karma4 明日を見る者たち
時は流れ、東防衛軍基地のある山形にも少しばかり早い白銀世界が広がっていた。
あと数週もすれば、候補生となって1年となる氷見野。見事受験資格をクリアすることができ、3月に行われる
そんな頃、久しぶりに携帯がある人物の名を表示する。ヨガマットの上で体を反っていた氷見野は呼吸を意識してゆっくり体を戻す。ベッドに寝転がる携帯が点滅しながらバイブ音を鳴らした。
氷見野は軽やかに立ち上がり、ベッドに近づいて携帯を取る。中島からの電話だ。氷見野は腰の高さくらいの小さな収納棚に置かれたスマートスピーカーに顔を向け、「stop」と声をかける。最近お気に入りの洋楽コーラスグループの曲が止まる。そんなこんなしているうちに電話が切れていた。一度咳払いをして、折り返しの電話を入れる。
1回のコール音が鳴って、すぐに元気な声が入ってきた。
「もしもし」
「久しぶり」
「ごめんなさい。今忙しかったですか?」
「ううん、大丈夫よ。どうかした?」
氷見野は耳に携帯を押し当てながらベッドに座る。電話の相手は中島時雨。氷見野がコミュニティ棟で助けた女子大生だ。留め具が緩んでいた看板が地震により落下し、直撃を防いだことをきっかけに仲良くなっていたが……。
「どうかしたわけでもないですけど、氷見野さんの声を聞きたくなっちゃって」
「ごめんね。時雨さんに電話しちゃうと、なんか弱音を吐きたくなりそうでできなかったの」
「いえ、謝らないでください。責めるつもりはないので。氷見野さんの状況は知ってますから」
氷見野はクスッと笑う。
「ありがとう」
「それで……どうですか? 訓練は?」
「うん、大変だね。最初は後悔した。私が馬鹿だったって」
氷見野は微笑を浮かべながらネガティブな言葉を零す。
「でも、だいぶ自信もついてきたよ。大変だけど、一応受験資格は取れるようになったから」
「おめでとうございます。すごいですね。氷見野さんは」
「まあ、受かるかどうかわからないけどね」
「大丈夫ですよ。氷見野さんは」
氷見野はふわりと笑みを浮かべる。
「ありがとう。そっちはどう?」
「もうすぐ卒業するんですけど、課題がなかなか納得いかなくて」
中島は白いローテーブルに置かれた画用紙を見ながら声を落とす。同じような絵がいくつも机の周りに散らばっている。
「そっか。就職は?」
「決まりました……。福岡の映像会社に」
「え、それって……」
「はい。私、ここを離れることにしました」
「そっか……。応援してるね」
氷見野は寂しさを胸に抱きながら中島の背中を押す。
「氷見野さんのおかげで、決断できました」
「え?」
「氷見野さんが目標に向かって頑張ってることを知って、私も頑張らなきゃって思うようになりました。どんなに怖いことがあっても、どんな時代だったとしても、夢は捨てない。氷見野さんから教えてもらったんです」
福岡に西防衛軍基地はない。距離もあり、規則上からしても、通勤は不可能だろう。そうなれば、中島は外の世界で過ごすことになる。
「簡単にはもう会えなくなると思ったので、最後に、お礼を言いたかったんです」
氷見野はどう答えるべきか、迷うことはなかった。
「お互い、頑張りましょ」
「はい!」
中島は涙を浮かべた瞳を閉じ、明るく返答した。
ЖЖЖЖЖ
3月に入り、試験まであと一週間となった。試験が近いとあって周りはピリピリしている。いつもこんな感じなのだそうだ。そう言っている西松は緊張感がない。試験に落ち慣れてやさぐれてる気がしなくもないが、平常心でいられてるんだろうと前向きに捉えておいた。しかし、西松琴海はそう思っていないようで、兄の体たらくっぷりに幻滅しているらしい。
試験が近くなると、訓練や講義は少なくなり、休みも増えてくる。各自が自分のペースでコンディションを調整できるように計らわれているようだ。
今日は午前の講義で終わりとなった。西松たちは試験への景気づけにゲーム大会を開こうと言い出す。琴海や藍川、氷見野も誘われていたが、琴海は呑気なことを言い出す兄と愉快な仲間たちに、「また落ちるわよ」と容赦なく言い放ってずかずかと先へ行ってしまった。
氷見野が迷っていると、藍川が「行きましょうか」と誘う。氷見野は西松に「ごめんね」と言い、藍川瑞恵と共に琴海を追った。西松たちの誘いも魅力的だったが、試験までにやれることはやっておきたいという衝動には敵わなかった。
琴海が向かっていたのは訓練棟にあるジムだった。ジムにありそうな器具の他、スパーリング専用のルームが設備されている。どこも満室で予約が必要らしい。
予約受付をしようとしていた時、男女4人グループが一緒に使おうと言ってきた。ジムの管理スタッフからも、そうしてくれるとありがたいみたいな期待の眼差しが伝わってくる。その男女グループと会話をしたことはない氷見野だったが、藍川と琴海は顔なじみのようだ。
氷見野たちと男女グループは利用時間になるまで談笑することになった。
187センチという高身長で、話し方はゆっくり。穏和な雰囲気が滲み出ている。元々運動系は得意ではなく、試験ではいつも体技テストで落ちてしまうらしい。
氷見野は運動が得意ではないと話す足田に少し親近感を覚える。
元警察官だったようだが、ウォーリアであるとわかり、自ら警察を退職した。今年入ったばかりで、氷見野とは同期に当たる。
それを知った内田は、「お互いに頑張ろう!」と意気込んでいた。声と距離が合ってないなと思いながら苦笑いをして握手する。
ニート生活での不摂生がたたり、まずダイエットをしなければならなくなった。
最初は挫折し、リバウンドを経験したが、ようやく適正体重まで王手というところまで来たらしい。
クァンラット・栄子。タイと日本のハーフの女性らしい。候補生歴2年。
留学して日本の大学に通っていたが、突然自分がウォーリアだから来いと言われ、地下生活をすることになった。
地下の大学に転入することも考えたが、どれも自分の学びたいことが活かせるとも思えず、もう防衛軍でいいかと半ば投げやりになって入ったらしい。過去2回の試験に落ちるも、また挑戦すればいいじゃないとかなり楽観的だ。
4人とも頭1つ抜きんでた才能があるというわけではないが、藍川はそれなりに訓練を積み上げてきている足田、栄子、本林を一先輩として敬意を示している。
そこで初めて知ったのだが、藍川と琴海は氷見野と同期だということ。だが、氷見野は入校説明の時に女性はいなかったはずと主張する。藍川
コネクターがヒヨコみたいな鳴き声でカウンターまで来るように知らせてきた。氷見野たちは休憩スペースにある席から立ち、カウンターで鍵を受け取る。ドアの透明な強化性プラスチックに浮かぶ表示を利用中に変えて部屋に入った。
床全面に黄緑色のマットが敷かれている。足がほんの少し沈むのがわかる。ここへは何度か入ったことがあるものの、指で数えられる程度。戦闘体術も多少はできるようになったが、今まで殴り合いの喧嘩もしたことのない氷見野は今でも抵抗があった。
「さ! まず誰からやる?」
琴海がグローブをはめて仕切り出す。
「お、やりたそうだな」
足田は腰に手を当てて微笑む。
「西松さん! 手合わせ願います!」
内田はぴしっと片手を挙げる。
「それじゃ来なさい。手加減はしないよ」
琴海は気合充分に身構える。内田も琴海の前に立ち、戦闘態勢に入る。
氷見野たちは2人から遠ざかり、部屋の端に寄る。足田が両者を見ながら一度両手を鳴らした。
琴海と内田は間合いを読み、探りながら仕掛けるタイミングを計っていく。ジム全体は発汗により熱気を纏っている。クーラーの冷気に当たりたくなるほどの熱気があるが、体調面の管理も兼ねて扇風機が天井で回っているだけ。
琴海と内田の打ち合いが始まった。いつもならもっとハードになるが、試験が近いこともあり、軽めの打ち合いだ。ほとんどが寸止め。だが攻撃の手のほとんどは本気のスピードになっている。
試験では相手にギブアップを宣告させるか、ヒットした数に応じポイントが加算されることで合格に近づくと言われている。学べるものを自分の糧にしようと、どの分野においても上である琴海の動きに熱視線を注いだ。
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