karma6 小さな疼き

 翌日。昨日の地震の震源に近い地上では液状化現象が起きて地面がゆがみ、電柱が倒れ家を破壊していた。至る所で地震の爪痕が残っていた。ニュースで朝からその映像を観て驚愕する。

 一方、氷見野自身は基地内でちょっぴり有名人になった。氷見野が中島を助けた現場を見ていた人たちが噂をはやし立て、知る人ぞ知るヒーローという大げさな話になっていたのだ。

 おかげで通りすがりの知らない人から褒められ、小さなお店の店主からサービスで魚やお菓子を貰うといった奇妙な幸運に恵まれた。

 噂は働いているお手伝いロボットレンタルサービス店にも広まっていて、板倉とアルクのインタビューごっこに付き合わされる始末。規模が小さいコミュニティだから仕方ないのかもしれないが、少々恥ずかしかった。


 夕方、帰りにショッピングセンターに寄り、自宅へ帰ろうとする氷見野。東防衛軍基地内だけに放送している民放局が設置したモニターが、鮮やかな映像を放送している。ショッピングエリアの共用通路の各地点に置いて、加入者を募っている広告モニターでもあった。

 既存のテレビ局もあるが、そことは独立した地下発の民放局として話題になっている。

 ただ、まだ開局したばかりとあって音声合成によるナレーションでニュースを放送しているだけ。番組のバリエーションは少なく、設置されたモニターの前で止まっている人はいない。


 モニターはブリーチャーの話題に移っていた。氷見野はモニターの前で立ち止まる。

 防衛省が発表したブリーチャーの分布図が表示された。各海域に赤と白のコントラストで塗られている。

 赤が多く出没する場所、白がまったく発見されない場所。日本の周りの海域は白の場所がない。どこにでも現れる可能性があるということだ。

 今では海から離れた場所で暮らそうとする人々が増加傾向にあり、海に接する都道府県の人口が軒並み減少していた。


 ニュースの解説では、ブリーチャーの生息範囲は日本の周辺海域でも年々拡大しており、原因の1つとして、ウォーリアの人員不足があるとの見解を示す。

 現在日本はアメリカや韓国などのウォーリア部隊との連携により、どうにかウォーリアの殲滅を行っている状況だ。

 しかし、排他的経済水域の外に行けるほどウォーリアがいないため、殲滅には母艦と戦闘機、潜水艦などの兵器のみとなっている。日本は島国ということもあり、警戒範囲が諸外国と比べ広範囲に及んでいることから、合同奇襲任務に加わるのはブリーチャーの活動が停滞期になる冬だけだった。


 国防相会議では、日本のウォーリアの人材確保が生ぬるいとの批判があり、任意制から選別的強制にするべきだとの意見を貰うことは多い。それでも、強制に対する人道的な批判もあることから、各国とも足並みが揃わない様相が続いている。

 軍事的国境を無くし、より一層連携を深め、ブリーチャーを殲滅させようという共通目標が世界各国にあるものの、ブリーチャーとは関係のない別の諸問題による政治的攻防をしているため、どこも実現することが難しくなっていた。


 日本のウォーリア部隊は東に攻電即撃部隊ever、西に防雷撃装甲部隊overがある。関東と関西の県境で区切り、それぞれ管轄されている。

 防衛軍基地も東西に一ヶ所ずつ存在しているだけで、ブリーチャーが出没した場所によっては、ウォーリアが到着するまで時間がかかる。そのため、被害が拡大した後に到着なんてこともよくあった。


 一部、日本の土地の小さな島はブリーチャーに占領されている。人が住んでいない島なら仕方ないと思えるが、過疎化が進んだ小さな島にも例外なく出没してしまう。家畜を飼っている人も多い小さな島でも、初動防戦部隊が駐屯地を敷いていた。ウォーリアが任務により駐屯地に待機したり、パトロールや訓練で立ち寄ることもある。

 本来であれば、質の高い防衛体制を敷きたいところだが、マンパワーが圧倒的に足りない。ブリーチャー対策の武器によりなんとかなっているものの、またブリーチャーの新種が現れ、武器が通用しない事態が起こったら大変なことになるのは誰にでも予想できた。


 ほとんどの国がウォーリア頼みの防衛対策であることに変わりはない。そういう現状も踏まえれば、人材確保の課題は急務と言える。マンパワーの不足の皺寄せは、現隊員に来てしまう。

 その中には、いずながいる。たった14年しか生きていない少女。多少なりとも配慮はあるだろうが、やむなく出動しているはずだ。攻電即撃部隊everのエースともなれば、彼女がいなければ成し遂げられない任務もあるだろう。


 天文博物館で一緒に見たプラネタリウム。あの時のいずなは、たくましく凛々しかった。不意に映った悲しげな顔が今でも忘れられない。挫けそうな心をいつも奮い立たせ、戦場に向かっている。氷見野にはそう思えた。

 氷見野の表情が影を落とす。綺麗な服を身に纏い、働いて稼いだお金で生活をしている。少しの不安と穏やかな毎日の繰り返し。戦場に立つ人たちの中には、自分と同じように普通の生活をしていた人たちもいるのかもしれない。命をかけて戦う経験をしたこともない人が、今も戦っているのかもしれない。

 これがいつまで続くのか、そんなこともわからない状態で、ぼやけた未来を夢見ている。その未来に、いずなが笑っていたなら……。


 持っていた買い物袋を持つ手に力が入る。天秤にかけた保身と夢。いくらなんでも無謀だと思う。体力もそこそこの自分が、戦場に立つなんて。それ以前に、戦場に立つことさえできないかもしれない。

 氷見野は重い足を携え、共用通路を踏み出した。

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