karma10 くずれていくキズナ
攻勢を強める人間たちに対し、生物は両腕を伸ばして体を回転させる。生物の周りに近づく者を拒む。距離を詰めようとした西松はとっさにしゃがんで避けた。頭の上を大きな腕が空振りする。高速で2回転したことで風圧は放射状に駆け巡った。
少し肌寒い柔らかな風が、西松と柴田に触れる。2人は攻撃を緩めるしかなかった。2人の攻撃はやみ、落ち着きを取り戻す生物。仏頂面で2人を見やる。
「こいつ、そろそろキレてんな」
西松は笑みを浮かべる。
「お前の負けだ! ゴリラ野郎!」
西松は勾玉の刃を放つ。西松の体を熱くするエネルギーが回転刃へ伝っていくはずだった。勾玉の刃は空気を裂き、動きの鈍くなった生物へ飛んだ。しかし、勾玉の刃は生物の体に弾かれただけで横に逸れる。
「なっ!?」
小爆発を起こすはずだった。西松は突然の故障に戸惑いを見せる。西松の動揺を見透かすように、生物が西松との間合いを詰めた。
「……!」
積み上げたものが不意に崩れ落ちる音を聞いた。西松は動けない。柴田はとっさに西松の前に入る。生物の振り抜かれた拳と警棒が交わろうとする。警棒は電気を纏うことなく、そのまま生物の拳に向かう。警棒は折れ、拳が柴田の顔面に迫る。柴田は吹っ飛ばされた。
柴田の背中が近づいてくると察知し、反射的に両手を前に出す。西松は柴田の体を受け止めきれず、飛ばされてしまう。西松と柴田は椅子の端に体をぶつけ、段差を転がっていく。
2人は下段の座席部で止まる。西松は顔をゆがめながら重い体を起こす。1つ下の段の通路に、柴田が倒れている。
「おい、カズ、カズ」
柴田は気を失っていた。
「キヨ! 逃げろ!」
興梠がこちらに走ってくる。
西松は背後から威圧を感知した。
生物は西松のすぐ後ろにいる。1ミリでも動けばやられる。擬死のつもりはないが、本能的にそうしてしまった。動かなければ、生き残れるはずもないのに。
葛城は大声を上げて生物に走っていく。葛城は長い鉄骨を持っていた。鉄骨は青い光を放っている。感情の昂りを表すように、葛城の体にも電気が走っていく。
葛城は後ろから生物の頭めがけて鉄骨を振るう。生物は腰をひねり、片手で受け止める。鉄骨は衝撃で曲がり、電気が生物の体を伝うが、表面を辿って消えてしまう。畳みかけるように御園が巨体の背後から突っ込んだ。助走をつけて拳を振り切る。生物は腰に衝撃を受け、よろけてしまう。
「行け!」
葛城の声が西松の意識を切り替えさせる。西松は倒れた柴田を背負う。
駆けつけた興梠も手伝い、西松と共に逃げ出す。
「どうする!?」
西松は不安入り混じりながら興梠にぶつける。
「逃げるしかないだろ!」
「魁は!?」
「……信じるしかない」
葛城は恐怖に押し潰されそうになりながら、3メートルの生物と対峙していることに自嘲してしまう。
生物は2人に挟まれた状態。葛城は生物に真向勝負を挑む。走り込み、生物に鉄骨を振るった。生物の腕が鉄骨をはたき落とす。が、不気味にもクルッと回し蹴りのような軌道で回転し、鉄骨の端が生物の頬をぶった。
怯んだ隙に御園が仕掛ける。生物の太ももめがけ、体を投げ出すように大きく振り上げた拳を振り下ろす。拳が生物の太ももに触れる寸前、唐突な浮遊感に襲われる。
御園の視界が大きくぶれ、視点が上下する。自分が逆さになっていることに気づいたのは、生物に投げ飛ばされた時だった。
御園は1階の客席から落ちていく。
「御園……」
生物はリーチの短い腕を伸ばし、拳を突き出した。
葛城には届いていない。突き出された拳は葛城の胸に向けられている。
その時、葛城の胸部に激痛が走った。葛城の息が詰まる。
葛城の体が生物から遠ざかっていく。葛城の足は地面を踏めず、見えない衝撃波に飛ばされてしまう。葛城は通用口の壁に背中を激しく打ちつけ、力なく倒れた。
西松と興梠は2階席の通用口へ走る。西松の視界は葛城が飛ばされていくのを捉えた。疼く生傷よりも、仲間が倒れていく様を見る方が辛かった。
生物は全速力で西松たちを追いかけていく。
反対側の通用口を目指したため、通用口までまだ距離がある。また、人を背負ったまま走っていることもあり、スピードも出ない。西松は唇を噛みしめる。西松は突然立ち止まった。
「っ? おい!」
いきなり走りを止めた西松に興梠が疑問を浮かべる。
「お前は柴田と一緒に逃げろ」
「は!? 何言って……」
「俺たちが馬鹿だったんだ」
か細い悲痛な声が興梠の言葉を遮る。
「何もわかってなかった。戦うということが、どんなものなのか……」
擦り剥けた手が拳を作る。力んだ拳は悔しさを鳴く。
西松は興梠に視線を投げた。それは最期の別れを告げるかのように訴えてくる。
「ここは俺が食い止める。何秒時間を稼げるかわからねぇけど、その間にお前は逃げろ」
興梠の顔が引きつる。これが現実だと受け入れたくなかった。意識が冷たさを持ってどんどん遠のいていくようだった。
しかし、受け入れなければならない。そして選択するのだ。ここで全員戦って死ぬか、誰かが生き残るか。
興梠は西松の背にいる柴田の腕を取り、首に回す。興梠の背中にのしかかる重み。感じたことのないほど重く、しっかりと足腰に力を入れないと倒れてしまいそうだった。興梠は唇を噛んで通用口へ急ぐ。
西松は別れを惜しむように目に焼きつけ、振り返る。生物は誰もいない最上部通路を走り抜けている。西松よりも、逃げる興梠と柴田にターゲットを絞っていた。
西松は勢いよく駆け出した。疾走する様は雷神の
命を懸けてでも、守りたいものがある。迷いなど、ない……。
西松は自覚していなかったが、陸上選手でも出せない速度で駆け上がっていく。
走り出してからたった5秒という時間。生物の視界の端に飛び込んできたのは足。客席とを区切る壁を飛び越え、靴の裏が顔面へ向かっていく。高く飛んだ西松の蹴りは生物の頬に入った。
生物は、天井まで伸びる最上部通路のなだらかな壁面に顔をぶつけられた。生物が受けた蹴りの衝撃点を中心に飛散する稲光。生物の首が不気味に曲がってしまう。
西松は最上部通路へ着地し、怯んだ生物へ殴る蹴るを浴びせる。無我夢中で振るった拳と蹴りは1つ1つに電光がつき纏い、生物の視界を奪っていた。生物は攻撃を受けながら、西松の変わりようと気迫に困惑する。
興梠は大ホール2階席を出て、廊下を走っていく。
興梠が向かう1階へ下りる階段はエントランスに続いていた。
高い天井の廊下は興梠の足音さえ響くほどの空間と静けさが広がっている。
この静けさから察するに、人間の体から出てきた複数のブリーチャーと特殊機動隊は、おそらく1階のエントランスにはいないと思われた。このまま正面から出て、保護してもらえればとりあえず命だけは助かるはず。興梠は安全圏へ急ごうとする。
上下に揺さぶられる意識の中、柴田のぼやけた視界が光を吸収した。柴田が少し首を動かす。視界の右端に興梠の頬を捉えると共に、緩やかにカーブする廊下が前方へと伸びているのが見えた。
柴田の体に伝わってくる興梠の体温は異常に熱い。不規則な息づかいは掠れ、動揺にも似た心臓の音が共鳴しているようだった。
「テツ……」
柴田は絞り出すように声を漏らす。興梠は首を横に少し振り、右肩から顔を覗かせる柴田を見やる。
「気がついたか」
「みんなは?」
興梠はどう言うべきか迷った。そのまま伝えるには残酷だ。おとりになったとか、身代わりになったなど口が裂けても言えない。しかし、その時の興梠には、柴田を傷つけない代わりの言葉など見つかるはずもなかった。
「今、キヨが時間を稼いでくれてる。あとは、専門に任せよう」
興梠の声色はひどく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます