karma2 世界の終わりの始まり
始まりは26年前になる。各国の宇宙開発事業がいつの間にか激的に発展しており、そしていつの間にか金星に移住できるなんて話が、テレビやネットなどでにわかに盛り上がっていた。
金星移住計画の第一歩として、日本の乗組員も搭乗する宇宙飛行船が金星に着陸するという話題が、テレビなどで特集されるようになる。加熱する新たな未来への期待は、誰かにとっては興奮せずにはいられないようだ。
金星への着陸は成功した。歓喜に沸いたその後、乗組員との交信が途絶えたという一報が入る。
心の底から乗組員の身を案じていたのは、大偉業の瞬間を待ち望む宇宙の神秘に魅せられている人や宇宙事業に携わる人ぐらいで、大概の人はそんな歴史的な一歩など、自身のささやかな日常に何ら影響はないと思っていた。
金星に着陸した宇宙船に関するニュースは、数ヶ月の間に続々と耳に入ってきた。浮き沈みする話題はいつしか当たり前になり、次第に影を潜めてしまう。
7年の経過を要して、宇宙船が地球に帰還してきているとの一報が入り、落下による被害の警戒が世界に大発信された。
落下地点がアラビア沖とわかり、捜索したところ、海の底で発見される。乗組員は確認できず、詳しい分析を行うということで一時下火になった。
その頃だったか、漁船が出たまま戻って来ない事例が世界各国で起こり始める。
海上警備隊などによる捜索が行われ、海上を漂流する漁船を発見。船内に数名の乗組員がいたが、全員の死亡が確認された。
死亡した乗組員が運ばれた大学で、司法解剖が行われた数日後、新聞の小見出し程度にしか扱われないほど印象に欠ける事件が、異例中の異例と言わざるを得ない政府の記者会見室で死因が発表されることになった。
異例の緊急会見がなされた理由は、事の重大性を厳粛に伝える官房長官の話しぶりで、誰もが納得するものであった。
死因は脳欠損による機能不全。
発見された乗組員の頭の中にあるはずの脳がすべて無くなっていたのだ。猟奇的な殺人事件の可能性が高いとの見解により、捜査が始まった。
それから、同一の犯行手段で殺害される事例が世界各国で相次いだ。国際的犯罪組織という話も出てきたが、アメリカ海軍からの情報により、犯人が特定される。アメリカ海軍が撮った写真は、世界を震撼させた。
海面から顔を出すトカゲのような生き物。体長は3メートルから4メートル。船体の横を、太い尻尾を揺らしながら泳いでいたのだ。
テレビに出演する生物学の教授たちや水族館の飼育員は、これまで一度たりとも見たことがないと口を揃える。
いずれも川や海などの水辺や、海上で犯行が行われるケースが多く、世界中で相次いでいること。殺害された死体は耳の穴から脳にかけて貫かれ、脳を取り除いていることから、人間による所業ではないと断定。日本の宇宙飛行士も、この生物に殺されている可能性が高いとの見解が強くなった。
以上のことから、「世界は新たな脅威に直面している」との非常事態宣言が、世界各国を駆け巡ることとなった。
突然現れた未知の生物により、各国は対応を余儀なくされた。
世界中で許可のない遊泳や漁船の運行、水辺に近づくことなどが禁止。潜水艦や軍艦も出動し、発見され次第捕獲。あるいは殺害し、回収して生態を調べることが急がれた。
国連による緊急総会で、各国の政府科学研究機関が収集したブリーチャーの生態調査報告書が提出された。繁殖力が高く、また人間と同等の知能を持っており、脳を食べれば食べるほど急速に成長するそうだ。
各国は死亡例の数も相まって危機感を示し、ブリーチャー殲滅を目的とした軍事協定などを結ぶ動きを加速させた。
ブリーチャーが確認されてから十の週が経つと、ブリーチャーの人狩りの発生場所が川や海などの水辺から陸まで広がっていった。
街中に銃を持った人たちが警備をしている光景が当たり前になり、空ではブリーチャーの動きを監視する戦闘機やヘリコプターが飛び交っている。戦車や武器を格納できる建物が世界中で建設され、いつでもブリーチャーから国民を守る整備がなされた。
それでも被害は留まるところを知らない。人類はブリーチャーの脅威に怯え、ブリーチャーに侵略されていくとの悲観的な意見も見受けられた。
日本の街の雰囲気や風景が刻々と変わっていく様を目の当たりにしていると、心は自然とざわついてしまい、もしかしたらが脳裏によぎるのだ。
経済面でも少なからずダメージを負い、世界規模の経済低迷が叫ばれた。が、工夫を凝らした経済活動が行われたこともあり、市民の生活は回復してきている。
氷見野の家庭にもそれなりに影響はあったが、夫の稼ぎは充分過ぎるほどあり、生活が苦しいと思うほどの深刻さはない。
正直、この生物の話は聞き飽きていた。
なんでこんなことに悩まされなきゃいけないんだろう。そういう声は少なくない。今や地震や台風などと一緒にブリーチャー接近の速報が入るくらい、日常に浸透している。起こってしまった以上、人々は対応せざるを得ないのだ。
時間が経てば思考はすぐに日常へ向いていく。
外から蝉の鳴き声が聞こえてくる。変わらない鳴き声だ。聞き慣れた声はざわつく胸の奥を鎮めてくれる。安全と危険が混在している世界になってしまった。元々そういう世界ではあったが、それが戦争とは無縁の市民にまで及んでいる。
早く普通に暮らしたい。
神の戦士たちに頑張ってもらって、ブリーチャーなんかに左右されない生活をしたい。
世界中で願われ、戦う力を持っていない国民は、神の戦士たちが戦うために必要なお金を提供する。
氷見野も同じ思いだったが、今の氷見野には、長年抱え続けている悩みの方が心を占めていた。
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