2章 攻電即撃部隊のエース

karma1 お手伝いロボット

 翌日、氷見野は役所で健康保健情報の変更の手続きと療養給付金の申請を行う。1ヶ月分のお金8万円を手にした。

 今回の事件で骨折したことにより、通院していかなければならない。それでお金が消える。家賃は1万円を切る破格の安値。現状、仕事もない身分としてはありがたいことだろう。


 銀行の預金は夫が管理しているため、引き出すことができない。一応、独身時代の口座はあるが、大した金額が入っていないことは想像できた。

 揃えなくてはならないものはたくさんある。でも、松葉づえで両手が塞がっており、買い物をしようにも荷物を持てない。

 それを役所の生活支援課の人に相談してみた。そしたら、あるお店を勧められた。



 氷見野は地下5階の和食店で遅めの朝食を取る。ここに来ての初めての食事で、普通の豆腐のお味噌汁が妙においしく感じた。ギプスをつけた氷見野を珍しげに見てくる人たちの視線に耐えながら、体を小さくして食べ終え、早々と店を出る。

 氷見野はショッピングモールのようなフロアの中を歩いていく。老若男女が広いフロアを行き交っているが、少し寂しげな雰囲気を纏っている。

 地上のショッピングモールよりも人の数が少ない。それでも、表情に暗さはなかった。偶然会った知り合いと立ち話をしているご婦人方がいたり、高校生くらいの男女がデートをしている。なんてことないありふれた日常だ。一風変わった田舎の地下街にやってきたような気がした。



 氷見野は役所の人に教えられた真新しい店に辿りつく。店の外壁にはレンタルサービスの文字が躍った広告が貼られている。値段は1日1500円。これが果たして妥当な値段なのか、なじみのない氷見野にはわからなかった。

 不安に思いながらもお店に入っていく。空き店舗の中に必要な物を入れただけの質素な内装。そこに展示されているのは人型ロボットだ。様々な形をした人型ロボットが、いろんな顔をしながらマネキンと化している。


「イラッシャイマセ」


「ふぁっ!?」


 展示品だったロボットが突如動き出し、驚いた氷見野は体を強張こわばらせて驚く。丸く黒い目をしたロボットは表情を固めたまま氷見野を見つめている。

 真一文字に口は閉じられ、飾りとなっている鼻と眉、つるつるの頭。耳は形すらなく、代わりに人間と同じ耳の位置に、直径1ミリくらいの小さな穴がいくつも空いている。

 体の各部位が銀色の筒のような物に覆われており、黒い手足は人間と同じように5本の指が正確に形成されていた。関節となる部分からはゴムのような物が見える。


 この動き出したロボットに話しかけられて、どうすればいいのか悩んでいると。


「こら、アルク。また展示品のフリしておどかしたろー」


 店の中に入ってきた若い男がロボットに向かって怒るが、温和な雰囲気が滲み出しているために迫力に欠ける。


「オモシロカッタ」


 男性は苦い顔をする。


「じゃなくて、謝りなさい」


「ゴメンナサイ」


 ロボットのアルクはぎこちない話し方をしながら頭を下げる。


「いらっしゃいませ。レンタルをご希望ですか?」


 どうやら店員のようだ。いきなり展開された内輪揉めに戸惑いを引きずりつつ、用件を伝えようとする。


「あ、えっと……買い物を手伝ってもらいたくて。ここを役所の人が勧めていたものですから」


「ああ、なるほど」


 眼鏡の男性は、氷見野の脚につけられたギプスを見ながら納得する。


「わかりました。初めてのご利用ですよね?」


「はい」


「では、まず会員証を作りますので、ご記入を」


 男性はカウンターの中に入り、手慣れた様子でタブレットを操作すると、氷見野の前に差し出した。会員申請記入欄がタブレット画面に表示されていた。氷見野はカウンターに松葉づえを立てかけ、カウンターに片手をつく。


「ドウゾ」


 アルクは椅子を引いてくれていた。


「ありがとう」


 氷見野は微笑んでお礼を言い、椅子に座る。 氷見野はタブレットで必要事項を記入し、店員らしき眼鏡の男性に渡す。


「すみません、アルクがご迷惑をおかけしました」


「いえ……。すごいですね。人間が入って動いてるみたい」


 氷見野は親しげな視線を横に立つアルクに向ける。


「ニンゲンロボットデス」


 照れたようにアルクは後頭部に手を添える。


「この人型ロボットは元々介護用に製作されたんですよ。介護と言っても、身体的援助だけをするのではなく、精神的な支援も含めたを行うロボットというコンセプトで開発された、人型ロボットです」


 店員は話しながらタブレットの上でタップやフリックなどを駆使して次々とページ処理をしていく。


「AIを搭載させ、人と会話することで学習し、人が何を言うと不快を感じるかも、表情や仕草で認識し、言葉を選んで会話できます。まあ、何を不快に感じるかというのは個人差があるので、顔を認識して保存。この人にはこのワードは使わないなどの、除外ワードをそれぞれ個人用にリスト化して会話しているんです。ただ、アルクは遊び好きな傾向が固定化されてしまったようで、時々人をおどろかしてしまって」


「カイヌシニ似テシマイマシタ」


「誤解されるようなことを言うなよ」


 店員は渋い表情で落胆する。氷見野はクスクスと笑う。


「これが会員証になります。カードの裏にお名前を、フルネームで記入してください」


 店員は気を取り直して講ずる。氷見野は名前を記入していく。


「はい」


 店員はカードの裏の熊手形くまでがたQRコードを備えつけの読み取り機にかざす。


「完了です。買い物のお手伝いと……。次にお客様につくロボットですが」


「オトモシマス」


 隣に立っていたアルクが説明しようとしていた店員の言葉を遮り、ひざまずいて申し出る。


「ほんと調子いいな。あ、もし嫌であればお気になさらず、他のロボットでも構いませんから。お客様が選ぶことが前提となっておりますので」


 店員は強制させている気がして氷見野を気遣う。


「えっと……」


 苦笑いをしながら戸惑う氷見野。アルクに視線を向けると、両手を合わせ可愛らしく首を傾げていた。



 氷見野は松葉づえをつきながら店内を回っていく。隣では190くらい身長がありそうなロボットのアルクが、ガシャという小さな音を出しながら並歩していた。

 カートを押し、欲しいものがあればアルクに取ってもらい、カゴの中に入れてもらう。


 氷見野が人型ロボットを利用するのはこれが初めてだった。付き添い人と買い物をするのが、まさかロボットになるなんて夢にも思わない。人型ロボットといえば、原子力発電所、福祉や災害現場、建築業などでしか関わりがないというイメージがあった。氷見野は頼もしく思いながらアルクを見上げ、クスリと笑う。


 無人のレジにつき、アルクがバーコードリーダーに商品を通して袋に入れてくれる。カゴに入れていた商品をすべて通し終えると、アルクと立ち代わり、氷見野が無人のレジに立つ。

 液晶ディスプレイに表示されている会計のボタンを押した。すると、液晶ディスプレイが現金と電子マネーの選択画面になる。電子マネーを選択し、画面が送信機をバーコードリーダーにかざすよう促す。

 最近新調した左手首のライフモバイルウォッチのバンドに表示されているお金のマークに触れる。バーコードリーダーにかざすと、支払い完了の文字が出る。氷見野は「行きましょう」とアルクに言い、新鮮な体験であった買い物を終えた。


 4時間ほどで服や食材などを調達し終え、部屋に戻ろうとしていた。2人で歩く道すがら、氷見野は気になったことを聞いてみた。


「アルク」


「ハイ、ナンデショウ?」


「ここにいる人たちは、私と同じウォーリアの遺伝子を持ってるの?」


 氷見野は周りで歩いている人たちを見回しながら問いかける。


「全員デハアリマセン。協力シテクレテイル、一般ノカタモオラレマス。ソウジンコウハ、軍関係者ヲ含メ、オヨソ4300ニン。7割ノカタガ、ウォーリアデアルト、ウカガッテイマス。タケシモ、ウォーリアデス」


「タケシ? あの店員さん?」


「ハイ」


「へー、そうなんだ」


 2人は氷見野の部屋に辿りつく。部屋のドアを開け、アルクに荷物を玄関に置いてもらう。


「ありがとう。本当に助かったわ」


「イツデモオマチシテオリマス」


 商売文句を言ったアルクは会釈をして去っていった。夫以外と買い物をしたのはいつだったろうかと感慨に耽けつつ、アルクを見送った。


 氷見野は早速買ったお茶を作って一息つこうとする。床に置かれたポットでお湯を沸かし、お茶のティーバッグをお湯の中に入れて作った。

 今の氷見野にお湯を入れたコップを持つのは難しい。何かと不便なため、色々と考える必要がある。調達した食材も、四つん這いで冷蔵庫に入れなければならないものは入れ、あとは袋に入れたまま部屋の隅に置いていた。


 ローテーブルの上にお茶を置いて、他にやらないといけないことはなんだろうと天井を見上げた。かたわらに置かれた携帯。古い機種だが、今の氷見野に贅沢は言ってられない。

 氷見野は気が進まないながらも、携帯を手に取り、夫に電話をかけた。コール音が何回か鳴って途切れた。


「もしもし」


「優です。携帯を買いましたので、登録しておいてください」


「ああ、分かった。あ、その……大丈夫か?」


「はい。なんとか……」


「そうか。必要な物があったら言ってくれ。そっちで口座作ってくれたら、振り込んどくから」


 夫がいつもと違って優しい。いつも優しいけど、温かみを染み込ませた優しさを感じた。

 氷見野の生活は充分とは言えない状況。夫の資金援助は助かる。しかし、氷見野の心は、そんな本音を隠した方がいいと訴えていた。


「ありがとうございます。でも、今回のことで何かと援助してもらえるみたいなので、なんとかやっていけると思います」


「そうか。ならいいんだ。何か助けになれることがあったら遠慮なく言えよ」


「はい。……じゃあまた」


「ああ」


 氷見野は携帯を切った。この生活は不安だらけだ。何もかもが初めてで、右も左もわからない。

 だが、氷見野は快適さを感じ始めていた。自分でお金を管理し、生活も考える。大変だ、でも自由だ。夫の細かな独自のルールに縛られず、自分の意志で生活をできる。誰にも干渉されず、不満の対象にわざわざ気を使わなくていい。

 この生活を手に入れたのは偶然起こった事件。死んだ人がいるのは悲しい。

 不謹慎だけど、ブリーチャーに感謝している自分がいた。この生活は、絶対に失いたくなかった。新しい人生を、ここで始める。氷見野は自分が欲している目的を意識し出していた。

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