karma4 いつも通りのはずだった

 柴田と西松は身構える。ブリーチャーと対峙すると、いつもビリビリするような空気が肌を差す。

 骨が張り出すブリーチャーの背中が開き、10本の触手が一瞬にして宙を昇る。上から柴田と西松に狙いを定めると、すべての触手が柴田と西松に飛んでいく。柴田と西松は難を逃れ、触手は空気を切り裂くかのごとく床に突っ込んでへこませる。


 西松は横に飛び込み、近くに落ちていた特殊機動隊のサブマシンガンのような銃を手に取る。転がった動作で流れるように片膝をつき上体を起こすと、ブリーチャーに銃を向けた。

 構え方は普通の所作とは違う。像牙のような曲線を描く弾倉部に手は添えず、銃身を持つ。迷わずトリガーが引かれる。銃身から銃口に弾丸が通過するまでのわずかな時間。銃身から銃口まで通る感覚は、西松の右手の指先にビリビリと伝わっていた。

 銃口から飛び出した弾丸は、隊員が撃った時とは違う挙動を見せる。弾丸は初速を上げ、加速する。弾丸はブリーチャーの硬い皮膚を貫く。

 だが銃が咆哮を上げたと同時に、ブリーチャーの腹から先のとがった触手が飛び出し、西松に向かっていた。西松は今まで出会ってきたブリーチャーに見られない第十一の触手に反応が遅れる。

 飛んでくるブリーチャーのとがった触手を狙って撃つ。弾丸は触手に当たらない。触手がみるみる迫っていく。体に避ける指令を出すには遅過ぎた。


 会場に入っていた人影はその危険を察知していた。人影はトップスピードで西松の体をさらっていく。触手はくうを切って伸びていった。西松は床に体を打ちつけられる。


「間に合ったな」


 目を開けると、肝を冷やして苦笑をらす御園の顔があった。

 西松は体を起こし、ブリーチャーを探す。

 ブリーチャーは駆けつけてきた初動防戦部隊と交戦を始めていた。初動防戦部隊はステージをガードにし、特徴的な形をした銃をブリーチャーに撃っている。ブリーチャーは触手を乱舞させ、初動防戦部隊に襲いかかっていた。

 花道となっている会場の中央に真っすぐ伸びたステージは更に原形を崩し、穴が空いていく。


「とりあえず、俺たちは生存者の確認を終えたら出るぞ」


「おう」


 御園と西松は会場の端に寄っていく。

 会場の右側奥にある通用口の扉の外で、柴田が御園と西松を待っていた。西松と御園は柴田の姿を捉え近寄っていく。


「葛城と興梠に2階から生存者を確認してもらってる」


 御園は真剣な表情で端的に伝える。


「俺たちも確認して息がある人を運び出すんだな」


 柴田は首肯して、これからやることを口にする。


「おそらく3人くらいが限界だろう。3人を会場から運び出したら、俺たちはここを離れる」


「それじゃひとまずここで待機だな」


 初動防戦部隊は会場の至るところに散らばり、ブリーチャーをかく乱していく。

 2階席では特殊機動隊と初動防戦部隊のスナイパーが各方面から狙撃していた。初動防戦部隊の銃は特殊機動隊の物とは仕様が異なっている。時折オレンジ色の光弾が会場のところどころで飛び、ブリーチャーに着弾していた。

 ブリーチャーの皮膚に穴が空き、青い細胞が見えてくる。ブリーチャーは痛みを訴えるように絶叫している。針のむしろとなったブリーチャーは極めて劣勢に追いやられていく。


「特殊機動隊と防戦部隊の協力戦線! こういうのが間近で見られるのも俺たちの特権だよな」


 俄然興奮する西松。御園は呆れつつ口角を上げ、首を横に振る。


「ああ、できるだけ見つからないようにしてくれ」


 柴田はワイヤレスのイヤホンマイクを使って葛城と興梠に連絡を取り終えると、会場内に目を凝らす。


「ああ、見える。非常灯の下にいる人だな。……ああ、よろしく頼む」


 柴田は西松に視線を振った。


「キヨ。お前はあの女性を運んでくれ。サポートに俺が入る。反対の出入り口に回ってくれ」


「おっしゃ! ぱぱっとやってくる」


 そう意気込んで、西松は走り出そうとした。


「待て!」


「ふぐっ!?」


 西松はフードを引っ張られ、急激に首が締まる。西松は咳き込み、喉を押さえて「何だよ!?」と柴田に文句を言う。


「様子がおかしい」


「は?」


 西松は会場の中に視線を振った。ブリーチャーと特殊機動隊、初動防戦部隊の戦況は変わっていない。依然、形勢はブリーチャーが追い込まれ、もはや虫の息だ。


「何も変わってねぇじゃん」


 西松は不思議な顔で見る。


「違う。そっちじゃねぇ……」


 柴田の表情は強張こわばっていた。黒目を丸くして、ただ一点を見つめている。今まさに、起こっていることを必死に理解しているみたいだった。


「なんだ、あの人」


 御園は呟いた。ブリーチャーや隊員がいる場所ではない。会場の端――そこで留まっている何か。確認できたのは、倒れていた人が今起き上がろうとしていることだった。


 四つん這いになった女性は、さっきから体全体がけいれんしているような動きを見せている。腹の下にしまい込もうとするほど首を折り曲げていた。それが2人、3人と増えてきている。隊員も負傷者の異変に気づき始めていた。

 ブリーチャーに襲われた人たちは、共鳴するように体をひくつかせる。体や腕が膨らみ、毛穴が広がってまだらな黒々としたものが覗いた。

 すると、皮膚が弾け、皮膚片が宙を舞う。

 西松たちは目をみはった。ぬめりのある液体を浴びたブリーチャーが、人の体の中から現れたのだ。会場のあちこちで皮膚片が飛び散っていく。粘液を纏ったブリーチャーは、驚きを隠せない隊員たちに爛々らんらんとした黄金の瞳を向ける。


 初動防戦部隊と特殊機動隊は、弱り切ったブリーチャーを後回しにし、後ろを取ってきたブリーチャーたちに狙いを切り替えた。

 ブリーチャーの数は5体。ブリーチャーは隊員たちの後ろを取っていたこともあり、互いの距離はかなり近い。

 隊員たちは銃撃しながら即座に体制の立て直しを図ったが、ブリーチャーの触手は隊員たちを殴り飛ばす。防具を壊し、直撃すれば痛みで立ち上がることもままならない。


 隊員たちは次々に床に投げ出されてしまう。切迫する状況をどうにかしようと、2階席にいるスナイパーたちが、混乱する会場内で暴れ回るブリーチャーたちに暗がりを翔ける光弾を浴びせかける。


 2階席の最上部通路と観客席を隔てる、壁の上の手すりの隙間から銃口を差し込み、並んで狙撃する2人のスナイパー。その背後に、スルスルと壁に沿って下りてくる細いつるのようなもの。暗がりに潜むつるの表面は、いわゆる植物的なそれではない。


 腐葉土の濃蜜な茶色と、浮き立つ青いまだらを持つ皮膚のあるチューブは、スナイパーの背後の上から狙いを定める。チューブについた針の先端が向く。

 音を立てず、ゆっくり首の後ろまで近づいたチューブが動きを止める。たかが1秒の間は、人間の軟い器官をスキャンするためである。針は勢いよく、スナイパーの首の中に入った。

 針を刺されたスナイパーは、突然屈めていた上体を起こす。隣で撃っていた特殊機動隊のスナイパーは、同僚の不随的な動きをいぶかしんで顔を向けた。


「どうした?」


 だらりと首を下げる同僚は、盾にしていた壁から無防備に顔を出している。実戦には間違いなく相応しくない。

 隊員は同僚の首から伸びるチューブに気づく。チューブは壁を沿い、壁の上部で張りついている黒い影まで伸びていた。黒い影は微妙に形を変え、壁の上部で留まっている。言い知れぬ未知の生命体が、同僚に何かをしていることしかわからない。

 隊員が黒い影に銃を向けた瞬間、針を刺された同僚が隣のスナイパーの顔に銃口を向けた。

 銃は咆哮を放つ。

 眉間に風穴を開けられた隊員が床に倒れた。


 返り血を浴びた隊員は、倒れた仲間の隣で平然と"任務"に移る。"任務"は外部から命令されたものであり、今の彼にとって、敵は共に戦っていたスナイパーだった。スナイパーはスコープを覗く。初動防戦部隊のスナイパーに照準が合わされる。

 淡々と味方を撃ち抜いていくスナイパー。その一部始終を、物陰からこっそり見ていた葛城は、刻一刻と状況が切迫しているのを感じていた。

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