karma8 宣告

「初めまして、特殊整備室室長の関原崇平かんばらそうへいです。ご無事でよかった」


「ありがとうございます」


 氷見野は頭だけペコリと下げる。


「いずな君、彼女に椅子を」


「はい」


 いずなは壁に近づくと、壁の下部に触れて押し込んだ。すると、壁の一部が少し出っ張る。縦70センチ横10センチの長方形が壁から突き出し、ふちを引く。

 長方形の面がいずなに引っ張られる。裏面に引っついている細いレーンが伸びる。そこにたくさんの折り畳み式の椅子が横向きに収納されていた。いずなは3脚の椅子を両手に持ち、引き戸の面を蹴って壁に押し込んだ。その際、大きな音が鳴る。


「いずな君」


 関原は苦い顔をしていた。


「この程度で壊れないでしょ。無駄な改装ばかりしてるんだから」


 いずなは両手に椅子を持ちながら素っ気なく返し、椅子を並べていく。関原は呆れた顔をして、嘆息する。

 椅子は横1列に並べられる。2つの椅子がぴったりくっつけられていた。戸惑う氷見野に、いずなは「松葉づえ用」と言葉を添えた。


「ありがとう」


 氷見野は簡素な椅子に腰を下ろした。慣れない松葉づえで歩いた氷見野はようやく座れて安堵する。


「それじゃ、説明を始めようか」


 関原は両手をポケットに入れ、2人の前に立つ。


「あ、あの」


 不安げに氷見野が口を開く。


「何かな?」


「私は、入院になるんでしょうか?」


 関原は少し困った顔をした。そして言いづらそうに、「入院とは性質が異なります」と答える。続けて重い口調で話す。


「もちろん経過を見ていく必要はありますが、今回のは、これから起こる二次被害を防ぐためです」


 氷見野は関原の言っている意味がわからなかった。「簡単に受け入れられないとは思いますが」と、関原は言葉を濁して同情の視線を投げる。


「氷見野さんは、ウォーリアの遺伝子を持っています」


 氷見野は固まって、関原の言葉を呑み込むのに数秒を要した。


「私が、ですか?」


「はい。氷見野さんがその遺伝子を持っていることを知ったから、ブリーチャーはあの店に奇襲を仕掛けた。そう考えられます」


 氷見野はようやく事態を把握した。ある日突然、自分がウォーリアの遺伝子を持っていると告げられた人。そんなドキュメントを何かの雑誌で読んだことがある。そして、ウォーリアの遺伝子を持っている人は……。


「これからは、この施設の中で暮らしてください」


「じゃあここは、軍の施設、なんですか?」


「そうだね。ウォーリアたちが集められる、地下軍用施設です。正式には、東防衛軍基地と呼びますが」


 ブリーチャーの最大の敵はウォーリアオブゴッド。ブリーチャーはそれを意識してか、神の戦士の素質を持つ人を狙って襲うようになった。現場にいた人を調べると、80%の確率でウォーリアの遺伝子を持っていた。


「いずれ私も、戦場に立たないといけないんですか?」


 氷見野は怯えた様子で聞いた。関原は落ち着いた様子で話す。


「大丈夫。この国は無理やり戦場に出したりしません。世間じゃ神の戦士なんてもてはやされているけど、神の戦士は無敵じゃない。実際、神の戦士が戦場に出てブリーチャーに殺されています。普通の一般人だった人を、訓練もしないで戦場に出しても、無駄死にするだけですから」


「じゃあ私は、この中で暮らしているだけでいいんですか?」


「はい、ここならブリーチャーも入って来られません。国が作った避難生活用地下シェルターってとこかな。頑丈なセキュリティを敷いてますので、ご安心ください」


 関原は氷見野の不安を払拭できるよう優しく説明していく。


「安全なのはわかったんですが、生活はどうすればいいんですか?」


 困惑に揺れる氷見野は、少しずつ自分の状況を呑み込むように、質問を連ねていく。


「水は雨水や川の泥水を引いてきます。土がろ過機能をしてくれるから、普通の家庭よりお安い値段になっています。もちろん、水質検査も実施していますから安心と安全は保障されています。仕事をするなら、就職センターに行くといいでしょう。物価もこの施設のコミュニティに適した値段になっていますので、大丈夫だと思います」


「そうですか……」


 氷見野は暗い表情をする。


「突然のことで戸惑うでしょうが、少しずつで構いません。ここでの生活に慣れてください」


 関原は綺麗に整頓された机の上から冊子を取り、氷見野に見せる。


「これはこの施設の生活の規則が記載されています。洗濯の仕方、家庭用ごみの出し方など生活全般のことです。よく読んでおいてください。それと……」


 関原はポケットからカードキーを取り出して見せる。


「これがあなたの家の鍵です。家と言っても、マンションの部屋みたいなものです。狭いかもしれませんが、これが現段階で、私たちが提供できる最大限の援助です。ご理解ください」


 関原は氷見野にカードキーを渡す。氷見野と名前が書かれた紙のタグがついていた。


「ドアの鍵は差し込んだ後にドアスコープを覗いてください。網膜の血管を読み取ってから、ドアが開きます」


「ありがとうござます」


 関原は氷見野に優しく微笑んだ後、「いずな君」と視線を振った。


「はい」


「あとは任せていいかな?」


 関原はさっき見せてくれた冊子を青い紙袋に入れ、いずなに渡す。紙袋には他にも色々入っているようで、冊子と同じように紙袋の口からはみ出すものが2つ、3つ見える。


「わかりました」


「椅子は僕が片付けておくよ」


「ありがとうございます」


 いずなはゆったりとしたお辞儀をすると、立ち上がって「行きましょう」と氷見野を促した。

 氷見野は首肯し、松葉づえを持ってゆっくり立ち上がる。氷見野がしっかり立ち上がったのを見て、いずなはドアに向かって歩き出した。氷見野は少し前の床を見据え、いずなについて行く。

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