karma5 少年たちの決断

攻電即撃部隊everの到着はまだか!?」


 初動防戦部隊の隊長は急かすように部下に聞く。


「それが、道中の新潟でブリーチャーの襲撃があった模様で、駆けつけていた攻電即撃部隊everはそちらの対応にあたり、他の攻電即撃部隊everが迂回してこちらに向かっている模様です」


「クソッ! こんな緊急事態になんで……。人に寄生するブリーチャーがいるなんて聞いてないんだ!」


 ブリーチャーの集団は人を圧倒していく。四方八方から飛んでくる触手に翻弄され、隊員たちは見るも無残に亡骸へと変貌する。


「退避!」


 苦渋の決断だった。一度退いて態勢を立て直さなければ、持ちこたえられない。エントランスに誘い出し、そこで迎え撃つしかなかった。

 退避していく部隊に絶句している西松たちは扉の陰に隠れる。


 会場の2階では未だに銃声が鳴り響いていた。それに混じって太い声が聞こえる。誰かを説得するようなそんな声だ。2階席では操られているスナイパーが仲間を攻撃し出したことにより、混乱と怒号が飛び交っていた。


 西松たちはエントランスから外れた薄暗い廊下で険しい表情でそれぞれ思い悩む。これからどうするか。自分たちにできることが何かないのか。

 ブリーチャーとの戦闘はあっても2体。5体のブリーチャーとの戦闘、しかも変種のブリーチャーとはこれが初めてだった。そんなブリーチャーに勝てるのか。己の中にある使命感とむごい残像を前に逃げたい気持ちとがぶつかって、迷いを巡らせている。

 銃撃音を耳に携えながら、不安を零すように西松が口を開こうとした時、柴田のワイヤレスイヤホンから音が漏れてきた。


「カズ、僕らは退いた方がいい。今回のブリーチャーは明らかに僕らの知らない能力を持ってる。スナイパーが操られて、仲間を殺してた」


 葛城は生々しい状況の報告をする。葛城は2階席に入る通用口から出て、広がる2階の廊下の柱に身を隠しながら周りの様子をうかがっていた。


「あいつらにそんな暇なかったぞ」


 柴田は小声でやり取りを行う。


「違う。戦っていたブリーチャーじゃない。他に別の生物が潜んでる」


「な……」


 柴田は言葉を失う。


「これも僕らの知らない生物だ。今も2階席にいると思うけど、奴はブリーチャーとは違う生き物かもしれない。形も能力も未知数だ。敵がどんなものを持ってるかわからない以上、下手に交戦するのは危険過ぎる」


 葛城の言うことはもっともだ。『雷神エクシリアーズ』は、正式な防衛組織と比べたら毛の生えた異種格闘技の選手の集まりみたいなもの。サークル活動みたいなことをやってきた。

 イレギュラーの敵と戦うノウハウみたいなものなど、何もない。自分たちの手に負える状況ではないと判断するのは、至極真っ当だった。


 消沈する4人。虚しさが込み上げてくる最中、葛城の声が4人に伝えられた。


「僕らの出る幕はない。ここから逃げよう」


 力の抜けた声が鳴った。


「そうだな。これは俺たちが関われる限度を超えてる」


 興梠が葛城に同調して、なんとなく逃げることが決定した雰囲気になった。


「俺は、逃げたくない」


 呟いた柴田の言葉に、4人は耳を疑う。


「ちょっと待てって。このままやっても、俺たちが勝てるかどうかわかんねぇんだぞ」


 西松は柴田を説得しようとする。


「カズ、これ以上やっても僕らは足手まといになるだけだ。もし負傷して動けなくなったら、僕らはブリーチャーに殺されるか、地下送りのどちらかになる」


 葛城は淡々とさとす。


「ここは退こう。攻電即撃部隊everに任せるんだ」


 御園も柴田の説得を試みる。


「まだ、俺たちにもできることはあるんじゃないのか?」


 柴田は西松と御園をしっかりと見つめる。2人は柴田の様子に戸惑い、顔を見合わせる。


「今ここで逃げても、きっと事態は収拾する可能性は高いと思う。けど、ここのドーム近辺に水辺はない。ブリーチャーは水辺がなくても、街中まで踏み込むことができるってことだ」


「そりゃそうだが……」


 その時、西松たちが隠れていた角の近くに、隊員と思われる人が飛ばされてきた。腹から血を流した隊員は目を瞑り、動く気配がない。3人はここにいるのはまずいと感じ、できるだけ離れようとエントランスの裏側まで回る。


 廊下を走っている最中、開いたドアから会場の中が見える。銃声に混じって声が聞こえてくる。焦燥と緊迫。戦場の真ん中にいると自覚させられ、恐怖が押し寄せてきた。

 こんな状況でも、たかが中学生の自分たちにできることがあると思っているのか。肝の据わった柴田は、この異様な状況にどうかしてしまった。西松は自分がブレーキをかけてやるべきだと思い直す。


「なあ、カズ」


「俺たちは」


「え?」


「俺たちは、ただのヒーローごっこじゃないだろ」


 裏へ回り切った柴田は立ち止まって西松と御園に向き直る。


「奴らと戦うのが、攻電即撃部隊everや初防じゃ足りない。これは人間とブリーチャーの陣取り合戦だ」


 柴田は強張こわばった表情で言い放つ。

 西松は不甲斐なさを拳の中に握りしめた。雷神エクシリアーズ。ウォーリアの遺伝子を持つ中学生が5人集まって、街の平和を守るとかなんとか、ヒーローごっこ的なノリで始まった。

 だけど、どこかで思っていた。本気でこの街を守っていきたい。安心して暮らせる場所を取り戻す。


 みんな言葉を交わさずとも、気持ちは同じだったことはわかっていた。自分たちで武器を作り、作戦を考える。会議をして、みんなで意見を出し合う。少しずつ、何かが作られていくのを感じた。

 いつの間にか語り合った決意も忘れ、ブリーチャーと交戦する人たちの間に入るだけの、どこぞのマニアになっていたと西松は自覚させられる。


「ここで食い止める。攻電即撃部隊everが駆けつけ次第、この場を攻電即撃部隊everに引き継ぐ」


「どうするか考えてるのか?」


 興梠の呆れた声が問いかける。


「え?」


「やっぱりな。特に何も考えなしに言ったんだろ」


「だから、俺たちも一緒に……ブリーチャーと戦うんだよ」


 柴田はしどろもどろになる。


「エントランスの方は俺たちが行ってもしょうがない。人は充分間に合ってる。予定外の俺たちが突っ込んだら、流れ弾に当たって死ぬのがオチだ」


「うっ……」


 柴田は苦い顔をする。


「俺たちは葛城が見た奇妙な生物の方に回ろう。会場の中で暴れ回ってるようだ。スナイパーだけじゃさすがに不利だろうし、俺たちが生物の気を引いて、スナイパーに仕事をしてもらう」


 興梠は端的に自分たちの役目を伝えていく。


「それいいなっ! それで行こう!」


「これくらい考えてくれよ、キャプテン」


「悪い悪い」


「テツはもうやる気満々ってわけか」


 葛城は不敵に笑う。


「お前こそ、ちゃんと敵の情報は掴んでるのか?」


 御園はやる気になっている興梠にいささか落胆しながら尋ねる。


「俺は魁の得意分野には手を出さないことにしてるんだ」


「要は僕に押しつけてるわけだ」


「無駄話はいいからさっさと言えよ」


 柴田は3人の会話をって急かす。


「会場の中にいる敵はおそらく1体」


「おそらくって……」


 興梠は何か言いたげに言葉を零す。


「人の話は最後まで聞けって。敵は人の体を操る触手を持ってる」


「さっき言ってたやつか」


「ああ、ここからは僕の推測だけど、たぶん人間がブリーチャーに変わったのもその生物の仕業だ。理論はわからないけど、他の人もブリーチャーに変わる可能性もある。1階には立ち入らない方が賢明だろう」


 葛城は補足し、意見を示した。


「じゃあ俺たちは2階に向かう。魁とテツは雷神の準備を」


 柴田は調子を取り戻し、指示を出す。


「「了解」」


「さ、行くぞ」


「しゃーねぇな」


 西松は柴田の笑みにつられて微笑んだ。5人の結束は強く結ばれ、混沌の戦場へおもむいていく。

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