karma8 選ばれた者と選ばれなかった者

 新隊員たちは機体スーツを着ての訓練に明け暮れた。ブーストランの使用回数増加に伴い、新隊員から恐怖心が少しずつ消える。それを示すように複数の機体スーツが訓練室を乱飛らっぴしていた。

 耐熱リングをはめた機体スーツが3人、無装飾の機体スーツが5人。耐熱リングをはめた機体スーツが無装飾の機体スーツを追っている。


「ほれほれ、さっさと来いよ。おこと!」


 西松が耐熱リングをはめた機体スーツを着る琴海を煽る。


「だからおこと言うなって言ってんでしょうがあ!」


 琴海は馬鹿にしてくる西松をブーストランを使って追うが、フェイントを使いこなすまでになった西松は琴海をかわして逃げていく。

 今やっているのは鬼ごっこだ。これも訓練の一環だが、訓練というよりもゲームだろう。

 鬼は制限時間10分以内に5人の逃げ惑う機体スーツを捕まえなければならない。鬼は無装飾の機体スーツをタッチすれば捕まえたことになり、捕まえられた機体スーツはゲームから退場させられてしまう。

 全員を捕まえたら鬼チームの勝利、10分経過しても生き残りがいれば、逃げる側の勝利となる。


 鬼と逃げる側を交互に7ゲームして勝利数の多いチームが勝利となり、負けたチームには罰ゲームが待っている。罰ゲームは、訓練でクタクタになっているのに居残りで機体スーツの修理を学ぶ、という実技講習を受けなければならない。

 故障の疑いがある機体スーツの状態を見るのは整備士だが、任務途中で基地に戻れなくなることもある。その場合は近くの駐屯地で整備をする必要があるが、整備士のいない駐屯地もあるし、駐屯地まで機体スーツを運べるとは限らない。その場合、隊員自ら機体スーツを点検し、修理する必要が出てくるのだ。


 機体スーツの部品を取り出せば、部品がメンテナンス道具になる。その講習は候補生時代に受けていたが、実践したことはなかった。バーチャルで見るのとでは感触も違っていて、なかなか苦戦する。機械音痴の氷見野には苦手意識が強い。

 鬼ごっこという遊び心を取り入れた訓練の他にも、候補生時代にやっていたバーチャルブリーチャーの触手を避けながらダッシュするメニューや、武器を持ちながらのサバイバル形式の戦闘をしたりと忙しい。これらに罰ゲームがなかったのは氷見野にとって救いであった。


 戦闘は機体スーツを着た者同士のぶつかり合いもあり、激しさを伴ってきている。機体スーツも戦闘練習用に作られた機体スーツに着替えて行い、訓練が終わった頃にはその激しさを物語るように傷とへこみ、穴のオンパレードが機体スーツに刻まれていた。


「ウェーイ!」


 鬼で走り回っていた隊員たちがハイタッチをしている。


「勝敗はどうなった? しゅん


 いかつい男は隣にいる硬い表情をした部下の隊員に聞く。


「2対5でBチームの勝利です」


「んじゃ、お前ら補習な」


 指を差された氷見野のいるチームから声なきため息が零れる。


「仕事に戻るぞ」


 攻電即撃部隊ever5の隊長、蓬鮴刃ほおごりじんは訓練室から出ていく。隊長の後に続く部下の2人も、さっさと出て行こうとする。


「ありがとうございました!」


 新隊員たちは出ていく現役隊員の背に向かって、大声で訓練終了時の挨拶をかけた。



ЖЖЖЖЖ



 今日の訓練はこれで終了となったが、居残り補習となってしまった氷見野たちは、19時半に保管室に向かわなければならない。夕食を取り、体のケアも重要となる。藍川と琴海はそのままジムに向かってしまった。

 更衣室で軽装に着替えた氷見野は、他の女性新隊員に目を向けた。


「お疲れ様です」


 氷見野に声をかけられた隊員はにこやかな表情で、「お疲れ様です」と返した。氷見野はトートバッグを持って更衣室を出る。

 同期の新隊員は19人しかいないとあって、候補生の時よりも他の人との会話も増えた。候補生の時も協力していく訓練はあったが、いつも同じ顔触れというわけじゃない。仲良くなるきっかけもなく、固定的なメンバーだけの関係で収まってしまった。

 氷見野が劣等感を持っているがために近寄りがたい感じがあったのかもしれないと、藍川が氷見野の素朴な疑問に答えてくれた。


 今更後悔してもしょうがないけど、もうちょっと愛想良くしていればと思ってしまう。モヤモヤする心の中は自然と氷見野の挙動に表れる。

 部屋に戻る通路ですれ違う候補生にどうしても目が行く。候補生同士で会話している声と氷見野を見る視線。それが悪意のこもったものなんじゃないかと疑っていた。嫌な気持ちを振り払い、ポーカーフェイスを気取ってエレベーターに乗る。


 エレベーターは上がり、地下8階で止まる。扉が開けば、夕陽のような温かいライトに照らされたいつもの廊下に出る。氷見野はエレベーターから出て、ドアの並ぶ廊下を歩く。

 候補生の中には氷見野をよく思わない人がいるようだ。その原因は複雑だが、なんとなくわかる。ウォーリアと言えど、発電細胞を持っているというだけでそれ以外普通の人間と何も変わらない。


 候補生はみんなが頑張って攻電即撃部隊everになろうとしている。その一方で、どんなに頑張ってもなれない人もいる。自分の隣からどんどん先へ行ってしまう。それが自分より非力だったり、女だったり、場違いな奴だったらふざけんなってなるかもしれない。


 1年ぐらいで攻電即撃部隊everに入った氷見野優は妬みの格好の的だった。陰口を叩かれることは日常茶飯事。指導官に色仕掛けで攻電即撃部隊everに入れたというありもしない噂が候補生の間で出回っていた。


 立場が変わればこうも変わるかというくらいに、顔を会わせる度に避けられ、敵意のある視線を向けてくる。一緒に訓練をやってきた仲間のはずなのに。

 氷見野が歩く廊下に並ぶドアのスコープから、誰かが覗いているような気がしてならない。隠した爪を研いで、よからぬことを企む者がいる。そうだったとしても、氷見野は止まるわけにはいかない。絶対に……。



 居残り補習にやってきた氷見野たちは攻電即撃機保管室に集まる。わざと整備不良や故障している機体スーツを開いて、新隊員たちは格闘していた。氷見野も髪を束ねて取り組んでいる。


機体スーツの胴体部にある正常な繊維状のカーボンナノファイバーを切って、不具合箇所につなげてください」


 氷見野は言われた通りにする。氷見野の不器用さは、教えてくれている整備士を苦笑いさせるほどだった。幸いにも優しい人だからいいものの、あまりのポンコツ加減にキレられてもおかしくないと思った。それでも丁寧に1つずつ教えてくれるのでなんとかやれている。

 装着者の動作信号を通すためのカーボンナノファイバーや、生体電気を受信する役割をも担う機体スーツの裏生地であるカーボンシート、機体スーツ内部の機能を安定的に保つ、中央モジュールなどが機体スーツ内にびっちり入っており、どれがどういう機能を持っているかを把握するだけでも混乱しそうだった。


「やめだやめ!」


 床で鳴る金属音が反響した。大きな声と共に新隊員たちの目を一点に集中させる。2メートルはあろうとかという大柄な男。ガテン系の風貌を醸し出すその男は、指導していたと思われる困惑に揺れた整備士を尻目に、機体スーツから離れていく。


「おい、そこの君! 戻りなさい!」


 今回の補習の指導を担当していた特殊整備士が男に命令する。


「うっせぇっ! 俺に指図すんな!」


 ガテン系の男は階級も上のはずの男に不遜な態度で怒鳴る。


「何回もやったっての。こんな無駄なことしててもしょうがないっしょ」


 すると、男に賛同するかのようにマッシュルームヘアの男が、補習を途中放棄して機体スーツから離れた。他にも、2人の男女の隊員がガテン系の男の周りに集まり、高官の男に敵対的な視線を向ける。

 保管室は険悪な空気に包まれ、他の新隊員たち、指導する整備士も手を止め、反抗する新隊員に視線を注ぐ。


「このことは事務局に報告させてもらう! わかってるんだろうな?」


「ああどうぞご勝手に。その折りにはお前たち整備士の無能さを存分に言わせてもらう。お前らも道連れだ」


 特殊整備士の高圧的な物言いにも怯むことなく、男たちは出ていこうする。


「なんだあいつ……」


 氷見野と同じく補習となっていた西松は怪訝けげんな様子で呟く。


勝谷篤朗かちやあつろうとその取り巻きだね。あの中心にいる勝谷は、ブリーチャー対策で密売人に雇われていた元傭兵。腕はそこそこだけど、札付きの悪名ある男だから、さすがに攻電即撃部隊everには入らないだろうと思っていたんだけど、彼が受かっているということは、もうなりふり構ってられないほど人員不足が深刻なんだろう」


 葛城の説明に「へー」と淡泊な反応で返す西松。

 その時、勝谷が突然立ち止まる。不意に向かった勝谷の視線は、氷見野に注がれていた。


 氷見野の表情はまさに敵意や反感を示すものに他ならなかった。

 ばっちり目が合ったと認識した氷見野の顔が戸惑いに変わる。


「なんだテメェ。文句あんのかゴラッ!!」


 勝谷は威嚇しながら氷見野に詰め寄っていく。


「い、いえ、なんでも」


 氷見野の体は緊張し、目線を逸らすのが精いっぱいだった。勝谷は氷見野の顔を睨むようにジロジロと見る。


「お前、氷見野優つったか? あの落ちこぼれの」


 勝谷の言い草に反抗心が一瞬湧くも、ここで事を荒立ててもしょうがない。

 氷見野は奥歯を噛みしめてうつむき、じっと耐える。


攻電即撃部隊everに入ったからって図に乗るなよ。俺は噂なんてもんに耳を貸すつもりはねぇが、今回攻電即撃部隊everに入ったヤツの中には、本当なら入れないはずのヤツがいるって話よ。能力が劣るヤツが入れば、連帯責任でこうやって無駄な時間を課せられる。なんで俺たちが足手まといの尻拭いをしなきゃならねえんだ。ミスもしてねぇ俺たちが無意味な補習させられてんのも、お前みたいな身の程をわきまえてねぇヤツがいるからだ!」


 勝谷は怒りに任せて不満をぶちまける。


「わかったらとっとと除隊してこい。お前みたいなババアがいるとこじゃねぇんだ」


 勝谷の後ろで見物する取り巻きからあざけり笑う声が聞こえてくる。勝谷の言い草は不快極まりなかった。

 でも、それが勝谷だけの言い分じゃないかもしれないという不安を持ちながら、いつも補習を受けていたのも事実。ゲーム性のある訓練でも氷見野は何度かミスをし、チームの連携に悪循環を生み出していた。氷見野は悔しくも哀しい表情を滲ませた。


「あの野郎!」


 西松は黙っていられなかった。はらわたが煮えくり返り、握った拳を携えて向かっていこうとする。しかし、西松の行く手を阻むように葛城の腕が伸ばされた。


「なんで止めんだよ!」


「少し様子を見た方がいいんじゃないかな」


 葛城は微笑みながらある場所を親指で示す。西松が視線を向かわせた先には、機体スーツから離れて勝谷たちに向かう影があった。

 誰もが一点に注目して静止しているにもかかわらず、暗黙の総意に反した行動をする人物に、傍観者の視線が移り出す。

 氷見野もその存在に気づき、反射的に顔が上がった。勝谷は氷見野の目線が別の場所に向かっていることにいぶかしみ、視線を追うように後ろを振り返る。


 だぼっとした服からでも鍛え抜かれた体だとわかる。あふれる覇気で威圧するような雰囲気を携え、桶崎謙志おけざきけんしがゆっくりと勝谷たちに歩いてきていた。

 保管室にいる人たちはトラブルの中心に向かう桶崎の行動に疑問を抱く。呆気に取られ、桶崎を制する者は誰もいない。勝谷は不敵な笑みを浮かべる。


「フッ、東防衛軍期待の新人、桶崎謙志。あんたも不運だよなぁ。こんないい加減な部隊に入っちまって。あんたならもう将来を約束されたようなもんだろうが、まさかごっこ遊びをするようなヤツの肩を持とうなんて考えてねェよな?」


 勝谷は桶崎の前に立ち塞がるように立って煽っていく。桶崎も立ち止まり、勝谷を真っすぐ見据える。


「不満を持つのは勝手だが、補習の邪魔をするのはお前のためにならない」


 桶崎は真顔で淡々と言う。


「はぁ?」


 勝谷の眉が吊り上がる。


「この補習が無駄だと思うのなら、速やかにここを立ち去った方がいいだろう。無駄な補習が開かれてる場所でおしゃべりすることこそ、無駄なことだと思うが?」


 勝谷の顔がみるみる怒りの表情を帯びていく。勝谷は更に桶崎との距離を詰め、顔を突き合わせる。

 自分の背よりも高い勝谷を前にしても、桶崎は一切表情を変えることなく勝谷の目から視線を離さない。今にも殴り合いが起こりそうなほど近く、息が詰まるような空気が部屋の中を満たす。


 その状況を見守ること数秒、勝谷は舌打ちをした。不満げながらも勝谷と取り巻きは保管室を出ていった。

 自動ドアの音が張り詰めた空気を解いていく。意外にもあっさりとした勝谷の対応にほうける氷見野だったが、我に返って桶崎に視線を移す。


「あ、ありがとうございます」


 勝谷たちの背中を見ていた桶崎の目が氷見野に向かう。


「彼らの言うことを気にする必要はないでしょう。あなたは攻電即撃部隊everに選ばれた。誰がなんと言おうと、そのことに変わりはありません」


 そう言い残し、桶崎は途中だった機体スーツの修理に向かう。保管室にいる新隊員たちは、補習の指導担当官に気持ちを切り替えるよう促され、続きに手をつけ始めた。

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