karma9 隊長
数時間後、氷見野は自分の部屋の中でまったりしていた。
ローテーブルに置かれた、可愛らしい小鳥のデザインのマグカップに浮かぶミルクコーヒーが湯気を立てている。ふわふわの白いミニソファに背を預けて寝転がり、携帯に入っているアプリを起動してくつろいでいた。
しかしものの数分で携帯の画面を胸元に伏せる。いくらリラックスしようと意識しても、頭の中がリラックスできない。どこかで気にしていたことを勝谷に直接言われてしまい、落ち込んでいた。
桶崎に気にするなと言われたけど、傷ついたと感じた心は覚えてしまう。
迷惑……なのかもしれない。いずなの夢を手伝いたいというこの気持ちも、すべては自分の望むものであって。誰かのためになりたい気持ちだけで、結果がついてくるわけじゃない。勝谷の言う通り、足手まとい。
わかっていたことだ。足を引っ張ってしまうこともあるかもしれないと。ほんの少しでも、自分にできることがあるのなら、自分の力をみんなのために役に立てたいと。もっともっと強くなって、みんなの力になればいいんだ。
奮い立たせた気持ちと共に体を起こして立ち上がる。
床に倒れたトートバッグの中を手探りで漁っていく。指先の爪が今取り出そうとしているそれを感知した。硬い肌触りを掴み、中心部がピンクに光るコネクターを取り出す。
体を起こし、しゃんと座る。机に置き、ボタンを押す。A4紙ほどの枠が出現し、ズラッと文章が羅列された。
かいつまんで説明すると、攻電即撃機のカスタムの注文をしてほしいというものだ。ウォーリア研究室と特殊整備室からのアドバイスが添えられている。そのアドバイスを参考に、カスタムオーダーをしてほしいとのことだ。
注文は特殊整備室に電子メールで送付する。注文できるファイルが添付されたメールがコネクターに届いていた。
機能性と武器の項目に分かれており、ぞれぞれ要望を出す。そして総合的なバランスを考えて
オーダーメイドの
それぞれの隊長の顔を思い浮かべながら入りたい部隊を考える。
すごく恐そうな人。噂じゃどこぞの組員だったとか言われてるけど、そんな人が軍人になれるとも思えない。
だけど迫力は満点で、威圧だけでブリーチャーとか倒せそうな気がする。頼りがいはありそうだが、恐いから入りたくなかった。
年齢によらず角刈りが特徴的ないぶし銀隊長。
見た目が年上に見られやすいこともあり、ちょっとでも老けているみたいなことを言われるといじけてしまう可愛い人のようだ。だが実力は申し分なく、これまで数々の重要な任務をこなしてきた歴戦を持っているらしい。
多少気を使うこともありそうだけど、頼りになるならいいかと心に落とす。
ただ手数の多いオヤジギャクは相当なスベリを見せていた。部隊の雰囲気が明るそうな気はする。
だが琴海は、あの人に命令されるくらいなら死んだ方がマシとまで言うくらい嫌っていた。緊張感は多少あった方がいいと思うけど、ああいう人がいたら少し気が楽になりそうだ。
55歳の最年長隊長。
2080年にコペンハーゲンで開催された夏季オリンピックのフェンシングで金メダルを取ったすごい人だった。
名前を聞いた瞬間、知っている新隊員からは声が漏れるほどだ。それは、オリンピックで金メダルを取った初貝茂粂が
体こそ健康そうなものの、クマのある半開きの目に、手入れもしていなさそうなボサボサの髪、むくんだ顔。初貝は不気味な笑みを浮かべ、小さな声で新隊員たちに自己紹介をしていた。
現役当時は実力もさるごとながら甘いルックスゆえに女性から人気のある選手という印象が強い。
闘志あふれる猛攻の突きのスタイルで世界ランカーにのし上がり、日本フェンシングの注目を集めることに一役を買う。試合から離れると、誠実さが際立つメディア対応に多くの人から好感をもたれた。
現役引退後にスポーツ振興に携わる仕事に就き、結婚をして1人の子供にも恵まれた幸せな人生を送る。しかし金メダルを取ったコペンハーゲンオリンピックで行われた数試合で、不正が行われたという疑惑がオリンピックの5年後に持ち上がったのだ。
相手選手を買収し、自分が勝つように仕向けたとの告発がきっかけとなる。対戦相手のみならず、関わったコーチからも告白されたことから、本人の一貫した否定はしりぞけられ、金メダルははく奪される。
それから初貝茂粂は人目を避けるように足跡を消してしまった。
病的な様子の初貝隊長率いる部隊がどんな部隊なのか疑念を持ってしまう。よからぬことに巻き込まれそうな予感がしなくもない。
氷見野の瞼が落ちる。
お茶らけた人だが、世界屈指のウォーリア部隊と言われる隊長をしている。相当な強者揃いなんだろう。
あの部隊に入れなかったからって、いずなの助けにならないわけじゃない。同じ部隊じゃなかったとしても戦う目的は同じだ。どのみち氷見野は選択できない。今こうして、同じ
ЖЖЖЖЖ
一方、東防衛軍最深部、地下12階の会議室では、各
「じゃ、始めるか」
そう切り出した車屋隊長。毛深い腕を六角形の大きなテーブルにのそりと乗せた。
「19人か。配分的には一部隊2名ってとこだな」
コネクターの中心から出る光のミニスクリーンが加地隊長の前に浮かんでいる。新人隊員のデータ一覧が表示されているスクリーンをスクロールしてざっと見ていく。
「残りは
自分の言葉を噛みしめるように、うんうんと首を縦に振る男。腕組みをしている両腕は、指の先まで黒い布に覆われている。ゴツいゴーグルをつけており、紫色のマントで全身を覆う姿は不審極まりない。
「だけどフォローするのも大変だろ。他の部隊から経験のある奴を6に移してやった方がいいんじゃないか?」
藤林隊長は別の配置を提案する。
「どうだ?
みんなの視線が石赤隊長に向けられる。
「どっちでも問題ナッシン、グぅー」
石赤隊長は親指を立てて腕を伸ばす。会議室の中がこの世の空間とは思えないほど静まり返る。
「わかった。異議はないな?」
車屋隊長の問いかけに他の隊長たちは何も反応しない。
「だそうだ。じゃ、石赤隊長、欲しい奴を選んでくれ」
「はいはい」
石赤隊長はみんなの反応に
石赤隊長の要望メッセージが他の隊長たちのコネクターに送られる。各隊長のコネクターに新隊員の名が表示された。
「あれ、いいの? 桶崎君取らなくて」
藤林隊長は石赤隊長の選択に疑問を投げる。
「俺の部隊じゃあいつは生かせないと思ってな。チームのことを考えれば、この2人がいい」
「桶崎はあんたのところがいいんじゃないのか。藤林隊長」
加地隊長は机に肘を立てながら気だるげに聞く。
「
ゴーグルの男は褐色の肌をした顔を縦に2回振る。他の隊長もそう思って桶崎謙志は残すつもりだった。
「ふふーん、それはどうかな?」
藤林隊長はニヤニヤと笑みを浮かべて返す。
「他の部隊から欲しい奴はいるか?」
「欲しいわけじゃねぇが……」
「
「何かあるのか?」
加地隊長は
「訓練の補習を放棄したと、特殊整備室から報告があった。候補生の頃から何かと隊員同士のトラブルを起こしてたそうだが、気に留めるようなもんでもねぇからお
「候補生をカツアゲに指導官への敵対的反抗か。威勢がいいなー」
藤林隊長はコネクターに表示されている4人の補足データを見ながらほくそ笑む。
「俺も
加地隊長が賛同の意見を述べる。
「実力もある奴らみたいだから、鍛えていけばそれなりになりそうだな」
初貝隊長はさっきから噛んでいた人差し指を口元にあてながら小さく感想を呟く。
「4人の割り振りは後でやるとして、他の隊員に関して留意すべき点などあるか?」
車屋隊長は大きな手を組んで他の隊長に意見を促す。
「
「どうぞ竹中隊長」
「西松琴海、藍川瑞恵2名をこちらに所属させたい。仮に他の部隊に入れるとしても、この2人は
竹中隊長は無感情な声色で提案する。
「若いな。地上でも同じ中学出身。それが
石赤隊長は
「それだけが理由とは言えないな。あの2人が集団実技訓練で同じチームになって戦う場面があった。2人の息は双子のようにピッタリだった。まるで言葉を交わさずともわかっているかのように、不規則な動きでも互いに呼応している」
竹中隊長はコネクターに表示させた訓練の映像を見ながら話す。
「それと、まだ10代とあって少し気難しいようだ。特に西松琴海は男ばかりの部隊に適さないと思っている」
「ギャル欲しかったんだけどなー」
日焼けした小麦肌の金髪の男。いやらしい笑みを口に含む男は残念そうだ。
「お前みたいな奴は一番嫌うかもな。金城隊長」
「いっちゃんって呼んでって言ってるじゃん。水臭いな姫ちゃんは」
「無駄話は慎みたまえ。金城隊長」
ゴーグルの男が会議を乱す金城隊長を冷静な口調でたしなめる。
「はいはい」
「竹中隊長の言う通り、データから
車屋隊長は本題に戻して意見を述べつつ、他の隊長が申し入れしやすく促した。
「竹中、お前が若い女の指導なんてできるのか? 色々と面倒だぞ。若い女ってのは」
加地隊長は無理するなと言いたげに懸念を示す。
「どういう意味?」
竹中隊長の反応に顔をしかめる加地隊長。
「お前もわかるだろ? お前はまだ20代だが、一応10以上離れてんだから、感覚はまるで違うぞ?」
「ジェネレーションギャップが部隊の連携を損なう可能性はある。けどそれは他の部隊に行っても同じこと。あの子たちが
「んじゃ、ひとまずお手並み拝見と行こうぜ」
会議は堅調に進み、新隊員全員の所属先が決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます