2章 創世生活

創世生活(1)

 イニジエは順調に旅路を重ねていた

 延々と続く荒野を練り歩き出没した魔王の配下たるモンスターを撃砕森に入っては毒にやられたこともあるが持ち前の回復魔法と薬草でしのぎ凍てつくような氷原さえもなんのそのとばかりにイニジエはずんずんと魔王の君臨する魔都オリエンをめざしただひたすらに歩を重ねていた

 故郷たるラタキーアの村からもう何十キロ進んだだろうかイニジエにはわからないしどうでもいいことだめざすは前ただ前のみなのである

 故にその行く手を阻むモンスターどもは何人たりとて容赦はしない

「喰らえギガレイプ」

 イニジエは勇者であり魔法はお手の物だ遙か故郷に暮らす幼なじみのイズミル本職たる彼よりも遙かに精通していた攻撃魔法防御魔法回復魔法召喚魔法なんでもイニジエには可能なのだ

「びしゅううううう」

 その威力も桁違いで瞬く間に魔王の配下どもは塵と化す

 にも拘わらずイニジエはどちらかというと剣術の方が得意なのだもうどんな敵さえも相手ではない

「ふう雑魚どもを蹴散らすのも楽じゃないな」

 イニジエは一息ついて回復魔法を唱え疲労を癒すもとろんと瞼が重くなるのを防ぐことは出来なかった

 空は夜圧倒的な夜無数の星々が宝石のように散らばりきらきらとした川を形成している

 月はかなり昇ってきており気温も下がってきたいかに体力は回復させられるといっても精神や睡魔は別だ

 イニジエとて人間である不眠不休で戦うことなどできはしない

「さてそろそろどこかで一泊せねば夜の荒野で寝るとか冗談じゃないぞ」

 イニジエはそう独りごち最寄りの村を探すことにした




 さてこんなものでいいかな

「うんうんいよいよ冒険の旅が始るんだねー」

 あたしは腕を組みうんうんと頷く夜ではあるがあまりにも強く星々がきらめているので不思議と暗さを感じないあたしの故郷である日本ではそんな空はお目にかかれないものだった

 異世界ならではの明るい夜

 そんな神秘的な世界に包まれているからかあたしはイニジエとは違いまだまだ休もうという気持ちにはなれなかった

「ただそうなると次に必要なのはー」

 何故なら

「リアンですわね」

 スミルナの言うとおりまだリアンを見付けていないからだお陰で文章に句読点を打つことができない改行のお陰でかなり見やすくなったがやはり句読点がないとビシッと文章が締まらないし読みにくさも残る何とかしなければならないことだった

「そーどこにいるんだろー」

 皆目見当も付かずあたしはぼんやりと光り輝く夜空を眺める

 そんなあたしの様子を見てか隣で今だ浮遊に慣れずに下ばかり見ているイズミルがどこか冷徹な気持ちを含ませて突っ込んできた

「しかしその割にはあまり心配そうには見えねえんだが」

「あーそうだよねーもっと心配しなきゃダメだよねーごめんね」

「そうですわねもっと緊張感を持つべきでしたわ」

「俺の言っている意味が全然わかってねえ」

 いやわかってますとも

 あたしはこほんと咳払いを一つして下しか見てないイズミルの頬を掴みぐいっと無理矢理視線を合わせる

「ねーイズミルそれには理由があるの」

「どんなだよ」

 ちょっと強引すぎたかもしれないイズミルの瞳には若干の恐怖の色が見えた

 あたしは怯えさせないように努めて優しく明るく囁きかける

「イズミルはさ本とか読む」

「そりゃ少しくらいは」

「小説とかは」

「ちびっとは」

「ならさ小説を読んでてその登場人物が読者である君に危害を加える可能性ってあると思う」

「そんなのあるわけそうかそういうことか」

 どうやら理解してもらえたようだ

 そうあたし達が恐怖を覚えない理由それがこれだ

「うんそうあたし達からすれば世界は一冊の書物そして執筆しているのがあたし達だから登場人物があたし達に危害を加えることは出来ないんだよー」

 紙様とは基本的いや絶対的に不老不死の存在だそれは見習いであるあたし達も変わらない

 あたし達は永久に年を取らないし死ぬこともない世界の誰であろうと傷一つつけられない何億年何兆年経って宇宙が熱死を迎えてもあたしは死ぬことはないグラハム数存在する世界書という名の平行世界の一つから全ての素粒子が消滅したただそれだけの話なのだ

 それはまるで本を読むあるいは本を書くが如く

 あたし達を傷つけるコトができるのは同じ紙様か生みの親たる夏御蜜柑のみ

 ただその感覚をイズミルが理解できるわけがないだからあたしはぺこりと小さく頭を垂れる

「でも確かにだからといって油断してたのは事実それは反省しなきゃだねー」

「そうですわね」

 スミルナも続いて反省してくれたようだ

「あでも物語は紡がないと」

「こればっかりはしょうがありませんわね」

 もともとこの世界はそのためにあるのだ

 あたし達紙様の手によって紡がれる世界

 物語としての舞台

 世界は原稿用紙でありあたしの人差し指は万年筆なのだ

「取り敢えずイニジエはモンスターを蹴散らしながら順調に進んでるみたいだしそろそろ次の村へ案内するとしよう」

「次の村ってどこだよ」

 そう言えばどこだろうあたしはジーンズのポケットからあらすじを取り出しまじまじと見つめる夜があまりにも明るいから読み取ることも容易だった

「えーとあらすじによるとナイリスの町って書いてある」

「町じゃねえか」

「どっちも同じようなものだよ」

「いや村と町は違うだろ人口比率的に考えて」

しかしイズミルはそう言ってびしっとあたしの方にチョップを打ち込んできた

 ノリがいいな

 でもあたしだって負けない

「ううん同じ同じだってナイリスが町っていっても人口が五万人もあるわけじゃないし」

「そりゃそうだけどよてか人口五万って結構な都市じゃねえか」

 ああ日本の価値観のこの世界の価値観は違ったんだ

 そもそもこの国人口どれくらいだったっけかなかなり少ないのだけは覚えていたのだけどきっと町といっても千人くらいのものだろう

 江戸時代のお江戸ですら百万都市だったのにね

 そんなことを考えているとスミルナが何か鬱陶しげに体をまさぐり始めたではないか

「ああもう」

 あたしはおずおずと訊ねてみる

「んどったのースミルナ」

「確かに改行のお陰でかなり読みやすく執筆しやすくなりましたがそれでもやはり句読点がないとビシッと決まりませんわ」

「そだねーはやいとこリアン見付けないとー句読点なしで執筆するのって結構大変なんだよねー」

 改行なしよりは読みやすいがそれでも読みにくい部類なのは変わらないのだから

 ほんと読者さんご迷惑おかけしてます

「取り敢えずイニジエをナイリスの町へ送って宿に放り込んだらリアンを探そーよ」

「そうですわね」

 さて執筆再開だ




 イニジエは夜の荒野を練り歩きだいたい一刻ほどかけて町を見付けることに成功した

 果てしない荒野の奥から輝く人口の灯火が目に付いたためだ蜃気楼めいた罠かという懸念もあったが他に村らしきものはなかったためイニジエは踏み込むことを決意したのだ

 モンスターの罠だとしても蹴散らせる自信があったためでもある

 さて到着した町であるが検問所にはナイリスと記されていた警備兵もいて中々に堅牢さを感じさせる

 村々は離れているためそれぞれが都市国家の様相を呈しており独自に柵を築いてモンスターの侵入を阻止しているわけだがこのナイリスを囲っているのは柵ではなく石塀だった

 要塞都市イニジエの頭に浮かんだのはソレだ

 勇者の末裔であり国王陛下の銘を受けた旨が記されている書類が収められた封蝋入りの封筒を渡すとそれだけで入ることが出来た流石は国王陛下の封蝋といったところか

「ここがナイリスの町か随分賑わっているな」

 イニジエはきょろきょろと周囲を見回しながらそうこぼす

 ナイリスの町はラタキーアの村とはまるで違っていた二階建ての建物が軒を連ね商店は夜になっても明々と灯火をつけて商品を売りしかも買う者も多い

 ラタキーアの村では祭りの時くらいにしか見られない夜の喧噪がここにあった

 それを眺めイニジエはほのかなわくわく感を抱き

「さて宿を探すとするか」

 そう言って町の中を進んでいった

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