karma11 友達の最期

 西松は生物に攻撃をさせまいと連動した猛攻を続けている。殺気立った獣と化した人間は逃げることも許さず、畳みかけていく。

 生物が見てきた人間は弱い生き物でしかなかった。他の生物と変わらない。自分の持っているすべての力が通用しないとわかれば逃げていく。犠牲を払ってでも、より多くの仲間を生存させようとする。


 しかし、今立ちはだかる人間は、どんなに自分の攻撃が通用しないとわかっていても、一心不乱に戦いを挑み続けている。ウォーリアであるという自信がそうさせているとしても、リスクが高い行為であることに変わりはない。

 少しずつではあるが、生物の体は傷つき、ところどころへこみが見られた。弱っていく生物。だが西松もそれは同じだった。西松の拳が光を失う。生物の硬い皮膚が手袋に覆われた拳を跳ね返す。衝撃が手袋から肌を通過し、骨に浸透していく痛み。体の中のすべてが一瞬にして乾いて落ちていく。


 生物は力のない拳を打たれ、西松の動きが鈍くなったことを悟った。西松に指を突き立てた生物の手が飛ぶ。

 西松は鋭利な刃物を想起させる手を払いながら下がった。生物は踏み込み、斜めに蹴り上げる。西松はとっさに腕を下げて横腹をガードした。西松の体が最上部通路の塀を越え、2階席に落ちていく。客席を跳ねるように転がり、最前列の壁に直撃する。

 最前列の通路でうずくまって唸る西松。ズキズキとする左腕は、赤くなっていた。少し動かしただけで激しい痛みが襲う。体力も、気力も底を尽き、もはや戦う力は残されていなかった。


 生物の怒りは収まらず、西松の息の根を止めようと迫っていく。すると、2階席の最前列の壁を越えてドローンが現れた。


 ドローンは生物に真っすぐ向かっていく。ナックルウォークで西松に向かっていく生物の手に振り払われる。

 ドローンは機敏な動きを見せて避けると、生物の肩に張りついた。ドローンは爆発し、生物は衝撃で地面に押しつけられる。粉々に崩壊した椅子の破片や小さな金具たちが、通路に倒れた西松にかかった。

 立ち込める煙と火薬の臭い。覆われた煙の中で近づいてくる足音を聞く。


「キヨ! しっかりしろ!」


 煙の中に入った興梠と葛城、御園は倒れた西松に駆け寄る。葛城と御園は興梠と一緒に西松の体を持ち上げ、興梠の背中に乗せていく。興梠は西松の膝の裏に両手を入れて立ち上がる。

 うっすらと煙の中に浮かぶ生物の影。4人の背後へ明確な殺意を持った手が伸ばされた。すると、オレンジの発光弾が生物の手に当たる。発光弾は爆発すると共に眩い光を放つ。


 生物は前方斜めにある最上部通路の方向へ顔を向けようとするが、発光弾が生物の体や顔に乱れ飛ぶ。


「早く行け!」


 柴田は血の滲む口で叫ぶ。柴田の手元で銃は青い線条を纏い、吼え続けていた。

 3人はそそくさと逃げていく。

 生物は柴田が乱射する銃に怯み、素早く横へ移動して接近しようとしていたが、銃弾は隊員たちが撃っていた時よりも強力になっており、体力を消耗している生物には厄介な攻撃であった。


 興梠と葛城は柴田を追い越し、通用口へ急いだ。柴田は下がりながら撃っていく。だが弾を作り出すバッテリーが切れ、銃は引き金を引き続けても黙り込む。柴田は銃を捨て、興梠と葛城を追いかけるように逃げていく。

 阻む物が無くなり、生物は猛スピードで柴田の背中に向かって走り出す。後ろから迫ってくる大きな足音は重機でも動かしているんじゃないかと思わせる。建物全体が震動し、脆くなった天井から破片が落ちていく。


 柴田は後ろを見る。生物はいなかった。足音もやみ、どこにいるのかわからない。視線を上げた時だ。生物は飛び上がって柴田に手を伸ばしていた。柴田の顔が横にぶれる。頭の中で渇いた音が弾けた。柴田は転倒し、床に激しく頭を打つ。


 後ろで鈍い音がして、葛城たちが立ち止まる。葛城と興梠が振り返ると、倒れた柴田に、生物が覆い被さっていた。


「カズ!」


 興梠は助けにいきたかったが、西松を避難させることも考えなければならず、すぐに向かうことができない。

 葛城が体から電気を発し、助けに向かおうとした時、4人のインカムが鳴った。


「逃げろ」


 わずかに残る息を絞るような声だった。葛城は体から発する電気を無意識に収める。葛城と興梠は確かめるように倒れた柴田を見つめていた。柴田はわずかに顔を動かし、瀕死の瞳を向ける。


「逃げて……くれ」


 生物は柴田の首を掴んで持ち上げる。柴田は生物に歯向かう気力もない。柴田が短く発した言葉がどんな意味を包含ほうがんしているか、3人にはわかっていた。


 


 それでも、戦うことができないとわかった友達を前に、逃げ出すことができなかった。友達の死を見返りにして、自分たちが助かる決断をすることが心を痛めつけ、体が拒んでいる。

 生物は自分の顔と突き合わせるように柴田の顔を持ってきて、細い目でジロジロと見つめた。


 おぼろげな意識の中、興梠の肩から顔を出す西松は柴田の姿を捉える。

 生物は細い両目をぱっくりと開けていく。もうろうとする柴田の目に、赤い瞳が突きつけられた。

 生物の瞳から円錐の立体光が照射される。赤い光の膜が円錐の側面を形作り、くっきりとした赤い光の筋が空間の透明な壁に円環を表す。生物は柴田を宙に映す円環にめ込む。


 光の円環の内側にもひと回り小さい円があり、外側と内側の円の隙間に、見たこともない記号が羅列され、グルグルと回っていた。葛城と興梠は生物が何をしているのか理解できず呆然としてしまう。

 生物は柴田しか見ていない。隙だらけのようにも見えるが、このまま立ち向かって勝てる気も、逃げられる気もしなかった。

 円錐形の立体光が消える。生物は薄く口を開く。細いくだが飛び出し、柴田の額を貫いた。ストローで液体を吸うような音が鳴り響く。柴田の額に空いた穴から静かに赤い筋が垂れる。わずか13歳の命は、静かについえた。


 それを目の当たりにしている4人も、もうすぐ同じように消えるのだ。見せつけられた死の形。御園、興梠と葛城の頭が勝手に自分に置き換え、おぞましい感覚を想起する。

 西松は柴田の最期を見届けた後、意識を失った。


 柴田の額からくだが抜け、生物の口の中に引き込まれていく。生物は亡骸から手を離す。亡骸となった柴田は無防備に落ちた。仰向けになった柴田は目を閉じて動かない。

 生物は固まっている御園、葛城、興梠を無表情のまま見据える。決着はついた。あとは一方的な惨殺ざんさつが待っている。異様な姿の生物の身と血となるのだ。


 生物が片足を前に出す。その時、上から衝突音が聞こえてきた。鉄骨や天井の一部がバラバラになって落ちてくる。生物は顔を横に向け見上げる。生物が見上げた時には、天井に穴を空けた正体が生物を斬首していた。


 生物の首は体から離れ、鈍い音を立てて落下していく。生物の体もよろめいて倒れる。

 そのすぐそばで、膝をついた人影が立ち上がった。興梠と葛城は息を呑んでその人影を見つめた。屈強な体つき。だがそれは人の体ではない。濃い紫と白で配色された硬そうでありながら滑らかな質感が全身を覆っている。

 ヘルメットのアイシールドが葛城たちに向けられた。冷淡な細い目が興梠たちを見定める。折り重なるように作られた太い機械的な腕の表面には、『ever4』の文字が躍っていた。



ЖЖЖЖЖ



 数時間後、新種のブリーチャーを含め、ドームを襲ったブリーチャーたちは鎮圧された。死者数247名、重軽傷者数3513名。ブリーチャーによる日本最大の被害が出た事件として、世界に報じられた。

 西松たちは東防衛軍基地へ移送され、治療が行われた。そして、西松たちは改めて現実を突きつけられる。


 東防衛軍基地の入院病棟にある霊安室で、柴田和希の遺体を2つの目でしっかり確認した。脳をすべて奪われた柴田には施しようがなく、死化粧しにげしょうをしてやるのが精いっぱいの手向たむけだった。


 西松たちは白い台の上に寝かせられた柴田を前に、声も出せず泣いていた。ブリーチャーへの恨みより、非力な自分たちの不甲斐なさを恨んだ。

 ボロボロになった体で、友達の死を受け止める。悔しさを噛みしめる唇が震え、あふれんばかりの涙と共に後悔を浮かべる。そんなことしかできなかった、13歳の秋だった。

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