第1話~名も無き小さな花の物語~
あれからどれくらい経っただろうか。暫くあの図書館のことは忘れてしまっていた。先日、部屋の片付けをしている時にあの栞を見つけて、ようやく思い出したのだ。確か、強く心惹かれた時あの図書館に行けると、オーナーの鬼谷が言っていた。試しに栞をギュッと握って、あそこのことを思い浮かべてみる。……が、何も起こらない。一体どうしたらいいのか。そもそも、心惹かれた時とは、一体どんな時なのか。さっぱり分からない。仕方がない。今日はもう時間も遅いし、寝てしまおう。また明日考えればいいだろう。
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「やあ、いらっしゃい。ようやく来てくれたんだね。君のことをずっと待っていたよ。もう忘れてしまったのだとばかり思っていた。
さて、あまり時間がたくさんあるわけじゃないからね。さっそく本題に移ろう。今日は、どんな物語をご所望かな?ん?何があるか分からないって?じゃあ、直感で選ぶといい。それはきっと運命だから。
おや、それにするのかい?それは……そう、ある名も無き小さな花の物語だね。もしかして、君は何か、待ち続けた、もしくは待たせ続けたことがあったのかな?何でそう思うかって?ふふ、物語は、人を惹き付けるんだ。物語の中の者と、似ている人をね。そう、これは、そんな物語なんだよ──」
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長い眠りから目覚めた私は、お日様の眩しい光に目を細め、手をかざしました。
「今日は、とってもいいお天気です。お日様はぽかぽかだし、風も気持ちいい。こんな日は、お日様をいっぱい浴びて、もっともっと大きくならなくちゃですね!」
そうして私は、すくすくと育っていきました。そしてやがて、花を咲かせました。小さな小さな、黄色いお花です。
そんなある日のことです。一人の女の子がお母さんと一緒に、私のもとへやってきました。
「ねえ、見て見て、お母さん。黄色いお花が咲いてるよ!かわいいね~」
「そうね。でもほら、今は新しいお洋服を買いに行くんでしょ?お花はまた後でにしなさい」
「ええ~、真奈、お花で遊びたい!」
「じゃあ、お洋服いらないのね?」
「やだ!かわいいお洋服欲しいもん!」
「じゃあ、後でにしなさい。ほら、行くわよ」
マナちゃんは、渋々お母さんについていきました。何度か、こちらを名残惜しそうに振り返ってくれたのを、今でもよく覚えています。私は、とても嬉しかったです。私のお花は小さかったから、今まで誰も気にとめてくれなかったのです。だから、とてもとても嬉しかった。
「ああ、マナちゃん、早く来てくれないでしょうか。待ち遠しいです」
やがて、お日様が傾きはじめました。マナちゃんはまだやってきません。
「マナちゃんはまだでしょうか。そろそろ帰ってきてもいい頃なはずなのに……」
お日様が沈んでお月様が顔を出しても、マナちゃんはまだやってきません。結局その日は、マナちゃんは帰ってきませんでした。
それから、来る日も来る日も、私はマナちゃんを待ち続けました。でも、いつまで経ってもマナちゃんは来ません。
「私のこと、忘れてしまったのでしょうか……。見つけてもらえてすごく嬉しかった。もしかしたら、お友だちになれるかもしれないって、思ったのに……」
やがて、秋がやってきました。周りの草花たちはだんだんと枯れていってしまいます。
「うぅ…寒い、です……。でも…マナちゃんが、来てくれる、かも、ですし……。マナちゃん……」
秋の風はとても冷たくて、寒くて寒くて仕方がありません。それでも私は、マナちゃんに会いたい一心で、震える体を抱き締めながら、ずっとずっと待ち続けました。
「マナ、ちゃん……あいた、い、です……」
──気がつくと私は、見たことのないお花畑にいました。周りにはたくさんのお花が咲き、蝶々が飛び回っていて、お日様がぽかぽかでした。私は、なんだかとっても幸せな気分でした。するとそこに、一人の女の子が、お母さんと一緒にやってきました。
「ねえ、見て見て、お母さん。お花がいっぱい!かわいいね~」
「そうね。でもほら、今は新しいお洋服を買いに行くんでしょ?お花はまた後でにしなさい」
「ええ~、真奈、お花で遊びたい!」
私は、ハッと思い出しました。そうです。私はマナちゃんを待っていたのです。ようやく会うことができたのですね。…でも、きっとまたすぐに行ってしまう。あの時と同じように……。
「う~ん……じゃあ、仕方がないわね。お母さんは向こうで休んでいるから、少しなら遊んでいってもいいわよ」
「やった!お母さん、ありがとう!」
私は耳を疑いました。そして、マナちゃんがそこに座り込んで遊びはじめたのを見て、とても嬉しくなりました。やっと、マナちゃんと遊ぶことができるのですね。
「マナちゃん、私と一緒に、遊びませんか……!」
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「──どうだったかい?ん?真奈ちゃんはどうして全然来なかったのかって?実はね、真奈ちゃんとお母さんは、買い物の帰りに、車に轢かれて死んでしまったんだよ。だから、行きたくて行きたくて仕方がなかったのだけれど、あの花が現世で咲いているうちは、行くことが出来なかった。でもあの花はそれを知る由もなかったから、ああやって待ち続けてしまったんだよ。寒さで枯れてしまったからこそ、ああしてまた会うことが出来たんだ。……君がこの物語に対して何を思うかは分からないけれど、願わくば、君の糧にならんことを。
さあ、今日はここまでだ。もうお帰り。よかったら、また来ておくれ。待っているよ。あの花のように、ずっと、ね」
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