karma7 分け合う2人

 氷見野は神妙な表情で聞き入る。


「最初にブリーチャーが現れたのは、学校から数キロの線路内でした。わたくしたちは、先生に敷地内にあるシェルターに避難するよう言われました。ですが、ことうみは先生の指示に従わなかったんです」


「どうして?」


「わたくしたちの中学校は周辺の方々の避難場所に指定されていたのもあって、ブリーチャーの出没を聞いた人たちが一気に押し寄せました。シェルターは他の場所にもありましたが、各シェルターの収容状況の即時的流布ができる体制が整っていなかったのもあり、わたくしたちの学校のシェルターに、予想を遥かに上回る人たちが来てしまって。その結果、助かりたい一心で我先に入ろうとする人が出てきて、パニックになったんです」


 氷見野は自分の腕を強く掴む。ただ聞いているだけだったが、想像するに容易かった。

 スーパー内に響き渡る悲鳴という悲鳴が重なり、逃げ出す客と店員。人が少なかったこともあり、逃げるスペースはあったが、残念ながら逃げる経路を断たれていた。

 あの惨状を目にしているものの、おそらくまったく違った種類の混乱があったはずだ。


「生徒が優先的にシェルターに入れるよう、先生たちがまとめてくれたのでなんとかなりました。入れなかった大方の人たちは、駆けつけた警察の方によって別のシェルターに送られました。それで、先生が生徒を点呼していた時に、ことうみがいないことがわかったんです。ことうみは、シェルターへ向かう途中に、学校に避難してきた杖をついている少年を見かけて、シェルターに向かう生徒の集団から外れていました」


「その子には、誰もついてなかったの?」


「ええ、ちょうど学校から帰る途中だったみたい。たまたま中学校が近くにあったから向かったみたいだけど、その子は怖くて動けなくなっていたの。中学校に駆け込んでくる人たちが彼を次々と追い越していくし、ぶつかるんじゃないかって思ったら動けなくなったらしいわ」


 琴海はやるせなさをはらむ顔をして語る。

 琴海の話ぶりから察すると、おそらく走って逃げられる大人たちは誰も少年を助けなかったのだろう。もちろん、おそろしい物を目の前にすれば誰だってパニックになり、周りのことなんて考えられなくなる。

 それでも、彼女は助けた。自分の身をていして助けることを選んだ。普通の中学生の女の子ができることじゃない。


「私は、その子と一緒にシェルターまで行こうと思った。けど、すぐそばでブリーチャーが暴れてるのが見えたの。私たちは校舎の中に逃げ込むしかなかった」


 琴海は立てた膝の上に顎を乗せる。膝の上にあった抱き枕は琴海の体と太腿に挟まれへこんでしまう。


「ブリーチャーは学校の敷地内に入ってきて、フェンスや植木を壊していった。特殊機動隊に追いやられて逃げ場になったのが、私たちが逃げた校舎。見つからないようにするのが精いっぱいだった。学校の中はブリーチャーにとって狭過ぎるし、おまけに人っ子1人いない。仲間からはぐれてるのもあって、かなりイライラしてた。ところかまわず破壊していく音がずっと聞こえてたわ」


 氷見野は少し息苦しさを感じ、たまらずテーブルにあるお茶を飲んだ。


「特殊機動隊は校舎でブリーチャーと交戦しました。銃声は校舎内に響いていて、わたくしも足がすくみそうになりましたね」


「ブリーチャー用に開発された銃でも、動きを止めるのは難しかった。ブリーチャーの触手による打撃は、とてもじゃないけどこの校舎じゃ耐えられない。校舎のどこかが崩壊していく音が聞こえて、男の子も怯えてた。私も、狭い個室の中で見つかるかもしれないと思いながら、じっとしているのが耐えられなくなって……。それで、隠れていたトイレから出て、校舎外へ逃げることにしたの」


 琴海もお茶を飲み、乾いた喉を潤す。


「それがいけなかったの。私と男の子は、特殊機動隊と交戦中だったブリーチャーに見つかった。教室の出入り口から射撃している状態で、特殊機動隊も私たちに気づいてなかった。一番早く気づいたブリーチャーは、丸腰の私たちに標的を変えたの。私は男の子をおぶって逃げるしかなかった」


 すると、琴海が突然藍川に笑みを投げる。


「そしたら、ミズが助けてくれたのよね」


「間一髪でしたけどね」


 照れ臭そうに笑う藍川。


「電撃で?」


「いえ、あの時のわたくしはまだ能力も出せませんでしたし、ウォーリアの自覚もありませんでしたから。消火器で泡まみれにさせただけです」


 ジェスチャーをする藍川は武勇伝を自慢する少年みたいだ。


「その隙に私たちは逃げて、校舎から脱出したの」


「ブリーチャーは駆けつけた攻電即撃部隊everに対処され、死に至りました。男の子も助かり、なんとか生き残ることができたんです」


「それで、私とミズはウォーリアだって言われて、この基地に来ることになったの」


「それからですね。わたくしとことうみがこうして話すようになったのは」


 胡坐あぐらをかく藍川は後ろにあるベッドにもたれる。


「まっ! お礼も言わなきゃと思ってたし、どうせ1人寂しくうろうろしてんだろうなって思ったから、声かけてあげたのよ」


「ね? 可愛いでしょ?」


 藍川はいやらしい笑みを浮かべて氷見野に聞く。


「うっさい!」


 琴海は恥ずかしげに怒鳴る。


「ここで暮らすのは安全も考えてのことだと思うけど、どうして訓練校に入ったの?」


「ミズが攻電即撃部隊everに入りたいって言い出したから、私も入ったの」


「え?」


 氷見野は思わぬ理由に戸惑う。


「なに?」


 琴海がすごんできた。氷見野は戸惑ってしまい、「なんでもない」とはぐらかす。まさかそんな理由で攻電即撃部隊everに入りたいと思う人がいることが何よりの驚きだった。


「わたくしは嬉しかったですよ」


 琴海は少し驚いた様子だった。


「ことうみが"ライバルがいた方がいいでしょ"と言ってくれて。だから、わたくしもここまで頑張れてるんだと思います」


 藍川は感謝を伝えるように微笑む。琴海の顔が赤くなる。


「なあっ!? あぁ、えとっ……」


「うまいこと返そうとしなくてもいいですよ」


 藍川はニヤニヤしながらなだめる。


「いきなり変なこと言うなバカっ!」


 琴海はまたそっぽを向いてしまう。藍川は琴海の照れ具合に呆れている。


 微笑ましい2人に笑みが零れた。

 でも、2人の関係を羨ましく思う。氷見野にも友達はいるが、大人になるとそれぞれ違う環境になり、会うことも少なくなっていく。

 いつかの青春は遠い過去だった。だからこそ、それがいい時代だったと思えるのだろう。昔の関係を取り戻したいわけじゃない。それが自分の欲張りだとわかっているから。今はいずなとこんな風になれたらと未来を想像する。

 広過ぎない生活感のある部屋の中で他愛もない話をして、日々を巡る。それはきっといずなの夢が叶った後のことになるだろう。


「ご両親は、防衛軍に入ったことを知らないんだよね?」


 藍川は琴海が立ち直れなさそうなのを察して、先に答えた。


「隊員ということは知りませんね。インターンシップに参加しているということにしてます」


「そうなんだ」


「それでも心配は尽きないようで、地上で1人暮らししていた時より連絡は多いですね。気味の悪いことに異常に優しくなりましたし」


「無理もないわ」


「そうですね」


 氷見野は琴海に視線を振るが、琴海は2人に背を向けて何やらブツブツ言っている。

 話かけづらい。だが、いつまでも1人の世界に入られても困るので呼び戻すことにした。


「琴海さんは?」


「え?」


「西松君もだけど、防衛軍に入ることにご両親は反対されなかったの?」


 琴海はあーと声を漏らして渋い顔をする。


「兄貴はそうでもだけど、私の時は2人にものすごく反対された。私がこんなギャルっぽい見た目にした時より怒られたかも。なんで兄貴はよくて私はダメなんだって怒鳴り合い。今でも反対してるらしいけど、そんなの知ったこっちゃないっての。若いからとか、女性が戦場に出ても足手まといとか、決めつけられて腹が立ったから、絶対見返してやるって逆に力になったわ。そういう意味では感謝してるかな」


 鬱陶しげに吐き捨てる琴海。


「西松君は反対されてなかったの?」


「元々兄貴とパパは折り合いが悪かったのよ。もう面倒見切れん、って言ってたし、本心じゃ家からいなくなってせいせいしてんじゃない」


 琴海は父親の声真似をして馬鹿にする。


「そんなことないと思うけど」


「どうかな。まあ、ママは心配性だから、たまに顔見せに来てはちゃんとご飯食べてる? とか、変なことに巻き込まれてない? とか、いらない心配してるし。ママの方が落ち着けって感じだから」


 嬉しそうに話す琴海の言葉には愚痴っぽくも感謝しているように聞こえる。ちゃんと伝わってるんだなと少し安心した。 


「本当のことを言ったらどうなることか。今回ばかりは、基地事務局からの制限があってよかったと思えたわ」


 琴海は呆れ顔で肩をすくめる。


「お父さんも心配してるでしょ。娘さんを1人地下で生活させてるなんて」


「そうでもないわよ。地下の方が安全だって知ってるから」


「でもこの前、愚痴ってませんでしたか?」


 藍川の問いかけに琴海の顔が曇った。


「あれは地下生活のことじゃなくて、男の方でしょ。家族から迷惑メールみたいなメッセージが届くのよ? 怖くない?」


 迷惑メールと例えられた送り主の琴海の父親を可哀そうに思った氷見野の表情が引きつった笑顔になる。


「ことうみのお父様のメールは基本殿方からナンパされた時の対処法講座やストーカーの対処法講座とか、そういう類ですから迷惑メールは言い過ぎな気もしますけどね」


 藍川は大して問題にしていないどころか、むしろ面白がっているようだ。


「そんなもんをほぼ毎日送ってくる父親がどこにいんのよ!」


「いいじゃないですか。それだけことうみが心配というれっきとした証拠ですよ」


 2人はあーだこーだと言い合い、止まらなくなっている。見ていてなんだか微笑ましくも思う。


 氷見野は琴海と藍川のことを知れて胸を熱くさせていた。動機は様々だけど、本気で成し遂げたいことがあるんだと感じられたから。きっと大変なことばかりで、時には辛いことや挫けそうなこともあるだろう。

 でも、みんながいれば、きっとお互いの夢も叶う気がする。みんなで一緒に合格したいと、願わずにはいられなかった。

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