上に落ちた電流の柱。頭を守るように上げた現役隊員の両腕から発する電磁バリアにより、電流の柱とぶつかり、頭上で電気の波が放射状に這っていく。


「がああ!! うるせえーーーー!」


 西松はひざまずいて狼狽うろたえる。

 訓練室の中のあちこちで響く濁った爆音。カメラのフラッシュがたかれたように散らばり点滅する光。クラブ会場にしてはうるさ過ぎる。

 新隊員は音波を受信するヘルメットの部位を塞ぐしかないが、そんなことでは感度の高い受信機が音を遮断することはない。


「耳がもげるっ」


 興梠も音にやられそうになっている。

 氷見野も同じく耳をおかしくさせる音を必死で意識から除外しようとして、しゃがんで受信部を手で塞いでいる。

 その時、「氷見野隊員」とかけられた声が激しい音に混じって聞こえてきた。デジタルテイストに仕上げられていたが、声を発した人物の顔はすぐに思い浮かんだ。

 2つのシールドモニターを挟んで見える顔は前より大人びて見える。いずなは小さく口を開く。


「音声ラインを表示してヒューマンチャンネルだけを再生させる」


「……どうやって?」


「手順は音声ライン、ヒューマンチャンネルを抽出。ショートはPD、ソースSL、HCintoP。そう言えばできるから」


 いずなは淡々と教えてくれる。氷見野の瞳が右に逸れる。


「ARHクレイモア。PD、ソースSL、HCintoP」


 シールドモニターの画面が次々と切り替わり、自動で操作してくれる。すると、雑音が消えて静かになる。

 不快な音がなくなり、氷見野は立ち上がる。会場の中は荒れ放題の電流の嵐なのに、雑音が聞こえないっていうのは不思議な感覚だ。


「ありがとう」


 いずなは氷見野のお礼に反応することなく、戦況に目を向けようとするが、問題はまだある。氷見野たちの乗る簡素なゴンドラでは上半身が露わになっており、天井もない。

 流れ弾が飛んできてもおかしくない状況のため、新人隊員たちはビビッてちゃんと観ることができなかった。

 だが攻電即撃部隊ever4の隊員たちは平然とした顔で突っ立って観ている。自分もそうならないといけないのかと、氷見野に突然重責が押し寄せてくる。


 チームAは不利な状況ながらも応戦している。電気の乱れ行く室内を駆ける桶崎の機体スーツは、異常に輝く右手を携え、異界の速度で車屋隊長に向かって行く。

 車屋隊長は桶崎に気づき、気合充分に身構える。桶崎は先輩の胸を借りる気持ちで、車屋隊長にバチバチと輝きを放つ右手を槍のように突き出した————。



 ………………。



 試合は10分で終わった。桶崎と勝谷の機体スーツは傷だらけになっている。床に座り込み、動けないといった様子だ。それが身体的なものだけではないと感じさせる。

 一方、攻電即撃部隊ever1はグータッチでお互いの健闘を称え合っていた。


 雰囲気のいい部隊に入ることになった興梠と御園は2人で話し込んでいる。次は自分たちの番だから何か作戦でも立てているのだろうかと推測する氷見野。


 その時、床にARヘルメットが叩きつけられた。その場にいた誰もがARヘルメットを投げた男に注意を向ける。


攻電即撃部隊everがあんな卑怯な真似すんのかよ!」


 怒り心頭の勝谷の顔に汗がたらたらと伝う。眉間に皺が寄せられ、こめかみの血管が浮き出ている。


「卑怯?」


 車屋隊長は勝谷の視線の前に立つ。自分が矢面に立つと示すように。


「とぼけてんじゃねぇぞ。最初の奇襲はお前の指令によってやられたもの。あれがなけりゃ、俺たちが勝ってた! 新人の即席チームに負けるのがそんなに嫌か!? だろうなァ!!! 攻電即撃部隊everの恥だもんなあぁっ!」


「死んだ後も、そうやって吼えるのか?」


「あぁ?」


「俺たちの敵となるブリーチャーはどうすれば人間たちを大量に、かつ最小限のリスクで食らうことができるのか、いつも腹をすかしながら考えていると思え。そこに義理や人情などありはしない。死んだことがすべての結果だ」


 車屋隊長の言葉にぐうの音も出ない勝谷だったが、苛立ちが収まったとは思えないくらいに目が攻撃的だ。


「いかなる時も細心の警戒をすること。勉強になったな新人。期待しているぞ」


 そう言って、車屋隊長は床に下りているゴンドラへ向かう。車屋隊長の後につく隊員たちもゴンドラに向かう。

 ゴンドラからすでに下りている攻電即撃部隊ever4のメンバーと、氷見野たち新人とすれ違いになる。藤林隊長は横を通っていく車屋隊長に横目を送り、不敵に笑う。


 妙な雰囲気が包む部屋の中、通信の表示が各隊員のシールドモニターに出る。


「それじゃ、次は攻電即撃部隊ever4とBチームの戦いだ。Aチームは観覧席に移動な」


 藤林隊長は手信号をするかのようにジェスチャーを加えながら指示する。


「大丈夫ですか?」


 氷見野はまだボーっとしている福富愛理に声をかける。


「あ、はい……大丈夫です。ありがとうございます」


 福富は微笑んで答えるが、立ち上がった際に少しよろけてしまう。氷見野は支えようと手を差し出して受けに入る。

 福富は自分でバランスを保ち、よろけたのを取り繕うように、氷見野に向けて苦笑いを浮かべ会釈する。氷見野もつられて笑顔を零した。

 福富はしっかりと足で床を捉えてゴンドラへ向かう。最初に奇襲された隊員たちは全員意識を取り戻していた。


 氷見野は振り返る。前衛に立って張り切っている西松たちの機体スーツの間から、奥に向かって歩いて行く攻電即撃部隊ever4の姿が見えた。

 優雅と言うべきか、勇敢と言うべきか。機体スーツを着た隊員たちの後ろ姿は相手を威圧しているような風格が漂っている。この人たちを殲滅させるなんて、この世界に存在するものに可能な気がしない。


 気圧けおされる氷見野を差し置いて、武者震いを起こしている西松やビッグマウスを披露する御園がヤーヤー言っている。それに対し、琴海が暴言を連ねるのがお決まりだったのに、と思いながら琴海の姿を確認すると、恐い顔で攻電即撃部隊ever4の背中を見つめていた。

 火蓋が切られようとしている戦いに緊張しているのだろうか。氷見野は珍しい琴海の姿に釘付けになる。


「さ、準備はいいかな。Bチーム」


 藤林隊長の声がARヘルメットの通信機から入ってくる。氷見野たちは攻電即撃部隊ever4の隊員を見据え、ブーストランを発動させる。


「なぁ、どうするよ?」


 さっきまでワイワイ騒いでいた御園が小さい声で隣の西松に話しかける。


「どうするってお前……倒すしかないだろ」


 歯切れ悪く言い淀む西松。


「どうやって?」


 爽やかに問う葛城だったが、笑顔にぎこちなさがうかがえる。


「全力で戦うだけだ」


 興梠は真っすぐな瞳で言い切った。憮然としたため息が2、3零れる。


「ほんと頼りないわね」


 琴海が罵りながら口を挟む。


「藤林隊長は私とミズがやる。場所が場所だから、入り乱れることもあると思うけど、見失わないように入れ替わりながら戦っていきましょ」


「自分の得意な戦闘スタイルに持ち込むのがいい。相手にペースを握られると厄介だ」


 西松は気を取り直して作戦に加わっていく。


「なら、接近戦の俺は1人でいいな」


 御園は余裕げに笑っているが、氷見野は強がりで言っているだけにも感じた。


「無茶よ。私がフォローする。君の動きなら戦闘訓練の時に把握してるから、多少は合わせられるわ」


 御園を制する女性は攻電即撃部隊ever8に入ることが決まっている高杉恵たかすぎめぐみ。御園より年上の25歳。元ボクサーの動体視力なら御園よりも能力は高い。パンチの間合いであれば誰にも負けないと豪語してる。


「メグの言う通りにした方がいいわ。1人で倒せるほど簡単な相手じゃないはず」


「だけど2対1で対応していくとなったら、必ず1人は1オン1で戦うことになるぞ?」


 興梠は懸念を示す。琴海の唇が開かない。言葉を呑み、喉が小さく鳴る。


「わかった。じゃあミズは……」


「私が1人で戦う」


 琴海の言葉を遮って氷見野が申し出る。まさか氷見野が申し出るとは思わず、琴海はたじろいでしまう。


「氷見野さん、今回ばかりはやめといた方が……」


 西松は苦笑いを浮かべていさめる。


「大丈夫。私はできるだけ粘るから、早く倒してフォローしに来て」


 氷見野は強気に微笑む。


「おーい、もういいかなー?」


 藤林隊長が遠くから急かす。


「すみません! すぐに終わりますんで!」


 ペコペコと頭を何度も下げる西松は笑って取り繕う。


「時間はないようですね。そろそろ覚悟を決めなければならないようですよ?」


 藍川の声色がこの状況を楽しんでいるように氷見野は感じた。


 藤林隊長は色々と作戦を練っている新人隊員の様子を見守っていたが、突然前に進んで出る影に視線を投げた。ARヘルメットのシールドモニターの奥にある凛々しい顔は、対峙しているBチームから逸れる様子がない。


「氷見野優」


 聞こえてきたのは勇ましい女の子の声だ。不意に聞こえてきた声はBチームの隊員、攻電即撃部隊ever4にデジタルをかじって伝わった。すぐにその声が島崎いずなとわかった氷見野は、前方に注意を向ける。

 部隊の一番前方に立つ機体スーツは、腰に取りつけた2つの柄を両手に持ち、柄から激しく乱れる光の刃を出現させると、片方の剣の切先を氷見野に向けた。


「私にぶつかって来い」


 機体スーツ内にあるグリップを掴む氷見野の両手が力む。

 どういうつもりなのかわからないが、自分がいずなに勝てるとも思えないし、速攻で地べたにねじ伏せられそうな気がする。先ほどの強気な言動をした自分を叱りたくなってきた。

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