karma3 戦場へ
ドームのエントランスでは特殊機動隊がブリーチャーと交戦していた。
防弾盾を隊列に敷き麻酔銃を撃っているが、何発当たっても動きが鈍くならない。動きを止めようと咆哮を鳴らしている
触手が鞭のようにうねり、複数の隊員を吹き飛ばす。その時、弾丸がブリーチャーの硬い皮膚に刺さる。弾丸の中にあった時限電流装置がブリーチャーの体内で自動した。
ブリーチャーの体に電気が流れ、動きが一瞬鈍くなる。その隙に、体を撃ち抜くための
激しい銃撃音が辺りに
機動隊は前列の隊列を支えるように後列の隊員が踏ん張りを利かす。防弾盾を敷く機動隊は隊列を乱すことなく、触手の殴打の衝撃に耐える。
エントランスには、各都道府県に設置されている警察署の特殊機動隊が制圧しようと、今にも続々と応援が駆けつけていた。
1体のブリーチャーでどうにかなる現状ではない。銃撃の雨に晒されたブリーチャーは、再び会場の中に逃げていく。フルフェイスの紺のヘルメットを被る特殊機動隊は銃を構えながらブリーチャーを追う。
1階席の椅子が
ほとんどが10代から20代の女性。目をぱっくり開けて、じっとどこかを見つめている。その死体たちに紛れて、大きな体が目に入った。
さっきまで戦っていたブリーチャーは会場の端で横たわっている。体が上下する動きを見せていることから、まだ息があると思われた。
特殊機動隊は倒れているブリーチャーへ慎重に近づいていく。ブリーチャーは背中を見せているが、油断はできない。
1人の隊員の足が掴まれた。床に這いつくばる人の手。息もままならない女性が隊員の顔を見上げる。
「生存者確認。救助に切り替えます」
女性に助けを求められた隊員は隊長にそう言い、銃を置いて生存者を起き上がらせる。隊長が生存者を目視した時、生存者の女性は隊員の首に両腕を絡め、抱き着いた。女性を救助しようとした隊員の目が大きく見開かれる。周りにいた仲間の隊員も、救助に切り替えた隊員の姿を見て一様に驚愕した。
隊員の背中から、直径5センチの鋭利な棘を持つ触手が出ていたのだ。
突然、女性の顔が膨らみ出す。真ん中から分かれ、皮膚が剥がれていく。皮膚を破き、グロテスクな体が姿を現す。黄金の瞳を持つブリーチャーは、粘液を肌に張りつけ、奇声を上げた。
身ぐるみを剥いだブリーチャーに覆い被さられ、隊員はブリーチャーの下敷きになっている。
危機的な声色を纏う号令により、弾丸が爬虫類に似た体に撃ち込まれていく。ブリーチャーの体は弾丸をもろともせず、特殊機動隊員たちを舐めるように見回している。背中が観音式に開き、触手が宙へ飛び出す。特殊機動隊の頭上高くに触手が竜の
「なんだあの長さは!?」
隊長は思わず声を漏らす。普通のブリーチャーの触手は最長15メートルと聞いていた。しかし、特殊機動隊の隊員たちの目視では、15メートルどころの長さじゃない。それどころか、外側へ斜め上に伸びた10の触手は何もせずとも弾力性でもって銃弾を弾き、虚しく床に落下している。
更には腹にも別の触手が出ていた。腹から伸びる触手は、女性に
触手はぬるぬると滑るように腹の中に入っていく。助からないであろう隊員の体から触手が抜けた時、触手の先がとがっているのが確認できた。
現場にいた特殊機動隊の誰もがそんな武器を持つ生物だとは聞いていない。見た目はほとんど一緒なのに、これまで対処してきたブリーチャーとはまるで違う生物のようだ。
未知のブリーチャーの脅威におののいているのも束の間、宙で固まっていたブリーチャーの触手が振り下ろされた。
ЖЖЖЖЖ
西松と柴田はダクトの中を這っていく。空調用のダクトの先がどこに続いているかは正確に把握しているわけじゃない。しかし、一般市民の被害を防ごうとする警備網を掻い潜るには、ここを使うしかなかった。
ブリーチャーの被害に遭いたくないからと、全員が全員シェルターに避難するわけじゃない。
中にはブリーチャーを一度も見たことのない人が好奇心で会場へ来ることもあるし、雇われの身ではない厳格な安全確保など頭にない記者もいるし、自分の開設した動画配信チャンネルでブリーチャーを撮影しようと試みる命知らずの人もいる。
あらゆる人々の啓発が響いてないことをまざまざと見せつけられ、やるせなさと批判の嵐がSNSや報道などで渦巻くことも少なくない。
元凶さえいなくなれば、こんなことで悩む必要はなくなる。自分が持っている能力で誰かが救われるのなら、普通の人が持っていないものを得た意味はあったと誇れる。
他人から見れば中二病をこじらせたヒーローごっこだが、中学生という半端な身で真剣に考え、志を胸に立ち上げた防衛チーム。誰かに称賛されなくてもいい。自分たちが救った命の数を数えて、感慨に
少し電気を出せる特技を持ってるってだけの人が、ウォーリアなんだと言われる世界になれたら、今抱えている苦悩から解放されるのだ。
狭いダクトの中を時計ライトで照らしながら進む2人だったが、ネズミの糞や埃などが溜まっている道を這っていくのはなかなかの拷問だと、鼻をムズムズさせている。動物的な糞の匂いが埃と絡まってくしゃみを誘発していた。
また、ちょっとでも頭が上がってしまうとダクトにぶつけてしまうこの環境の悪さ。アドベンチャーゲームの主人公ならもっとうまく通り抜けられるはずなのにと、西松は顔をしかめて、ひたすらほふく前進で柴田の後についていく。
「まだつかないのか?」
「もう少しだろ。かすかだけど、さっき銃声っぽいのが聞こえた」
「じゃあ着いた頃にはもう片付いてんじゃないのか?」
「それかもうブリーチャーは逃げてましたってなオチかもな」
柴田は楽しげに語る。
「めっちゃカッコ悪いじゃんそれ」
「ヒーローがいつもカッコいいわけないだろ。そういうのは二次元ヒーローの特権だ」
「はあ……もう服が埃と糞だらけだし」
西松は悲哀に満ちた表情でぼやく。
「大げさな奴だなぁ。洗えば取れるだろ?」
「糞と埃まみれの服だったものをもう一度着られるわけねぇだろ。その服を見る度に糞と埃まみれの思い出が甦るんだよ」
「青春じゃねぇか」
「青春が糞と埃であってたまるか!」
「おっと、どうやら俺たちの旅路に終わりが見えたぞ」
暗視機能に切り替えられているサングラスが回っている換気扇を捉えた。
「おっしゃ、やっと埃と糞まみれから解放される」
換気扇を何度も突く。換気扇が蓋ごと床に落下した。
柴田は仰向けになって顔を出す。背にしている穴の下に両手を置き、慎重に中に入っていた体を抜いた。壁に靴の裏を擦らせ、後ろに飛んで着地する。柴田は周りを見渡しながら歩くが、足取りは重い。予想とは違う光景が眼前に広がっていたのだ。
柴田の後ろでダクトから出てきた西松が着地に失敗して尻もちをついた。立ち上がろうとした瞬間、糸のようなものが手に触れる。目を向けると、細く黒い線が束になっている先に、倒れた女性の頭があった。
「うおおっ!?」
西松は驚いた拍子に立ち上がる。西松は変な声を出したと思い、咳払いで誤魔化しながら柴田の背に近づく。
「もう逃げたっぽいな」
ステージにある電飾で照らされる会場内は静けさに包まれていた。おそらくもうブリーチャーはいない。
ブリーチャーの姿が確認されてから10分から20分後くらいには、国のブリーチャー対策部隊が現場に到着すると経験則で知っている。しかし、柴田はそんなことを考えられる余裕もなかった。
「柴田?」
西松は返答のない柴田に再度問いかける。
「どうなってんだ」
柴田はサングラスを外し、驚愕を面に貼りつける。
「あ?」
柴田は突然走り出す。
「な、どうしたんだよ!? おいっ!?」
柴田は会場内に倒れていた死体の前でひざまずくと、死体の着ている服や防具に注視する。
西松は柴田に追いつく。西松は柴田が駆け寄った死体に絶句する。肩や腕、ベストをつけた防具、背中にporiceの文字。
ブリーチャー案件では死傷者がいることはざらにある。もし現場で警察に死傷者がいた場合、必ず救助へと切り替えるはずだと2人は知っていた。ここに警察関係者の死体があるということは、可能性として想定される事態が起こっているということだ。
西松は周りを見回してみる。同じ防具や銃、ヘルメットがあちこちで見える。特殊機動隊の前衛が全滅している。
今まで一度も聞いたことがなかった。確認できる倒れた警察関係者は、ざっと目視で今まで見たことのない数だった。
「ヘマしたんだな」
柴田がぽつりと呟き、立ち上がる。
すると、柴田は自分の両頬を叩いて「おしっ!」と声を張り上げた。
柴田は振り返り、笑みを見せる。何度か見たことのある、強がった笑み。そうでもしなければ、こんな死臭にまみれた戦いになど出られない。
「ここにはもういねぇだろ。警察でも対処できてねぇ。そろそろ
「おうっ!」
西松と柴田が会場を出ようとした時、何かが倒れる音が聞こえた。その後もバンバンと音が鳴っている。
西松と柴田は音が聞こえてくる場所を探す。2階席、1階席と薄暗い会場を見回すが、姿は見えない。音は確実に近づいている。
すると、西松は会場の出入り口から入ってくる影を捉えた。床と平行する体。4本の太い足が運ぶ体の皮膚は、粗くぶつぶつとしている。恐竜のような頭と黄金の瞳は、柴田と西松を見定める。
ブリーチャーはつんざく声を鳴らして獲物を威嚇した。
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