karma9 至難・苦難・受難

 隊員たちは生物から少しずつ距離を取っていく。生物は床に手をついたまま、品定めするかのようにまだ周囲の隊員たちを眺めている。

 すると、生物は威嚇するように奇声を上げた。生物は四足歩行で走り出す。ナックルウォークという走法で加速する生物の走りは、自動車に追いかけられている気になる。たまらず逃げる隊員たち。生物は3メートル近い体で飛びかかった。

 1人の隊員は一緒に壊された椅子を突き抜け、床に押し潰される。体を器用に使い、狭い通路でも素早く動き、隊員を捉えていく。

 隊員が手りゅう弾を投げるも、生物は機敏な動きでかわす。

 最上部通路で銃撃していた隊員たちを殴り倒していく。またたく間に隊員たちは倒れ、残った隊員は1人。逃げ場を失った隊員は腰が抜けたまま銃を乱射している。

 引き金がくうを鳴らした。生物は哀れな隊員を見下ろし、拳を振り抜く。隊員は目を瞑った。


 数秒後、恐る恐る目を開く。生物の拳は顔の前で止まっていた。怪訝けげんな表情で生物を見上げる。

 最上部通路の壁に隊員の姿が遮られ、西松たちには何が起こっているかわからない。ただ生物が拳を振り下ろしたということだけだ。リンゴでも握り潰されたような音が聞こえたのと同時に、鈍色の壁に赤い液が飛び散る。

 赤い斑点が散らばり、赤の雫が壁を舐めるように落ちていく。


 静かな空間に殺戮が色濃く漂う。生物が次に狙いを定めたのは、最上部通路と客席を隔てる壁から、少し顔を出して見ていた興梠だった。

 目が合ったと感じた興梠はとっさに客席の方へ逃げ出す。

 生物は最上部通路を駆け抜けながら客席へ下りていく。


 葛城はいつの間にか先回りして、最上部通路の柱の陰から右腕を伸ばしていた。ボウガンのような武器はベルトで葛城の右手首に固定されており、装填されたかぎ爪の刃が細いバネと共に引っ張られている。バネはしなり、今か今かと発射の合図を待つ。

 葛城は生物の速度を考慮してタイミングを計る。葛城の左手の親指が、黒光りのボウガンの後尾にあるボタンを押した。かぎ爪が細いワイヤーを引き連れながら飛んでいく。


 生物の腕にワイヤーが絡まり、生物は動けなくなる。生物はワイヤーの先にいる葛城を捉えた。伸びたワイヤーを電流が走っていく。生物の体を包むように青い光を放つ。電気にさらされた生物は停止した。

 西松と柴田は生物の動きを注視しながら葛城の下に向かう。葛城は険しい表情で電気を流し続ける。

 しかし、生物は突然動き出し、絡まったワイヤーを引っ張った。強い力で葛城の体が横に煽られ、転倒してしまう。張り詰めていたワイヤーは火花を散らし、火に包まれてワイヤーが切れてしまった。


 生物は巨体を揺らして走り出した。葛城は壊れた武器を手首から外し、放り投げて逃げ出す。生物から逃げ切れるわけがない。わかってはいたが、葛城には逃げるしか思いつかなかった。


 生物はナックルウォークから上体を起こし、走り出した勢いのまま最上部通路と客席を隔てる壁面を殴る。葛城の行く手を塞ぐように壁面が飛散した。葛城は急停止する。紫色の荒れた皮膚をした大きな手が、穴の空いた壁の端を掴む。

 生物は顔を覗かせ、葛城に細い目を向ける。葛城は身構えた。生物の攻撃をあしらい、隙を見て逃げ出すしかない。その時、バチンという大きな音が鳴る。生物の体が横に振られた。


 生物はバランスを崩し、振られた左へよろける。生物は狩りの邪魔をする者へ敵意の視線を向けた。

 柴田と西松が威嚇するように電気を纏う警棒と円形の刃をちらつかせ、生物の前に立ちはだかる。生物の気が逸れた隙に、葛城は距離を取っていく。


「おい、この後どうすんだよ?」


 西松は強張こわばった表情で隣に立つ柴田に問いかける。


「さあな。だが、俺たちにこいつを殺せなくても、無力化くらいならできるかもしれない」


「この巨体が無力化する姿なんざ想像できねぇんだけど」


 生物は西松たちの体の倍はある。西松と柴田を見下ろす生物は今にも襲いかかってきそうだ。


「とにかく、こいつの自由を奪えば時間を稼げる。何でもいいからやるしかねぇ。こいつが生物なら、きっとどこかに弱点があるはずだ」


 生物はしゃがみ、膝を折り立て腰を落とす。生物が前かがみになった瞬間、生物は充分に体重を乗せた足で床を蹴った。

 生物は大きな体で突進してくる。西松と柴田は間一髪でかわす。生物の体が西松と柴田の間を抜ける。

 生物は体の正面を反転させ、足の裏で摩擦をかけてブレーキをかける。切り返し、柴田に飛びかかった。

 柴田は右手首を支えるように左手で掴み、全身を伝う感覚に神経を研ぎ澄ませ、右手に集める。突き出した警棒の先から電撃を飛ばした。電撃を受けるも、少し勢いがなくなっただけで生物は止まらない。


 柴田は後ろに退きながら横へ飛ぶ。着地の際に階段の段差にすねを打ちつけるが、そんな痛みなど気にする余裕もない。生物が柴田に視線を向けようとした。すると、生物の硬い皮膚を削るかのように、勾玉の刃が回転しながら生物の体に接触する。回転刃は生物の体の接触部から火花を散らした。

 生物は勾玉の攻撃よりも、飛び散る火花が顔に当たることを嫌がり、顔の前で手をかざして火花を防いでいる。西松は後ろに大きく引いていた手を前へ振り抜く。細いワイヤーは西松に引っ張られ、遠心力でもって生物に向かわせる。


 西松は眉間に皺を寄せた。勾玉の刃が生物に当たるタイミングを計る。西松はインパクトの瞬間を見極め、体の奥に眠るエネルギーを放出した。

 それはワイヤーを伝って回転刃へ注がれていく。回転刃は生物の顎を捉え、小爆発を起こした。生物の顎にある髭をえぐり、生物の体がのけ反る。


 柴田は生物との間合いを詰め、警棒で殴りつけた。生物は反撃を試みるも、崩れた体勢からの強引な攻撃は正確性に欠け、力も半減してしまう。

 西松と柴田は攻撃の手を緩めることはない。生物の周りで俊敏に動き回り、裏を取っては攻撃を繰り出す。段差ばかりの足場。ところどころを破損し、破片が散らばっている中で立ち振る舞う姿は、中学生とは思えぬ身のこなしだった。

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