karma6 ライバル

 熱気で気圧けおされそうになるジムを出た氷見野たちは、コミュニティ棟で弁当や総菜を買い、藍川の部屋に集まった。テーブルを囲い、食事にする。ぽつぽつと会話しながらまったりとした時間を過ごす。

 この後は3人で自習をする予定だ。だが琴海は少し眠たそうで、試験勉強に身が入りそうもない。


「あー……だるい」


 食事が終わって早々、琴海は足を伸ばして床に寝転ぶ。藍川は膝に当たった琴海の足裏をつつきながら苦笑する。


「勉強するんじゃなかったんですか?」


「するけど、今日は燃え尽きた感がある」


 藍川はやれやれと言わんばかりの表情のまま氷見野に視線を移す。


「ことうみはいつもテスト前になると恋に悩める乙女に変わるんですよ」


「いつもじゃないし。ていうか、恋に悩んだこともないあんたに言われたくないわ」


 琴海は気だるげにツッコむ。


「何を言いますやら。わたくしだって恋に悩むことだってありますよ」


 藍川は威張って語る。


「……相手は?」


 琴海は疑念をぶつける。


「ジオス・アルバイ」


「誰?」


「九条先生原作の『螺旋の城~君しかいない世界~』に出てくるあのジオス・アルバイですよ!」


 静寂が木霊する。


「二次元じゃん……。そういうの恋って言わないの」


 藍川は不満げに頬を膨らませた。


「2人ってなんか不思議よね」


 唐突に氷見野がしみじみとした口調で呟く。


「何が?」


 気の抜けた声で問う琴海。


「2人とも対照的じゃない? あんまり交わりそうにない気がしたから」


 琴海は上体を起こす。琴海の長い髪がはらりと肩にかかる。


「ま、そうね。ウォーリアじゃなきゃ、ミズとこうして会話をすることもなかったと思う」


 琴海の言葉はどこか優しく感じられた。


「わたくしとことうみは、元々同じ学校に通う同級生という関係でしかなかったんです。むしろ、わたくしを毛嫌いしておりました」


「別に毛嫌いしてたわけじゃないって!」


「そんな必死にならなくてもいいですよ」


 藍川はわかっていると言いたげになだめる。恥ずかしそうにそっぽを向く琴海。


「どういうこと?」


 藍川は微笑み、少し恥ずかしげに話し始める。


「わたくしとことうみは、ひらたく言うと"ライバル"だったんです」


「ライバルって何の?」


「学校で成績のつくことなら何でも。知能、運動能力。競えるものなら見境はなかったですね」


「私が見境なくあんたと張り合ってたみたいに言わないでくれる?」


 琴海はそばにあった小さな抱き枕を抱えてツンケンする。


「お互い様ですから」


「それで?」


 興味津々な氷見野の様子をジロリと見つめる琴海だったが、氷見野は藍川の話に夢中で気づかない。


「私とことうみは、中学に上がって初めて出会いました。入学間もない頃は、お互いに意識することもなかったんです。きっかけは、中間テストですね」


 藍川はテーブルに置かれたパックのお茶を自分のコップに注ぎ、「入れましょうか?」と氷見野に尋ねる。氷見野のコップの中はほとんど入ってなかった。


「ありがとう」


 藍川は氷見野のコップにお茶を入れていく。


「私も」


「はいはい」


 トンと置かれた大容量のパックのお茶が音を立てると、藍川は懐かしげに続きを話す。


「最初の中間テストでわたくしが1位、ことうみが2位でした。ことうみはこんな見た目ですが、勉強の成績はかなりいいんですよ」


 今はシャワーをした後ということもあって、薄化粧だけしてる女子高生らしいあどけなさがあるものの、普段ばっちりメイクの琴海が勉強を重視しているようには見えない。


「ことうみは中学でも成績がよかったんです。全校1位になるのは当たり前。自分より上はいなかったんで、中学に上がっても1位だろうと思ってたら……」


「藍川さんが取っちゃったのね」


「はい。それで目のかたきにされてしまいまして」


「あの時のミズはほんと生意気だったからね」


 琴海はテーブルに肘をつく。


「はい?」


「先生が読み上げた順位発表の時、私を見下したような目で見てきたのよ」


「それはことうみがそう思っただけですけどね」


「ふーん。じゃあとりあえずそういうことにしておいてあげる」


「ことうみヤサス」


 藍川は指を絡め、両手を絡めて崇めるようなポーズを取っておどける。


「誰にも負けたくないから、勉強も運動も頑張ってきた。おかげで何度も1位を取って、表彰状もいくつも貰ってきた。でも、中学に入って、初めて誰かに負けた」


 琴海はだらけた姿勢でしんみりと話す。


「死ぬほど悔しかった。成長してるはずなのに、頑張っても頑張っても追いつけなかった。そんな自分が許せなくて、ミズに八つ当たりしてた」


 琴海はチラチラと藍川の様子をうかがっている。


「ごめん……」


 しおらしく謝る。


「昔の話ですよ」


 藍川は優しく微笑む。


「何かされたの?」


「わたくしに聞こえるように悪口を言いふらしたり、故意にぶつかってきたり。あとは……」


「ごめんって!」


 琴海が焦りながら制する。琴海の狼狽えっぷりに満足したのか、藍川はご満悦だ。


「わたくしもことうみも根は負けず嫌いというのもありまして、何かと競いあっていたんです」


「今になって仕返しとか、ネチネチし過ぎなのよ」


 琴海は少し涙目になっている。拗ねた琴海はいじらしく可愛かった。


「ちょっとしたイタズラではありませんか」


「昔のことをネチネチ言うとか小さいと思わないっ!?」


「え、あーーどうだろう」


 氷見野は何て言ったらいいのかわからずはぐらかした。


「そんなに言ってませんよ」


「それより、そんな2人が何でこうやって話すようになったの?」


 喧嘩になりそうな雰囲気を感じて氷見野が話を戻す。


「えーっと、卒業間近くらいですかね?」


 藍川は琴海に確認する。


「そうね。私たちの学校周辺にブリーチャーが現れたの」


「やっぱり、狙われたのね」


 氷見野は同情的な声音こわねで呟く。


「いえ、どうやらお腹を空かせたブリーチャーがやみくもに現れただけだったみたいです」


「関原さんから聞いた話じゃ、群れからはぐれていたブリーチャーが迷い込んだらしいわ」


「あの時は夕方頃でしたね。わたくしは先生の手伝いをしていて、ことうみは部活中でした」

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