4章 世界交錯

世界交錯(1)

 モブキャラの分際で主人公の地位を簒奪したイズミルはラタキーアの村に戻った後、王城へと赴いた。

 彼は終始嬉しそうだった。今までずっと虐げられてきたのだから無理もない。あまりにも見事な民衆の手のひら帰しに唖然することも嫌悪することもなく、いたって素直に受け入れ、無限の喜悦をその身に宿し、果てしない高笑いと共に、玉座の間へと辿り着く。

「いやあ、はっはっは。英雄っていいもんだな」

 まだ国王陛下は現れていないようで、衛兵のみが立つレッドカーペットが敷かれた絨毯の上で心底楽しそうに肩を揺すっていた。

 そんなに主人公の椅子は気持ちいいのだろうか。ズルして手に入れたくせに。あたしは今まさに乗り込んでやろうかと思ったが、ぐぐっとこらえて一部始終を見守った。

 そして国王陛下が現れ、ぴゆんと膨れた腹を揺らしながらずっしりと玉座に腰掛けた。

 その表情は――歓喜。

「おう、よくぞ来た英雄イズミルよ。そなたが来るのを待っておったぞ」

「光栄にございます、国王陛下。ふふふ」

 笑いを堪えきれず、漏らしながらひざまずくイズミル。

 国王陛下はその姿を愛しそうに眺めた後、突如表情を嫌悪に変え、ぺっと唾棄しながら、

「全くイニジエには失望させられたわ。あやつの血統を信じ、魔王を倒せると思っていた朕のうかつぞ。真の英雄とはいつの世も密かに隠れし所より参上するものだということを忘れておったわ」

 そんなことを言い放った。

 そしてまたもや喜色満面にコロコロと表情を変え、

「そう、イズミル、そなたぞ」

 ばっと手をさしのべる。その手を受け取り、深く頭を下げるイズミル。

「勿論にございます、国王陛下」

「今日は宴ぞ! そなたが主賓ぞ! 大いに飲むがよい!」

「はっ」

 なんて力強い返事だろうか。イズミルと一緒になって初めて聞いた、そんな口調。

 それにしても、だ。

「イズミルの将来は朕が保証しよう。朕の娘と結婚し、この国をゆくゆくまで守って貰いたいものじゃ。わっはっは!」

 この国王陛下、なんというか……。

「勿論そのつもりです。ははははは!」

 イズミルは顔を上げ、とうとう哄笑を上げた。

 しかし国王陛下は不機嫌になるどころか、ますます機嫌を良くしてゆく。

「気が合うのうそなたとは。あの高慢ちきなイニジエとは比べ物にならぬ。さすがは真の英雄ぞ!」

「いえいえその素早い機転。国王陛下こそまさに名君にございます」

「「なっはっはっはっは!」」

 悪代官と越後屋の裏取引の現場みたいに二人は高らかに笑い声を響かせるのだった。


 それを空の上から透化して見つめるあたし達。リアンがぽつりと言った。

「君子豹変すってメガトンほんとだね」

 そう、あたしが言いたかったのはこれだ。

 魔王を倒したと判った途端、国王陛下はイズミルを立て、イニジエを貶めた。

 その変わり身の速さは流石に絶句以外ありえなかった。ある意味その素早い身のこなしこそが国家を統治するに相応しい要素なのかもしれないけれど。

「リアン……そんなことよりですわね」

 そうだ、スミルナの言うとおりだ。国王陛下のことなんてどうでもいい。

「うん、これどうしよー……」

 イズミルは今や英雄となってしまった。物語は終わってしまった。

 イニジエの立場を完全に踏みにじって。

 これから一体どうすればいいのか、あたしにはとてもじゃないがわからなかった。


 場所を変え、イズミルは国王陛下と共に大食堂へと赴いた。絢爛たる食事が食べきれないほどずらりと並べられ、高そうな酒が高貴なグラスと共にテーブルに彩りを与えていた。

 主賓は言うまでもなくイズミルであり、彼は上座に座り、下座にて国家の重鎮たちが一様にイズミルを称えている。

 唯一同じ上座に着く国王陛下が横から酒をお酌しながら甘い言葉を囁き続ける。

「さあ飲むのだイズミル。この宴は全てそなたのモノぞ」

「素晴らしいな、英雄ってのは、がはは!」

 酒をあおりながら下品な笑い声を上げるイズミル。

 しかし、誰もたしなめなかった。できるわけがなかった。

 彼は英雄であり、次期国王であり、何より主人公なのだから。

「酒も肴も大いにある。皆の衆、イズミルのためにもっと騒げ、もっと笑え! 楽団用意! イズミルの勝利を祝す曲を奏でるのじゃ!」

 命令を受け、楽団が部屋の隅っこにずらりと並び、オーケストラを奏でる。

 それもこれも、イズミルという簒奪者のためにだ。

「なはははは! 全て俺のために、俺のために!」 

 すると国王陛下がずいっと顔をイズミルに近づけながら、酒臭い息と共に誘惑の言葉を投げかけてくる。

「どうじゃイズミル。そろそろ朕の娘と逢うてみぬか?」

「姫君ですか?」

「左様、貴公の如き英雄に相応しい嫁となるよう教育してある。なんなら近いうちに婚姻を済ませよう」

「はっはっは。そいつは豪気でございますな、国王陛下」

 まあどう見てもこの世界は恋愛結婚が主流の時代ではない。お家の都合で婚姻を結ぶ。そういう価値観が普遍として流れているのだろう。イズミルもすっかり乗り気である。

 国王陛下は相変わらずイズミルにお酌をしている。仮にもこの国のトップがなんという接待魂だろうか。と、グラスに酒を注げなくなった。

「おうおう、酒がなくなっておるぞ。誰か! 酒ぞ、酒を持ってくるのじゃ!」

 ぽいっと酒を放り投げながらそう命じる国王陛下。その顔は真っ赤に染まっており、どこからどう見ても間違いなく酔っていた。

 まあ、元々聡明な王様ではなかったようだけど、これはひどい。

「なはははは!」

 イズミルも同じようにいい感じに酔い、果てしないほどに調子に乗っていた。

 このまま宴はつつがなく進む。


「ふ、ふざけるなああああっ!」


 彼が乱入さえしなければ、だ。

 ばあんと観音扉を乱暴に開け、宴の場に現れる一人の青年。

 この物語の本来の主人公であり、従来の英雄であるイニジエである。

 しかし彼を見てもイズミルはまるで動じることなく空っぽになったグラスの底にたまった酒をすすりながら、

「ん? よーイニジエ。どうした?」

 そんな風に挑発的な返事を行なった。イズミルはぎりっと歯を軋ませ体をわななかせる。

「イズミル。貴様だったのか……どうやって魔王を倒した」

「どうやってって、俺は魔法使いだぜ? 魔法に決まってんだろ?」

 まあ、嘘ではない。かなり反則的な魔法ではあるけれど。

「ふざけるな! お前に魔法なんか使えないのは俺が一番よく知っているんだ!」

 イニジエの激昂に、しかしイズミルはさらりと返す。二つ瞳に敵意を宿して。

「幼なじみだもんな。そして俺の魔法をこの世で一番信じてないもんな」

 それを聞き、イニジエがばあんとテーブルを叩きつけた。重鎮たちがぎょっとして恐れおののく。

「なにが魔法だ! お前は魔法なんかなーんにも出来ないじゃないか! 攻撃魔法も回復魔法も! 俺に出来る魔法のうち、どれか一つでもお前に出来るのか!?」

「できねえな。でもよイニジエ。お前、俺の魔法をお前は出せるのか?」

「なんだと?」

「残念だが俺は俺にしか出来ない魔法で魔王を討伐した。俺は英雄だ。伝説の勇者の末裔じゃなく、場末の魔法使い、それもろくな魔法をなーんにも使えない俺が魔王を倒したんだ。お前じゃないんだよイニジエ」

 嘘ではない。嘘ではないが……そこまで、それほどまで、イニジエが嫌いだったのか。

 彼の言葉はトゲしかない。右から見ても左から見ても完璧な悪意で構成されている。

 それもこれも、果てしなく歪んだコンプレックスによって。

 子供の頃厳しく育てられすぎてゲームとかネットとかを禁止され、大人になって解禁されたら一気に溜まり溜まったフラストレーションを爆発させ、墜ちるところまで墜ちてしまうのに似ている気がした。

 いや、多分それは正鵠を射ている。イズミルがずっと蓄えてきたフラストレーション。ソレは今まさに爆発しているのだ。魔王を倒すことよりも、人から賞賛されることよりも、イニジエを叩き潰すことにこそ彼は何よりも喜びを見出している。

「イズミル……貴様ぁ」

 まさに一触即発。イニジエはおそらくは無意識にだろうが、腰に下げられた剣に手をかけた。と、それを止めたのは酔っていたはずの国王陛下だった。

「そなたはイニジエ」

 顔こそ赤いが、先程と違い生気が宿っている。何か慰めの言葉をかけようとしているのだろうか。だとしたら見直さねばならない。まずはイニジエが必死に弁解する。

「あ、国王陛下、これは何かの間違いです! イズミルに限ってそんなありえない! 魔王とその一味は勇者の末裔たる僕にしか倒すことは」

 だが、それを遮って国王陛下が言ったのは――

「見苦しいぞイニジエ。そなたは討伐に失敗したのじゃ。敗者は大人しく去れ。酒が不味くなる」

 限りない侮蔑であった。

「な……っ!」

 イニジエの顔に明らかな落胆の色が見える。

 国王陛下はまるでゴミでも見るような視線をイニジエに向け、口から嫌悪を吐き捨てた。

「それに先の会話より幼なじみと見受けるが、イズミルは今やこの国の英雄ぞ? 次期国王ぞ? 口の利き方に気をつけい!」

 それにすかさず乗っかるイズミル。

「そうだぞイニジエ。俺に対して無礼な物言いは許さねぇ」

 ああもういい感じに悪役ですねイズミルさん。

 そんなに彼に対して酷いコンプレックスを抱えていたのか。なんか貧乏人の子供が大人になって一旗揚げたら成金趣味に走る姿に似ている。

 持っていなかったものを手に入れると、暴走し、歪み、腐敗するところがそっくりだ。

 わかりやすいというか何というか、やっぱり彼は主人公の器ではなかった。

「イズミル……納得いかん!」

 ですよねー。あたしもそう思う。

 と、ちょいちょいとスミルナがあたしの背中をつっついてきた。

「弥美、どうしますのこれ? 収拾つきませんわよ?」

「ど、どうしよー。ほんと困ったなー。物語が完全に壊れちゃった……」

 頭を抱える以外何もできない。イズミルの暴走は修復が効かない。

 リアンも眼鏡を直しながら俯いてぽつりと。

「うち、メガトン帰りたいです。うち、イズミル様好きだと思ってたけど、今のイズミル様はダメです」

「それが正常な判断ですわ。でも」

 その続きは、あたしが言った。

「帰ったら……怒られるよねこれ、アレート様に」


「帰ったら?」


「「「っ!?」」」

 今――声。ちょっとハスキーな、青年の声。あたし達はギギギと錆びた機械のように恐る恐る後ろを振り向く。すると、そこには――

「君たち、帰ったらと言ったか?」

 力の迷邦者が君臨していた。

 眉目秀麗な男性。服装こそ白いスーツをまとい、何ともヤクザめいているが、そのサラサラな水色の髪の毛を前にうざったいほど出した中にある精悍な顔立ちと、鷹のように鋭い眼差しが、むしろその服装と相成って黒曜石のような黒い輝きを感じられた。

「あ、アレート様……」

 あたしは声を震わせながら彼の名を呼ぶ。

 紙様たちの最上位に君臨する五人のうちの一人。そしてあたし達の直属の上司。

 氷の貴公子アレート様。

 アレート様はじっと王城を透化しながら腕を組み、どこか小馬鹿にするような声音をささやいた。

「ふむ。改行できずともこの程度のあらすじなら敢行できると思っていたのだけれど、どうやら僕の見当違いだったようだ」

「あ、アレート様……お許しをー」

 あたしは空中に両膝をつき、土下座する。 

 しかしアレート様はこっちを身もしないで言葉だけを返してくる。

「ダメだね、僕は許さないよ」

「ひっ!」

 その言葉は、どこまでも短剣めいていた。

 一言に言霊が宿っているというか、聞いただけで死んでしまいそうな異形の威圧が込められていた。殺気。そう言った方がより適切なほどだ。

 そしてあたしに続く形でスミルナもひざまずく。

「お、お願いいたしますアレート様、なにとぞお慈悲を」

 リアンもだ。

「うちも、お許しを」

 だがアレート様はこちらを一瞥すらせずにただじっと王城を見つめ、淡々とした口調でただひたすらに見えないナイフを突き刺してくる。

「ダメだね。君たちは今までどの物語もろくに紡げなかった。だから今回は難易度を大幅に下げてこの程度ならと世界書を許可した。しかしそれすら君たちはできなかった」

 音吐という名のナイフ。それは稲妻のようだった。

 あたしは恐々としながらも少しでも減点を避けようと言い訳を試みる。よく言い訳するなという人がいるが、正直にごめんなさいしたら査定下がるじゃないですか。

「こ、これにはバグがありましてー」

 しかしアレート様には通じなかった。

「バグ? ああ、イズミルか。で? それがどうした?」

「え……」

「どの世界にもああいった特殊能力者はいる。そしてどの世界でも紙様たちは平然と物語りを紡いでいく。君たちがかつて住んでいた世界でこんな事態あったかな?」

「……う」

 やはり、ダメだったか。しかもただ単に激怒するのではなく理知的に反論してきた。これでは何も言い返せない。アレート様はようやく視線をこちらに向け、ポケットに手を突っ込みながらどこか軽蔑的な雰囲気を含ませて、

「あの程度のバグも対処できないようでは、君たちに紙様の資格はないと判断せざるを得ないな」 

 そう言い放った。もうこうなったら許しを乞うしかない。

「あ、アレート様……どうか、お慈悲を……」

 しかしアレート様は頑なだった。

「ダメだね。さて、取り敢えずこのぐしゃぐしゃになった世界だが、汚らしいから破り捨ててしまおう」

「アレート様?」

 何か、嫌な予感がする。あの時と一緒だ。ドンドコドンドコとドラムのように心臓が鼓動を鳴らす。こういう時の勘というのは、だいたい当たるものだ。

 ――ほら。

「君たちには責任を取ってこの世界と運命を共にして貰いたい」

「え……ま、まさか……」

「死刑だよ、弥美。スミルナ。リアン」

 死刑。その言葉は流石に許容できなかった。

「そ、そんな! どうか、どうかお許し下さい!」

 あたしたちは不老不死だ。絶対死なない。だけどそれは世界書の住人たちからの危害に限定される。紙様を傷つけることができる者は紙様だけ。

 そう、アレート様はあたしたちを傷つけることが出来るのだ。

 だからこそ、アレート様の一言一句はどこまでも凶悪だった。

「ダメだね。世界を満足に建設できない紙様なんていらないんだよ。例えば君たちがかつていた世界でカタストロフは起こったかい? 世界がデタラメになったことは? なかったよね。あるわけないんだよ。紙様ってのは数兆数京の全生命体の運命を司っている。主人公だけじゃないんだよ。全ての生命をしっかり管理しなければならない。できないとこんな風に世界はデタラメになる。それにナイリスの町を消したろ?」

「な、ナイリスの……町」

 あたしの反芻に、アレート様はポケットに手を突っ込んだまま小さく頷く。

「そう。今回はあの町だけで済んだが、次は世界丸ごと消してしまうかもしれない。物語としての天罰によるカタストロフィなら問題はないが、あれは違う。不意の現象だ。物語はあの時点は壊れた。そんな危ないやつに世界書は渡せられない。君たちを放って置いたら世界がいくつ壊れるか想像もつかない」

 それはいくらなんでも穿った見方にすぎるんじゃないかと思う。

 今回はあくまでもイズミルという特大のバグによるもので、あたしの知る限りこんなとんでもない能力者は世界のどこにもいなかった。

 そりゃ、カタストロフ能力を持つ人ならどこにでもいるだろう。だがイズミルは違う。改行能力だ。性質があまりにも違いすぎる。箱庭の中でしか効果を発揮できないカタストロフなんて地の文でいくらでもいじれる。だが改行は――そうはいかないのだ。

 第四の壁を破壊する能力はあまりにもチートすぎて、あたし達ですら対応できない。

 なのに、アレート様は容赦なく残酷で冷たい言葉を紡ぎ続けた。

「そうなると僕の世界書館での立場が危うくなる。力の迷邦者は五人もいるんだ。四人から突き上げをくらい、僕が処刑されかねない。それは困る。君たちのせいで僕が殺されるのは嫌なのでね」

 それは自分のこと。あたし達のことではない。

 でも、だからこそその言葉には迫力があり、説得力があった。

「だからこそ、君たちはこの世界と共に消えるのが正解だよ」

「アレート様……」

 これはもう、どうにもならないのかもしれない。

 あたしのすがるような目線を受けても尚、アレート様は動じない。

「僕を恨んではダメだよ弥美、スミルナ、リアン。トカゲの尻尾切りではないが、無能な部下を切るのも上司の勤め。よく言うだろう無能な働き者は処刑しなければならないって」

「アレート様、おやめくださいーっ!」

 あたしの必死の絶叫。アレート様はふっと侮蔑的に笑った。

「ダメだね。だがそうだ、最後に紙様とはどういうものか学んでから死んで貰おうか。物語に適した世界の破滅を今、見せてあげよう」

 そう言ってばっとポケットから手を抜き、大の字を取る。そして――唱えた。

「さあ、魔王マジクタよ、復活しろ。そして物語に沿って、この世界にゲームオーバーをプレゼントしたまえ」

「な……」

 瞬間、大地から異様な音が鳴り響く。

 ゴゴゴゴゴという地響きめいた音。そして空の色が黒へと変わる。雨もないのに雷鳴が轟き、熱を無視できるあたし達ですら凍えそうなほどに気温が下がった。

 ――声。魔王の、声。

「我の眠りを覚ますのは、誰じゃ」

 それと同時に大地が割れ、魔王が姿を現す。それはナイリスの町跡地の地下から出てきたイニジエと同じ。だが、規模が桁違いだ。

 魔王の容姿であるが、なんというか、直立二足歩行をする筋骨隆々なトカゲと言った様相だった。全身を黒衣でまとい、赤いマントを翻す。体長は十メートルほどだろうか。空からの視点だと小さく見えるが、きっと目の前だとそびえ立つような存在だろう。

 そんな気色の悪い化け物にまるで愛しさでも覚えたかのように、アレート様は暖かい音吐で猛毒を包み、こぼしていった。

「僕だよ魔王マジクタ。今から君に力を与えよう。世界を即座に破滅させる力だ。勇者も横からかっさらった偽物もまとめて消してしまえ」

 その声に導かれるように、魔王の体格がどんどん巨大化していく。

 十メートルだった体躯が二十メートル、三十メートル、四十メートル。

 ついにはあたしらとのいる高度五十メートルにまで達してしまった。

「ぐ……力が、みなぎる……我を超えし、この力……」

 それに比例して空はどんどん黒くなり、もう夜のようだった。いや、この世界の夜はもっと明るい。まるで墨汁。黒一色の世界に、魔王の真っ黄色な眼孔だけが怪しく輝く。

 風。強い風だ。肌を切り裂く颶風である。それを平然と浴びながら、アレートは人差し指を天にかざした。そう、万年筆たる人差し指を。

「これが紙様の力だ、いや、神様かな。魔王マジクタ。君の力をチューンナップする。もう、誰にも君を止めることは出来ない。この世界の秩序を無視し、世界を滅亡させろ!」

 魔王の周囲に緑色の発光するオーラが出現し、牙を輝かせ、咆吼。

「ウ、グオオオオオオオオオ!」

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