karma7 電撃の機械人
わずか数秒ながら、氷見野は冷たい瞳をした少女と視線を交わす。
幼顔の少女は氷見野から視線を逸らし、前を見据える。3体のブリーチャーは立ちはだかる物騒な機械に威嚇するような声を上げていた。
すると、人型の機械は突風を残して消える。それを認識して間もなく、ブリーチャーの体が真っ二つに切られた。ブリーチャーの体から緑色の体液が飛び散る。ブリーチャーがまとまっている場所に現れた人型の機械は、双剣を振り抜いていた。ブリーチャーの触手が人型の機械の腰に巻きつく。すぐさま触手を切り、電流を伴った足が迫っていた触手を弾いた。
人型の機械は蒼い電流を残してまた消える。ブリーチャーは触手を素早く動かし、至るところに振り乱していく。いつの間にかブリーチャーから離れていた機械は、軽快な動きで走り出す。乱舞して襲う触手をもろともせず切り刻み、立ち向かう機械。機械の体に電流が見えると再び消えて、一瞬のうちにブリーチャーの首が飛んだ。
宙を舞った触手は床に落ちて、わずかな振動を伝えた。転がったブリーチャーの首。瞳は光を失い、動くこともない。頭の下に伸びる首の切断部から体液がゆっくりと流れている。
呆気に取られていた氷見野は、疲れた表情でうつむく。右のこめかみが赤く滲んでいるが、この痛みよりもあふれ出した際に感じる感情の方が痛かった。
助かったのだ。そう思えた。しかし、これが現実なのだと受け入れられずにいる。
近づく大きな足音。大きな機械を纏った少女は、氷見野を見下ろしていた。
日本東部を守衛拠点としている防衛省所管のブリーチャー殲滅部隊、
取材拒否がお決まりの部隊のため、遠くでカメラに映っているくらいしか見たことはないが、氷見野は最初見た時から
「ありがとう、ございます……」
氷見野は振り絞れる声でそう言った。無表情の少女は氷見野の応答に反応せず、視線を辺りに散らす。
「3階クリア。生存者1人確保。おそらく主原と思われる」
少女は誰かと話すように淡々と言葉を発した。すると、視線を氷見野に向け、「治療が必要です。立てますか?」と言った。
「ごめんなさい、体が、痛くて……」
機械が持つ筒状の柄から出ていた蒼い双剣が、ジジジと音を立てて消える。少女はクオンという小さな機械音を鳴らしてしゃがむ。
「私の首に手を回してください」
少女の指示に従い、横に立つ機械の首に手を回した。なめらかな質感を持つ機械の手。艶のある機械は、ブリーチャーの体液を少しくらい浴びてそうなのになぜか綺麗なままだ。その手は氷見野の膝裏と背中に回る。氷見野の体を軽く持ち上げ、歩き出した。
氷見野はお姫様だっこをされて運ばれていく。氷見野は助かったという安堵に浸りつつ、機械の中にいる不思議な少女を気にしていた。
ЖЖЖЖЖ
大型スーパーマーケットで起こったブリーチャーの襲撃事件は、生中継で報道されていた。周辺では生き残っているブリーチャーがいないか、
氷見野はストレッチャーで運ばれ、大きな車に乗せられた。氷見野の視界に映った車内。それは救急車らしくない、ごつごつとした無機質な灰色の内装だった。一応点滴、脈拍や血圧が表示されている生体情報モニターはあるものの、周りにいる人たちは医療用マスクをつけた青い作業服の人たちや、先ほどの機械に身を包んだ少女。不思議な人たちが車内に同乗している。
氷見野は不安になり、「これから、病院に行くんですよね?」と氷見野の治療をする青い作業服の男性に確認する。青い作業服を着た男性は難しい表情を浮かべ、一度少女に視線を振る。
「特別な病院へ向かいます。あなたの場合、緊急を要します」
作業服の男は神妙な様子で説明する。
「緊急……助からないんですか?」
氷見野は表情をゆがめ、掠れる声で聞く。
「説明は治療を終えてからの方がいいでしょう」
少女は話の間に入って、一方的に終わらせ、静かに前を見据える。氷見野は不明瞭な説明に不審を抱きながら、おとなしく治療を受けるしかなかった。
氷見野が乗った車がスピードを落として止まった。バックドアが開いて、ストレッチャーが少し傾く。
氷見野の体が足元に向けて下になる。滑り落ちるんじゃないかと不安になったが、見た目ほど傾斜はないようだ。青い作業服の人たちがぞろぞろと目に入ってくる。複数の大人がストレッチャーを支え、車外に押し出していく。
「脚持った!」
ストレッチャーの折り畳まれた脚が出て、地面をつく。氷見野の視界が車外に出ると、丸みを帯びた無機質な天井が現れる。まるでトンネルの中のような天井だった。すぐに白い通路に運ばれていくが、どれも病院とは思えない内装に見える。
不安に駆られた氷見野は顔だけ持ち上げる。運ばれていく先を見ずにはいられなかった。
氷見野はストレッチャーに乗せられたまま物々しい検査機に体を通され、見慣れたマスクをつけた看護師や医師から額の傷口を縫合されたり、痛みのある脚の患部にローラーのような物を当てられたりして、治療は終わった。あとは塗り薬の塗布と感染症予防の薬などを飲めば治るらしい。
骨折しているため、松葉づえを提供してもらったが、そこで氷見野はお金の持ち合わせがないことに気づき、相談すると、医師は飄々と「ああ、お金の心配ならいらないですよ」と他人事みたいな口調で言ってのけ、「お大事に」という決まり文句を背に診療室を出ることになった。
あの医師のあっけらかんとした対応が少し気がかりだったが、とりあえず無事に終わったと、激動の時間から解放されて息をつく。
さて、これからどこに行けばと頭を悩ませながら長い廊下の左右に視線を振ると、壁にもたれて立っている黄色いジャージを着た少女と目が合う。
一瞬、誰だろうと
氷見野も同じように少女を見つめていた。中学生、または小学生の可能性もあるほどのあどけなさが見受けられた。落ち着いた雰囲気は大人びているが、体や顔立ちは少女そのものだ。「ついてきて」と言って氷見野に背を向け、瑞々しい赤茶色のロングヘアを揺らし歩き出した。
氷見野は少女の後についていくしかない。どこに連れていかれるのか疑問を持ちながら、慣れない松葉づえでまばらに人が行き交う廊下を進む。
時々少女が氷見野を
氷見野は微笑んで「ありがとう」と感謝する。少女は「問題ありません」とだけ言って先導していく。
建物の内観は病院のそれと似ているようだ。ただ気になるのは、窓がどこにも見当たらないこと。ちゃんとライトが点いているから視界は確保できているが、少し違和感を覚えていた。
氷見野と少女はエレベーターに乗る。少女はボタンの前に立って押す。少女が押したボタンはB8。氷見野は聞かずにはいられなかった。
「あの」
「なにか?」
少女はゆっくり顔を向けた。淡白な瞳が氷見野を捉える。
「この病院は地下にあるの?」
「……ええ」
少女は氷見野から顔を背けて答える。ボタンはすべて地下のボタンらしかった。氷見野は地下に病院? と思ったが、少女はあまり話したくなさそうな気がして、先の疑問を呑み込んだ。
ЖЖЖЖЖ
少し歩いて、辿りついた扉。真っ白な両扉は色覚に訴えるほど清潔さを纏っている。少女は扉横についているインターホンを押す。プツッと音が鳴って、かすかなノイズが入った。
「はい、どちらさま?」
低い男性の声が聞こえてきた。
「
少女、島崎いずなは通話口に向かって男性に要件を伝える。
「入ってくれ」
ドアからプシューという音が鳴った。観音扉が前後に小さく揺れる。いずなは片方の扉をいっぱいに開け、氷見野を見つめる。氷見野は「お邪魔します」と小さく呟いて中に入った。
円形の部屋にあるのは机と小さな冷蔵庫、コーヒーメーカー。銀色の壁に覆われた部屋の中に1人の男。
「やあ、いらっしゃい」
よれよれの白衣を着た中年の男性は氷見野に微笑みかける。日焼けした褐色の肌、背の高さも相まってすらりと伸びる手足が目を惹く。サーフィンでも趣味にしてたんじゃないかと思わせる細身の男性は、氷見野といずなに歩み寄った。
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